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お坊さんは、無力だった——1000名以上の看取りをした僧侶顧問が見つけた“役割”という光
鈴木秀彰 僧侶顧問
本音と役割が重なる場所へ伴走する人
山梨県
お坊さんは、無力だった——1000名以上の看取りをした僧侶顧問が見つけた“役割”という光
「お坊さんは、無力なのかもしれないと思ったんです」
ホスピスの現場で待っていたのは、想像していたような役割ではなかった。
何もできない。
何も求められない。
死にゆく人の前で、僧侶である自分が、何をしていいのかわからない。
「お坊さんを求める人は、100人に1人くらいでした」
そう語るのは、僧侶であり、理学療法士であり、企業や個人の本音に向き合う僧侶顧問・鈴木秀彰さん。
今では、個人や法人に向けて、「どうありたいのか」「どう生きたいのか」「何のために事業をするのか」を問い直す場をつくり、人が自分の本音と役割を取り戻すための伴走をしている。
鈴木さんは山梨のお寺に生まれた。
幼い頃から、周囲には「いずれ継ぐ人」として見られていた。
生まれた時から決められたような道。
父への強い反発。
そこから逃れるように進んだ医療の道。
理学療法士として人の身体に触れながら、やがてホスピスで突きつけられた、お坊さんとしての無力感。
鈴木さんは決められたレールから降りた。
実家の寺を継がないことを決めた。
そこには、簡単には語れない葛藤があった。
周囲の期待に応えれば、きっと丸く収まった。
継承すれば、誰かは安心したかもしれない。
だが、鈴木さんにはどうしても折れないものがあった。
自分の人生を、自分の足で生きること。
そして、人が自分の本音に戻り、自分の役割を思い出す場をつくること。
僧侶は続けた。
職業ではなく、僧侶という生き方を選び直した。
これは、他人の期待の中で生きてきた一人の僧侶が、1000名以上の看取りに関わる中で無力感を知り、“役割”という光を見つけ、最後には自分自身にも「自分の人生を生きろ」と突きつけた物語。
そしてあなたに、問いを残す物語である。
あなたは今、自分の人生を、自分の足で生きているだろうかと。
第1章|生まれた時から決められていた道——「寺を継ぐ人」として見られた少年時代
鈴木さんは、山梨のお寺に生まれた。
周囲から見れば、鈴木さんの未来は、ある程度決まっているようなものだった。
「寺の跡取り」
まだ自分で人生を選ぶ前から、そんな目で見られていた。
自分は何をしたいのか。
どんな人生を歩みたいのか。
何に心が動くのか。
そう考えるよりも先に、すでに役割が置かれていた。
「自分の人生なのに、自分で選んでいない」
そんな感覚が、少しずつ鈴木さんの中に積もっていった。
父は、地域の人に向き合い、お寺を守り、法事や葬儀を担っていた。
鈴木さんは、その姿を幼い頃から見てきた。
その姿を尊敬できなかったわけではない。
お寺の仕事に価値がないと思っていたわけでもない。
だが、そこに自分の意思がないまま、当然のように将来を決められていくことには、強い反発があった。
お坊さんになりたいと、自分で選んだわけではない。
寺を継ぎたいと、自分の内側から願ったわけでもない。
それなのに、周囲は当たり前のように未来を見ている。
「いずれ継ぐんでしょう」
「お坊さんになるんでしょう」
「お寺の子だから」
その言葉は、期待であり、同時に見えない檻のようでもあった。
鈴木さんにとって、お寺は生まれ育った場所でありながら、同時に、逃れたい場所でもあった。
自分は、自分の人生を生きたい。
誰かに決められた役割ではなく、自分で選んだ道を歩きたい。
そんな思いが、鈴木さんの中で少しずつ強くなっていく。
その先にあったのが、医療の世界だった。
鈴木さんには、医師への憧れがあった。
白衣を着て、人の命に向き合う姿。
苦しんでいる人を、自分の知識と技術で助ける姿。
誰かの役に立つことが、はっきりと目に見える仕事。
その姿が、鈴木さんにはまぶしく見えた。
「自分も、こんなふうに自分の力で人を助けられる人になりたい」
そう思った。
寺の跡取りとしてではなく。
誰かに決められた役割としてでもなく。
自分の力で、目の前の人を助けられる人になりたい。
その思いから、鈴木さんは医学部を目指した。
中学、高校と、必死に勉強した。
決められた道に進むのではなく、自分で選んだ道へ進むために。
自分の人生を、自分の力で切り開くために。
医師になって、人を助けるために。
医学部へ行くことは、鈴木さんにとって単なる進学ではなかった。
