- ホーム
- IKIGAIを持つ者たち
- 佐藤真以 予防医療いきがい推進協会 フォトスタジオMONAMIE

生きる意味を探していた少女は、誰かの人生の転機を照らす人になった——看護師が見つけた“いきがい”という予防医療
佐藤真以 予防医療いきがい推進協会 フォトスタジオMONAMIE
美と医療で、いきがいを届ける人
愛知県岡崎市
生きる意味を探していた少女は、誰かの人生の転機を照らす人になった——看護師が見つけた“いきがい”という予防医療
あなたは、自分が生きている意味を、見失ったことがあるだろうか。
生きていていいのか分からなかった少女がいた。
大切な人を前に、何もできない自分を責めた日があった。
病院の中で、人が“患者”になり、生きる力を少しずつ失っていく姿を見た。
その痛みの先で、佐藤真以さんは気づいていく。
人は、治療されるだけでは元気になれない。
人には、自分の人生をもう一度選び直すための“いきがい”が必要なのだと。
「私は、正しい選択をするというよりも、自分で選んだ選択を、正しかったと思える人生が大切だと思っています」
そう語る佐藤真以さんは、愛知県岡崎市を拠点に、フォトスタジオMONAMIEの代表として、ヘアメイク、着付け、写真、レンタルスタジオ、そして人が自分らしく生きるための場づくりに向き合っている。
同時に、予防医療いきがい推進協会〜Dream Medical〜の活動を通して、医療従事者の力を病院の外へ広げ、高齢者が最後まで自分らしく生きるためのきっかけを届けてきた人でもある。
一見すると、医療、美容、写真、福祉、働き方支援は、それぞれ別の分野に見える。
しかし、佐藤さんの人生を辿ると、それらはすべて一本の線でつながっていた。
人が生きる意味を失わないこと。
誰かのために自分の力を使えること。
高齢になっても、自分らしくいられること。
医療従事者が、病院の外でも自分の能力を活かせること。
そして、鏡の前で、もう一度自分の表情を好きになれること。
佐藤さんが見つめているのは、病気そのものだけではない。
その人の人生である。
幼い頃から、死という言葉が近くにあった。
生きる意味が分からず、自分の存在を責めた夜があった。
高校時代には、大切な人の事故を前に、何もできない自分の無力さを突きつけられた。
その痛みの先で、佐藤さんは看護師という夢をもらった。
そして看護師として命の現場に立ったあと、気づいていく。
人は、治療されるだけでは元気になれない。
人は、役割や目的を失うと、生きる力まで少しずつ失っていく。
これは、看護師だった一人の女性が、無力感と痛みの中から「生きる意味」を探し、予防医療と美容と写真を通して、誰かの人生の転機に関わり続ける物語である。
そしてこれは、あなた自身に問いかける物語でもある。
あなたは、何をいきがいに、今日を生きているだろうかと。
第1章|「生きていていいのかな」——幼い心に刻まれた、生きる意味への問い
佐藤真以さんは、幼い頃から「人生」や「死」について考えることが多い環境で育った。
その始まりは、5歳の頃だった。

母が精神的な病を患った。
家庭の中に、「死にたい」という言葉があった。
母の病は、佐藤さんが風邪をひいて病院に連れて行ってもらう途中、運転中に発作が起きたことがきっかけだったという。
幼い佐藤さんの中に、言葉にならない思いが残った。
自分がいたから。
自分のせいで。
自分は、生きていていいのだろうか。
佐藤さんは、小さな頃から「私は何のために生きているのだろう」と考えるようになった。
「自分って、生きていていいのかなと思っていた人生でした」
夜になると、自分を終わらせたいと思った。
子どもだったから、死ぬことすらうまくできなかった。
小学生の頃、母に土下座して「殺してください」と頼んだこともあったという。
幸せな家庭だったはずなのに。
父も母も、当たり前の暮らしを支えてくれていたはずなのに。
それでも、佐藤さんの記憶には、生きる意味が分からなかった時間が深く残っている。
佐藤さんは、その問いの中で育った。
笑っていても、心のどこかで考えている。
友だちと過ごしていても、ふとした瞬間に思い出す。
自分は、ここにいていいのか。
自分がいなければ、何かが違っていたのではないか。
母を責めたいわけではなかった。
父を責めたいわけでもなかった。
誰かを悪者にしたかったわけではない。
ただ、理由が欲しかった。
自分が生きている理由が欲しかった。
なぜ生きるのか。
何のために生きるのか。
自分は誰かに必要とされているのか。
幼い頃から、その問いは佐藤さんの中にあった。
答えは、簡単には見つからなかった。
朝が来れば学校へ行く。
友だちと話す。
笑う日もある。
家に帰れば、またいつもの生活がある。
それでも、心の奥ではずっと考えていた。
自分は、ここにいていいのか。
自分が生きていることに、意味はあるのか。
そんな佐藤さんにとって、誰かが少しでも明るくなる瞬間は、特別だった。
髪型が変わる。
表情が変わる。
鏡を見る目が変わる。
さっきまで自信がなさそうだった人が、少しだけ背筋を伸ばす。
人は、外見が整うだけで、心まで変わることがある。
自分を少し好きになれることがある。
明日を少し楽しみにできることがある。
佐藤さんは、そういう瞬間に惹かれていた。
高校生になった佐藤さんには、ひとつの憧れがあった。
美容の世界だった。
美容師になりたいと思い、美容学校のオープンキャンパスにも通っていた。
それは、佐藤さんにとって明るい夢だった。
誰かを輝かせる仕事には、確かな希望があった。
誰かの表情が変わる。
誰かが自分を好きになる。
その瞬間に関われるなら、自分にもできることがあるのかもしれない。
佐藤さんは、美容の道へ進もうとしていた。
だが、高校時代、佐藤さんの前にまた大きな試練が現れる。
それは、誰かの人生が一瞬で変わってしまうという、どうしようもない現実だった。
第2章|「無力な自分が嫌だった」——大切な人の事故がくれた看護師という夢
高校時代、佐藤さんには付き合っていた相手がいた。
彼は野球少年だった。
大学に推薦で入学し、1年目からレギュラーになるほどの実力があった。
夢があった。未来があった。
体一つで、自分の道を切り開いていくはずだった。
しかし、事故が起きた。
その事故をきっかけに、彼は野球ができなくなった。
お見舞いに行く。病室にいる。
目の前に、大切な人がいる。苦しんでいる。
体に異変が起きる瞬間もある。
でも、高校生だった佐藤さんには何もできなかった。
ただ、そこにいることしかできない。
見ていることしかできない。
どれだけ近くにいても、助ける力がない。
その現実が、佐藤さんを深く打った。
「看護師になりたいというより、何もできない自分が本当に嫌だったんです。大切な人が目の前で苦しんでいるのに、手を握ることも、支えることも、どうしていいか分からない。ただ見ているだけの自分が悔しくて仕方なかった。だから、誰かを助けられる知識と力を持ちたいと思ったんです」
この言葉に、佐藤さんの原点がある。
憧れだけで看護師を目指したのではない。
誰かを助けたいという、やわらかな気持ちだけでもない。
何もできない自分が嫌だった。
大切な人の苦しみを前に、自分があまりにも無力だった。
その無力感が、佐藤さんの人生を動かした。
「彼から夢をもらったんです」
佐藤さんは、彼が入院していた病院で働きたいと思った。
そこで出会った看護師に憧れた。
自分も、あの場所で誰かを支えられる人になりたいと思った。
もともと美容師になりたかった道を、急に看護の道へ切り替えた。
バタバタと進路を変えた。
その背景には衝動があった。
誰かのために何かできる自分になりたい。
目の前の人を支えられる自分になりたい。
もう、ただ見ているだけの自分ではいたくない。
そして佐藤さんは、看護師を目指す。
第3章|「いきがいがないのかもしれない」——病院で見た、“患者”になる瞬間
看護師を目指して学び、実習で医療の現場に入ると、佐藤さんはこの仕事に強く惹かれていった。
命に向き合う。
患者さんに関わる。
身体のケアをする。
その人の日々に寄り添う。
そこには、確かに自分の力が誰かに届いている感覚があった。
「看護師もすごく楽しくて、この仕事は天職だと思いながらやれていました」
幼い頃から、生きる意味を探してきた。