それは、自分の人生を自分で選ぶための挑戦だった。
生まれた場所から与えられた役割ではなく、自分の意思で生きるための道だった。
しかし、結果は厳しかった。
医学部は全滅だった。
本気で目指した道に、届かなかった。
自分の力で人を助けたい。
医師になりたい。
そう願って積み重ねてきた時間が、目の前で崩れていくようだった。
悔しさもあった。
虚しさもあった。
どうして届かなかったのかという思いもあった。
そして鈴木さんは、仏教大学へ進むことになる。
逃れたいと思っていたはずの仏教。
距離を置きたいと思っていたはずのお寺の世界。
医学部を目指し、自分の力で人を助ける道を求めた先で、鈴木さんは、再び仏教の世界へ戻っていくことになった。
それは、鈴木さんにとって望んでいた進路ではなかったかもしれない。
けれど、その道は、後に思いもよらない形でつながっていく。
医療への憧れ。
医学部受験の挫折。
仏教大学への進学。
そのすべてが、やがて理学療法士として人の身体に触れ、ホスピスで人の死に向き合い、僧侶としての役割を問い直す道へと続いていく。
第2章|諦めきれなかった医療の道——身体を支えながら、心の痛みに触れた日々
仏教大学で学び卒業した。
周囲から見れば、そのままお寺の道へ進むことが自然だったかもしれない。
だが、鈴木さんの中で、医療への思いは消えていなかった。
「やっぱり、医療の道を諦めきれなかったんです。自分の力で、目の前の人を助けられる人になりたいという気持ちは、ずっと残っていました」
大学を卒業したあと、鈴木さんはもう一度、医療の世界へ向かうことを決める。
理学療法士になるために、専門学校へ進んだ。
自分の力で人を助けたい。
目の前の人の支えになりたい。
その思いを、もう一度形にするための選択だった。
理学療法士として現場に立つようになると、鈴木さんは多くの患者さんと向き合った。
病気や怪我によって、思うように身体が動かなくなった人。
もう一度歩くために、必死にリハビリに取り組む人。
退院して家に帰りたいと願う人。
家族に迷惑をかけたくないと、痛みに耐えながら身体を動かす人。
そこには、教科書だけでは分からない現実があった。
歩くことは、ただ足を動かすことではなかった。
立つことは、ただ筋力が戻ることではなかった。
家に帰ることは、ただ退院することではなかった。
それは、その人がもう一度、自分の生活を取り戻すことだった。
自分らしく生きるための希望だった。
「自分の関わりで、その人の表情が変わる瞬間があるんです。昨日できなかったことが今日できるようになる。その人の中に、もう一回生きる力みたいなものが戻ってくる。その瞬間は、本当に嬉しかったです」
理学療法士の仕事には、確かな手応えがあった。
自分の関わりによって、目の前の人の身体が変わっていく。
できなかったことが、できるようになっていく。
不安だった表情に、少しだけ希望が戻っていく。
しかし、現場に立ち続けるほど、鈴木さんの中には別の葛藤も生まれていった。
身体は支えられる。
歩く練習はできる。
痛みを和らげるために関わることもできる。
だが、その人の苦しみのすべてに届くわけではなかった。
リハビリのメニューを組むことはできる。
身体の状態を評価することはできる。
歩行訓練をすることもできる。
でも、その人の存在そのものへの不安に、どう向き合えばいいのか。
鈴木さんの中で、問いが深くなっていった。
「身体が良くなれば、その人は救われると思っていたところがありました。でも現場にいると、それだけじゃないんです。歩けるようになっても苦しんでいる人がいる。退院できても、不安でいっぱいの人がいる。身体の回復と、その人の心が救われることは、必ずしも同じじゃないんだと感じました」
鈴木さんは、患者さんの身体に触れながら、その奥にある人生にも触れていった。
何を大切にしてきたのか。
誰のために頑張りたいのか。
何を失って苦しんでいるのか。
どんな自分でありたいのか。
「人を助けたいと思って医療の道に来たんです。でも、現場に立つほど、人を助けるってそんなに簡単なことじゃないと感じました。身体を支えることはできる。でも、その人の孤独や恐れや、人生そのものの痛みに対して、自分はどこまで関われるのか。そこにずっと葛藤がありました」
その葛藤は、鈴木さんをさらに深い現場へと導いていく。
ホスピスだった。
そこは、病気を治すことだけを目的とした場所ではなかった。
人生の終わりに近づいた人が、その人らしく最期の時間を過ごすための場所だった。
治す。
回復させる。
元の生活に戻す。
そうした医療の目標が、必ずしも叶うわけではない場所。
そこでは、死が遠くの出来事ではなくなる。
残された時間を、どう生きるのか。
誰と過ごしたいのか。
何を伝えたいのか。
何を手放し、何を残したいのか。
ホスピスは、人が人生の終わりをどう迎えるのかに向き合う場所だった。
理学療法士として、鈴木さんはそこに立った。
第3章|「お坊さんは、無力なのかもしれない」——1000名以上の看取りで突きつけられた現実
ホスピスの現場で、鈴木さんは1000名以上の看取りに関わってきた。
そこには、きれいごとでは語れない現実があった。
死に近づいていく人がいる。
言いたいことを言えないまま時間が過ぎていくことがある。
謝れなかった人がいる。
ありがとうを伝えられなかった人がいる。
本当は会いたい人がいる。
人生の終わりは、誰にとっても平等に訪れる。
その現場で、医師には医師の役割があった。
看護師には看護師の役割があった。
理学療法士には理学療法士の役割がある。
それぞれが、現場の中で必要とされていた。
しかし、僧侶である自分はどうだったのか。
鈴木さんは、そこで大きな無力感に立たされる。
「お坊さんを求める人は、100人に1人くらいでした」
僧侶だからといって、誰もが求めてくれるわけではない。
お経を読めば、すべてが救われるわけではない。
仏教の言葉を語れば、相手の不安が消えるわけでもない。
「お坊さんは、無力なのかもしれないと思ったんです」
人の死に関わる存在としての役割もあるはずだった。
それなのに、ホスピスの現場では、何をしていいのかわからなかった。
何もできない。
何も求められない。
自分がここにいる意味がわからない。
死にゆく人の前で、正しい言葉など簡単には出てこない。
僧侶とは、何をする人なのか。
人が人生の終わりに求めているものは、何なのか。
死を前にした人に、本当に必要なものは何なのか。
看取りの現場に立ち続ける中で、鈴木さんは少しずつ気づいていく。
人は、最後に肩書きだけを求めているわけではない。
宗教的な形式だけを求めているわけでもない。
正解の言葉を求めているわけでもない。
人が最後に触れたいのは、もっと深いところにあるものだった。
自分はどう生きてきたのか。
誰に何を伝えたかったのか。
何を悔やみ、何を大切にしていたのか。
自分の人生は、自分のものだったのか。
人は最後に、本音へ戻っていく。
社会的な役割が少しずつ剥がれていく。
仕事の肩書きも、立場も、評価も、成果も、だんだん遠くなる。
最後に残るのは、一人の人間としての声だった。
「本当は、こうしたかった」
「あの人に、伝えたかった」
「もっと自分らしく生きたかった」
「ありがとうと言いたかった」
「ごめんと言いたかった」
鈴木さんは、その声に触れていった。
鈴木さんは、看取りの現場に立ち続ける中で、少しずつ僧侶の役割を捉え直していった。
「最初は、僧侶として何かをしてあげなきゃいけないと思っていたんです。何か言葉をかけなきゃいけない。安心させなきゃいけない。救わなきゃいけない。そう思っていました」
正しい言葉を伝えても、届かないことがある。
お経を読めば、すべてが救われるわけでもない。
悲しみを消してあげることなど、簡単にはできない。
「でも、だんだん分かってきたんです。僧侶の役割って、何かを教えることだけじゃないんだなって。正しい答えを渡すことでもない。その人が、その人自身の本音に戻れる場をつくることなんじゃないかって」
その人が、自分の人生を見つめ直すそばにいること。
言葉にならないものが、言葉になるまで待つこと。
無理に励ますのではなく、沈黙ごと受け止めること。
その人が、自分の人生の意味や役割を思い出すまで、隣にいること。
鈴木さんは、そこに僧侶としての役割を見つけていった。
「無力だからこそ、できることがあるんだと思います。何かをしてあげようとするんじゃなくて、ただそこにいる。答えを押しつけるんじゃなくて、問いを一緒に持つ。肩書きで救うんじゃなくて、一人の人間として向き合う。そこに、僧侶としての自分の役割があったのかもしれません」
ホスピスで味わった無力感は、鈴木さんにとって終わりではなかった。
それは、本当の役割に出会うための入り口だった。
第4章|涙が止まらなかった夜——押し殺していた本音が、音楽にほどかれた日
人の死に向き合い続ける日々。
鈴木さんは、ホスピスの現場で何度も問いを受け取ってきた。
人は、何を後悔するのか。
人は、何を残したいのか。
人は、最後に何を思うのか。