高校時代には、大切な人を前に何もできない自分の無力さを知った。
だからこそ、看護という仕事の中に、自分の力で誰かを支えられる実感があった。
けれど、医療の現場に立つほど、佐藤さんの中には別の問いも生まれていく。
病気を治すこと。
身体を支えること。
それは大切だ。
でも、人が本当に元気でいるために必要なものは、それだけなのだろうか。
病院の中で、佐藤さんはその問いに何度も出会うことになる。
看護実習中、佐藤さんは認知症の高齢者と関わった。
病院に入院してくるとき、その人たちはスーツを着ていた。
きちんとした格好をしていた。
それぞれの生活があり、家族があり、役割があった。
しかし、入院して病院着に着替えると、その人たちは急に“患者”になる。
自分で身支度を整える機会が減る。
服を選ぶことも減る。
誰かのために動く時間も減る。
ご飯は運ばれてくる。
日々の予定は病院のリズムで決まる。
佐藤さんは、その変化を見ていた。
「入院して病院の服を着ると、“患者”になるんです。正装も整えられないし、すごく老けたり、認知機能が落ちたりする。それを見ていて、すごく悲しいと思ったんです」
人は、病気になったから弱るだけではないのかもしれない。
役割を失うことで、弱っていくのかもしれない。
自分で選ぶことが減ることで、老いていくのかもしれない。
誰かのために動く目的を失うことで、生きる力が落ちていくのかもしれない。
佐藤さんは、ある時ふと思った。
「あ、いきがいがないのかも」
入院する前、その人たちにはきっと役割があった。
孫のために何かをする。
家族のためにご飯を作る。
庭に水をやる。
友人に会う。
化粧をして外に出る。
誰かに頼られる。
そんな日常の小さな行為の中に、人のいきがいは宿っている。
しかし、高齢になるにつれて、その機会は少しずつ減っていく。
家族の形が変わり、友人が減り、身体も思うように動かなくなる。
誰かのために動く時間が減り、自分で選ぶ場面も少なくなっていく。
一つひとつは小さな喪失に見える。
それが積み重なると、人は自分の役割を失っていく。
「いきがいが少しずつなくなっていくと、必然的にQOLが低下していく。そこから認知症が悪化していくこともあると思っています」
佐藤さんの言葉は、医療の現場を見てきた人の実感だった。
そして、看護師として働き始めてからも、死は佐藤さんの近くにあった。
看護学校を3年間一緒に過ごした同期がいた。
同じ病棟で働くことになった。
同じように志を持って、看護師として歩み出した仲間だった。
その同期が、1年目に突然亡くなった。
出勤日に来ない。
昨日まで一緒にいたはずの人が、突然いなくなる。
また、死が佐藤さんの目の前に来た。
「ここでもまた死というものを知ったので、本当に私に何ができるんだろうって、すごく考えました」
幼い頃から問い続けてきた生きる意味。
大切な人の事故で突きつけられた無力感。
患者さんが“患者”になっていく姿。
そして、同じ志を持った同期の死。
そのすべてが、佐藤さんに問いを投げかけていた。
人は、何によって生きる力を保つのか。
人は、何を失うと弱っていくのか。
病気になる前に、できることはないのか。
医療は、病院の中だけにあるものなのか。
佐藤さんは、だんだん気づいていく。
病気を防ぐために必要なのは、薬や検査だけではない。
運動や食事だけでもない。
その人が、その人らしく生きていること。
目的があること。
誰かに会いたいと思えること。
明日を楽しみにできること。
つまり、いきがいを持つこと。
「病気になる一番の予防医学が、いきがいを持つことなんだと思いました」
かつて美容師を目指していた道が、看護師としての経験と交わる日が来る。

第4章|「先生、髪型変わったね」——お化粧が記憶と表情を取り戻した日
看護師として働きながら、佐藤さんにはひとつの余白があった。
職場は大学病院。
思っていた以上に定時で上がることができた。
「時間があるなと思ったんです。想像以上に心にも余裕があるって」
その時間の中で、佐藤さんは「化粧療法」というものを知る。
美容と認知症予防がつながる。
外見を整えることが、心や記憶に働きかける。
お化粧が、高齢者のいきがいにつながるかもしれない。
それは、佐藤さんにとって大きな発見だった。
もともと美容が好きだった。
人を輝かせることが好きだった。
そして看護師として、高齢者がいきがいを失っていく現実を見ていた。
美容と医療。
外見といきがい。
お化粧と認知症予防。
それまで別々に見えていたものが、一気につながった。
「美容という仕事と認知症予防が合わさって、これいいじゃんと思ったんです」
佐藤さんは23歳で独立する。
ただ、きれいに整った独立ではなかった。
請求書も分からない。
名刺交換も分からない。
社会の仕組みも分からない。
それでも、施設の一覧を出して、ひたすら電話をかけた。
看護師を辞めることはできなかったから、副業できる職場に転職した。
病院勤務の合間に、福祉施設へ行く。
1時間のお化粧教室をする。
「若気の至りです」
佐藤さんは笑う。
でも、その若気の至りの中に、人生を動かす力があった。
「やりたいと思ったから、やったんです」
福祉施設でのお化粧教室では、変化があった。
月に1回、講座へ行く。
6回ほど繰り返すと、だんだんと変化が出てくる。
「先生、髪型変わったね」
「今日はお化粧の教室があるから、スカーフをつけてきたわ」
「今日は何色の服を着てきたの?」
会うことを楽しみにしている。
自分の身なりを整えようとしている。
お化粧の時間に合わせて、服を選び、スカーフをつけてくる。
それは、今日を楽しみにする理由が、生まれている瞬間だった。
「参加者の方の容姿がだんだん整っていく変化が見られて、私自身が、その方たちからすごくいきがいをもらったんです」
佐藤さんは、与える側だけではなかった。
高齢者の方々が変わっていく姿を見て、自分自身もいきがいをもらっていた。
かつて、こんな言葉をもらったこともあったという。
「綺麗になったから、天国のお父さんに見てもらわなきゃ」
お化粧は、命を救う医療行為ではない。
それをしなくても、人は生きていける。
しかし、人はただ生きていればいいわけではない。
自分を大切にすること。
誰かに見てもらいたいと思うこと。
きれいでいたいと思うこと。
今日の自分を少し好きになること。
「お化粧に限らず、日常の何かの行為に、一つひとつ意味があると思っています」
佐藤さんはいきがいを届けたかった。
そのきっかけを作りたかった。
やがて、その思いは一人では抱えきれないものになっていく。
理学療法士、言語聴覚士、看護師。
医療従事者の仲間を集め、同じような活動をしていこうとした。
予防医療いきがい推進協会の活動は、そうした流れの中で生まれていった。
ただ、続けていくのは簡単ではなかった。
福祉施設のレクリエーションの時間は、多くが同じ時間帯に重なる。
1時間で受け取れる金額にも限界がある。
同時に複数の施設へ行くには、自分の分身を作らなければならない。
想いだけでは、事業として回らない現実があった。
やりたい。
必要だと思う。
目の前の人は変わる。
でも、事業として続けるには壁があった。
福祉施設のレクリエーションの時間は、多くが同じ時間帯に重なる。
1時間で受け取れる金額にも限界がある。
同時に複数の施設へ行くには、自分の分身を作らなければならない。
想いだけでは、広げきれない現実があった。
それでも佐藤さんは、この経験を通して確かに掴んだものがある。
人は、いきがいを失うと弱っていく。
そして、いきがいを取り戻すきっかけは、特別な医療行為だけではない。
お化粧をすること。
髪を整えること。
誰かに会う準備をすること。
「綺麗になったね」と声をかけられること。
そうした日常の小さな行為が、人の表情を変え、記憶を動かし、生きる力を呼び戻すことがある。
佐藤さんは、その現場を見た。
だからこそ、いきがいを届けることを諦めなかった。
ただ、その先へ進むには、もう一つ必要なものがあった。
想いを続けるための土台。
自分の人生を守りながら、誰かの人生にも関わり続けるための場所。
その土台は、やがて佐藤さん自身の家庭、夫との出会い、そしてフォトスタジオMONAMIEという形へつながっていく。

第5章|「誰かの人生の転機に関われること」——愛を受け取り、美と医療をつなぐ