そしてその問いは、いつしか鈴木さん自身にも向けられていった。
自分は、どう生きたいのか。
本当に、寺を継ぎたいのか。
周囲の期待に応えるために生きていないか。
自分の本音は、どこにあるのか。
鈴木さんの中では、いくつもの自分が絡まり合っていた。
「寺を継ぐのか、継がないのか。それはずっと自分の中にありました。周りから見れば、継ぐのが自然だったと思います。でも、自分の中では、どうしても簡単に“はい”とは言えなかったんです」
実家の寺を継ぐのか。
継がないのか。
どちらを選んでも、簡単ではなかった。
「父に反発しているだけなのかもしれないとも思いました。逃げたいだけなのかもしれない。わがままなのかもしれない。そうやって何度も自分を疑いました。でも、それでも心の奥では、“このまま決められた道を生きていいのか”という声がずっとあったんです」
鈴木さんは、寺を否定したかったわけではなかった。
僧侶という生き方を捨てたかったわけでもなかった。
父の人生を否定したかったわけでもない。
ただ、自分の人生を、自分の足で選びたかった。
「継がないと決めることは、誰かを裏切るような感覚もありました。でも、自分の本音を置き去りにしたまま継いでしまったら、結局、誰のためにもならないんじゃないかと思ったんです。自分が自分の人生を生きていないまま、人に“自分の人生を生きてください”とは言えないなって」
看取りの現場で、人は最後に本音へ戻っていく。
肩書きも、役割も、周囲の期待も、最後には剥がれていく。
そのときに残るのは、自分はどう生きたのかという問いだった。
だからこそ、鈴木さん自身も、その問いから逃げられなかった。
「自分の人生を生きろって、ずっと自分に言われている感じがありました。誰かに言われたというより、看取りの現場で出会った人たちから、その問いを受け取っていたんだと思います」
その葛藤は、鈴木さんの中で積もっていった。
そんなある日、鈴木さんは、ある曲に出会う。
何気なく聴いた曲だった。
しかし、その曲が流れた瞬間、鈴木さんの中で、何かが崩れた。
涙が止まらなかった。
ただ悲しかったのではない。
ただ感動したのでもない。
それまで押し殺してきた本音が、音楽に触れた瞬間、一気にあふれ出した。
自分は、ずっと頑張ってきた。
ずっと役割を背負ってきた。
ずっと期待と反発の間で揺れてきた。
ずっと、自分の人生を自分で選びたいと思っていた。
その声を、どこかで抑えていた。
自分の本音を後回しにしてきた。
だが、その曲を聴いたとき、もう誤魔化せなかった。
涙は、自分の奥から出てきた声だった。
「自分の人生を、自分で生きたい」
その声が、ようやく自分に届いた。
そのことに気づいたとき、涙が止まらなかった。
自分は、自分の人生を生きているのか。
自分の役割を、自分で選んでいるのか。
誰かの期待を生きることで、自分の本音を消していないか。
鈴木さんは、その問いから逃げられなくなった。
そして、鈴木さんは、実家の寺を継がないことを決める。
簡単な決断ではなかった。
ただ、自分の人生を、自分で引き受けるための決断だった。
「自分の人生を、自分の足で生きる」
僧侶をやめるわけではない。
自分の意思で僧侶を選び直した。
職業としての僧侶ではなく、生き方としての僧侶。
寺にいるから僧侶なのではなく、人の本音に向き合い、役割を思い出す場をつくる存在としての僧侶。
その道が、鈴木さんの中で見え始めていた。
第5章|僧侶顧問というIKIGAI——人が本音と役割を取り戻す場をつくる

現在、鈴木さんは僧侶顧問として活動している。
個人に向き合う。
法人相手に経営者と向き合う。
そこで扱うのは、表面的な課題だけではない。
「本当は、どうありたいのか」
「何のために、その事業をしているのか」
「自分は、どんな役割を生きたいのか」
「その選択は、本当に自分の本音から出ているのか」
「誰の期待を生きているのか」
「何を守りたくて、何を手放したいのか」
鈴木さんの場では、すぐに答えを出すことを急がない。
問いを立てる。言葉を待つ。沈黙を受け止める。
その人の中にある本音が出てくるまで、そばにいる。
それは、ホスピスで鈴木さんが見つけた僧侶の役割とつながっている。
人は、人生の終わりに本音へ戻っていく。
だけど、本当は死の間際まで待たなくてもいい。
生きている今、自分の本音に戻っていい。
今、自分の役割を問い直していい。
今、自分の人生を選び直していい。
鈴木さんは、看取りの現場で受け取った問いを、今度は生きている人たちへ手渡している。
「自分は、どう生きたいのか」