佐藤さんの人生に、もうひとつ大きな転機がある。
夫との出会いである。
25歳の時、協会の活動に関わる交流会で出会った。
最初は名刺交換だった。
仕事の話だった。
恋愛というより、最初から人生の歩幅が合うような出会いだった。
夫も医療従事者だった。
佐藤さんの思いを理解してくれた。
そして何より、佐藤さんが無理をしなくても、自然体でいられる人だった。
「恋愛というより、人生のパートナーを見つけた、という感覚でした。仕事の話をしていても居心地がよくて、自分の思いをちゃんと理解してくれる人だったんです。何より、一緒にいてすごく楽でした。こんなに自分を大事にしてくれる人がいるんだ、幸せだなと思いました」
出会って3ヶ月後には、顔合わせをしていたという。

佐藤さんは、夫を人として尊敬している。
「出会ってから10年くらい経ちますけど、夫が『疲れた』と言っているのを聞いたことがないんです。否定の言葉も使わない。外でも家でも変わらないし、仕事にも『好き』と言って行く。友だちにも嫌われていないし、夫自身も人を嫌わない。自分の人生をちゃんと生きている人だと思います」
その姿は、佐藤さんにとって大きな支えになっていった。
「夫を見ていると、外でも家でも変わらないんです。仕事にも好きだと言って行くし、人のことを悪く言わない。疲れたとも言わない。そういう姿を見て、この人は自分の人生をちゃんと生きている人なんだと思いました」
それまで佐藤さんは、誰かのために動くことで、自分の存在を確かめてきた。
人の役に立つことが、自分の価値だった。
苦しくても、どこかで走り続けてしまう自分がいた。
夫との出会いは、そんな佐藤さんにとって、初めて力を抜ける場所でもあった。
「こんなに自分を大事にしてくれる人がいるんだと思いました。すごく楽だったんです。頑張らなきゃいけないとか、誰かのためにやらなきゃいけないとか、そういうものを少しずつ下ろせるようになった気がします」
大事にされること。
自然体でいられること。
それは佐藤さんにとって、新しい幸せの形だった。
その愛を受け取ったことで、佐藤さんの中にあった過去の記憶の見え方も、少しずつ変わっていった。
母に対して抱いていた悲しいイメージ。
自分の幼少期に残っていた暗い記憶。
そのすべてが消えたわけではない。
それでも、佐藤さんは当たり前の生活の中にある幸せに気づくようになる。
朝、子どもたちと朝ごはんを食べる。
「おはよう」と言う。
「いってらっしゃい」と送り出す。
また帰ってくる。
その何気ない日常が、佐藤さんにとって大きな幸せになっていった。
「朝、子どもたちと朝ごはんを食べている時間がすごく幸せなんです。昔は、もっとお金持ちにならなきゃとか、会社を大きくしなきゃとか、親にも不自由ない暮らしをさせたいとか、そういう理想ばかり追いかけていました。今は日常が幸せなんです」
特別な何かを手に入れたからではない。
目の前にある日常を、幸せだと感じられるようになった。
その変化が、佐藤さんの人生を少しずつやわらかくしていった。
その後、佐藤さんはMONAMIEという場をつくっていく。

きっかけの一つには、母の存在があった。
母は、自分は幸せではないと話すことがあった。
経済力がないことで、選択肢が限られていた。
離婚もできなかった。
子どもがいたからできなかった。
そんな言葉を、佐藤さんは聞いてきた。
だから、自分は選択肢を持てる母親でありたいと思った。
経済力を持つこと。
自分の力で働けること。
そして、子どもたちに「おかえり」「いってらっしゃい」と言える環境をつくること。
出張の多いヘアメイクの仕事だけでは、子どもの生活に合わせづらい。
一方で、自宅で仕事ができれば、子どもの用事にも臨機応変に対応できる。
家にスペースがある。
カメラマンとのつながりもある。
ならば、自宅兼スタジオをつくればいい。
「子どもとの時間を作ろうと思って考えていたら、つながったんです」
そうして生まれたのが、フォトスタジオMONAMIEだった。

カメラマンが活躍できる場所をつくる。
スタジオを持たないフリーカメラマンが使える場所をつくる。
ヘアメイクや写真を通して、お客様の人生の転機に関わる。
写真を撮ることで、その人が自分の魅力や人生を受け取り直す時間をつくる。
自分の子どもとの時間を守るために始めた場所が、気づけば誰かの可能性を広げる場になっていた。
今、佐藤さんには未来の構想がある。
「福祉や介護と、美をつなげたいんです」
高齢者が写真を撮る。
メイクをする。
若い世代と交流する。
自分の知識や技術を、次の世代に渡す。
福祉施設にフォトスタジオがある。
カメラマンが介護施設で働くという選択肢もある。
医療従事者が、余暇や副業として美容や写真や表現に関わることもできる。
そんな未来を、佐藤さんは見ている。
介護業界には人手不足がある。
カメラマンには収入の不安定さがある。
医療従事者には働き方の選択肢の少なさがある。
高齢者にはいきがいの喪失がある。
それらをバラバラの問題として見るのではなく、つなげることで新しい循環が生まれるかもしれない。
「高齢者の方の知識や技術を、私たちが継承する機会も大事だと思うんです」
この言葉に、佐藤さんの未来がある。
支援する側とされる側。
若い人と高齢者。
医療と美容。
福祉と写真。
働く人と利用する人。
それらを分けるのではなく、つなげていく。
その中で、人がもう一度、自分の役割を取り戻していく。
では、佐藤真以さんにとってのIKIGAIとは何なのか。
佐藤さんは、こう答えた。
「誰かの人生の転機に関われることかなと思っています」
仕事でも、子育てでも、医療でも、美容でも、写真でも。
誰かに選択肢を渡せること。
背中を押せること。
自分らしく生きていいと思えるきっかけを作れること。
誰かに選択肢を渡し、その人が自分の人生を選び直す瞬間に立ち会うこと。
そこに、佐藤さんのIKIGAIはある。
生きる意味を探していた少女は、今、誰かの人生の転機を照らす人になった。
それは、痛みを消した人生ではない。
死にたいと思った夜も、何もできなかった悔しさも、事業化できなかった現実も、そのまま抱えて進んできた人生だ。
そのすべてを抱えたまま、佐藤さんは今、人に選択肢を渡している。
あなたは、自分で選べているだろうか。
あなたは、知らなかったから選べなかった人生を、そのままにしていないだろうか。
あなたは、自分らしく生きる土台を、自分に与えているだろうか。
その問いの向こうにIKIGAIがあるのかもしれない。

あとがき
佐藤さんの話を聞きながら、私は何度も胸が締めつけられた。
5歳の頃から、生きる意味を考えていた。
自分は生きていていいのかと、幼い心で問い続けていた。
高校時代、大切な人の事故を前に、何もできない自分を見た。
看護師になってからも、患者さんが“患者”になっていく姿を見た。
同期の死にも触れた。
何度も命の問いに立たされてきた人生だった。
それでも佐藤さんは、痛みを痛みのまま終わらせなかった。
無力だったから、看護師になった。
いきがいを失う人を見たから、予防医療へ進んだ。
事業化に苦しんだから、仕組みの必要性を知った。
佐藤さんは、人生で出会ったものを切り離さなかった。
医療も、美容も、写真も、子育ても、痛みも。
そのすべてを、人が自分らしく生きるための土台へ変えてきた。
私は、佐藤さんの話を聞きながら、改めて人はいきがいによって立ち上がるのだと感じた。
人を立ち上がらせるものは、治療の外側にもある。
役割、楽しみ、誰かに会いたいと思う気持ち。
その小さな火が、人をもう一度前へ進ませる。
誰かに会いたい。
綺麗でいたい。
誰かのためにご飯を作りたい。
自分の技術を使いたい。
子どもに「おかえり」と言いたい。
誰かの人生の転機に関わりたい。
その小さな願いこそが、人を生かすのだと思う。
私たちも、今から選び直していい。
知らなかったから選べなかった人生を、ここから変えていい。
自分らしく生きる土台を、もう一度整えていい。
人生は、正解を選ぶものではない。
自分で選んだ道を、正解にしていくものなのだ。
佐藤さんの人生が私に教えてくれた。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師