「この命を、何に使うのか」
「本当に大切にしたいものは何なのか」
それは、鈴木さん自身が通ってきた問いでもある。
「僧侶として働くのではなく、僧侶として生きる」
僧侶とは、職業の名前だけではない。
お寺にいる人だけを指すものでもない。
法衣を着ている時間だけ、僧侶なのでもない。
人の苦しみのそばにいること。
人が本音に戻る場をつくること。
生き方を問い直すきっかけを手渡すこと。
その人が自分の役割を思い出すまで、伴走すること。
鈴木さんにとって、僧侶とは、そういう生き方なのだ。
では、鈴木さんにとってのIKIGAIとは何なのか。
鈴木さんは、少し考えてこう語った。
「自分の本音と、自分の役割が重なる場所で生きることだと思います」
誰かに決められた役割ではない。
周囲から期待された役割でもない。
肩書きとして与えられた役割でもない。
自分の内側から立ち上がってくる本音と、目の前の人から必要とされる役割。
その二つが重なる場所に、鈴木さんのIKIGAIはあった。
「自分が何をしたいのかだけではなくて、自分がどこで必要とされるのか。その両方が重なる場所に、その人の役割があるんじゃないかと思うんです」
ホスピスで、鈴木さんは自分の無力さを知った。
何かをしてあげようとしても、できないことがある。
正しい言葉を探しても、届かないことがある。
人の悲しみを、簡単に消すことなどできない。
その無力感の先で、見えてきたものがあった。
「答えを渡すことじゃなくて、その人が自分の答えに触れる場をつくること。何かをしてあげる人ではなくて、そこにいる人として関わること。そこに、自分の役割があったんだと思います」
その役割は、今、僧侶顧問という形で生きている。
「事業にも、本音があると思うんです。何を売るか、どう売るかも大事です。でもその前に、何のためにやっているのか。そこに戻らないと、人も組織も苦しくなっていくんじゃないかと思います」
自分の人生を、自分の足で歩く覚悟。
そのすべてが、今の鈴木さんのIKIGAIを形づくっている。
「自分の人生を生きることは、わがままではないと思うんです。本音を置き去りにしたまま誰かの期待に応え続けても、どこかで苦しくなる。だからこそ、自分はどうありたいのか、自分は何を大切にしたいのかを問い直すことが必要なんだと思います」
あなたは、本当はどう生きたいのか。
あなたは、誰の期待を生きているのか。
あなたは、自分の役割を、自分で選んでいるのか。
その問いは、生きている私たちへ手渡されている。

あとがき
人は、いつ自分の人生を問われるのだろうか。
病室のベッドの上だろうか。
人生の終わりが見えたときだろうか。
大切な人を失ったときだろうか。
それとも、本当は今この瞬間にも、ずっと問われ続けているのだろうか。
鈴木さんは、1000名以上の看取りに関わる中で、人が人生の終わりに何を見つめるのかを見てきた。
そこには、肩書きでは隠せない本音があった。
成果では埋められない後悔があった。
言葉にしなければ届かない想いがあった。
そして、自分の人生を本当に生きたのかという問いがあった。
しかし、鈴木さんの物語が強いのは、その問いを他人に向けるだけでは終わらなかったことだ。
鈴木さん自身もまた、その問いから逃げなかった。
それは、ただレールから外れた話ではない。
自分の人生を、自分の足で生きると決めた人の物語だった。
私たちは、知らないうちに誰かの期待を生きている。
家族の中での役割。
会社の中での役割。
社会から求められる役割。
周囲に見せている自分。
失望させたくない誰か。
応えなければならないと思い込んでいる期待。
その中で、自分の本音を後回しにしてしまう。
本当はどう生きたいのか。
何に心が動くのか。
何が苦しいのか。
何を守りたいのか。
その声を、忙しさで押し流す。
責任という言葉で蓋をする。
大人だから仕方ないと飲み込む。
周りがそうしているからと、自分を納得させる。
けれど、人生の終わりに立ったとき、きっと問われる。
自分の人生を生きたのか。
自分の役割を、自分で選んだのか。
この人生を何に使ったのか。
鈴木さんは、その問いを死にゆく人たちから受け取った。
自分自身の人生で受け止めた。
あなたは今、自分の人生を、自分の足で生きているだろうか。
答えは、誰かが決めるものではない。
きっと、もう胸の奥にある。
あとは、その声から逃げずに、生きるだけなのかもしれない。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師









