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挑戦する人生を、これからも——倒産と失業を越え、AIで次の働き方をつくる
成相政和 株式会社ルヴィラ
AIで働く仕組みをつくり、挑戦と進化を続けるエンジニア
兵庫県神戸市
成相政和 株式会社ルヴィラさんのプロフィール
株式会社ルヴィラ代表取締役。30年以上にわたりITの仕事に携わり、AIを活用した業務改善やシステム開発に取り組む。「挑戦し続けること、進化し続けること」をIKIGAIに、事業を育てながら、大切な人と過ごす日常も大切にしている。
あなたは、思うように前へ進めなくなったとき、何を支えにもう一度歩き始めるだろうか。
会社が倒産し、次の仕事を探しても採用が決まらない。何十社と受けても、働く場所が見つからなかった。技術を学び、実力をつけ、自分の力で進んできた成相政和さんは、30代後半で、自分の努力だけでは動かせない現実に出会った。
その頃、日々の中にあったのが、幼い息子の空手だった。道場へ送り、稽古を見ているうちに、息子の姿に自分を重ねた。自分も覚え、家で教え、一緒に上達していこうとする時間が、仕事を失っていた成相さんのIKIGAIになった。
株式会社ルヴィラ代表取締役・成相政和さん。30年以上にわたりITの仕事に携わり、現在はAIを活用した業務改善やシステム開発に取り組んでいる。
話を聞くと、何度も出てくる言葉があった。
挑戦、そして進化。新しいことを始めるときの高揚だけでなく、知らなかったことを覚え、できることを増やし、昨日までの自分から少し先へ進む感覚を、成相さんは大切にしている。
「前に進むこと自体が、挑戦なんです」
中学で初めて手にしたトランペット。大学進学を諦めて入った会社。大手企業での経験を持ちながら、改めて学び直したシステム開発の現場。そして、仕事が決まらず、心が折れそうになった時間。進みたい気持ちがあっても、立ち止まるしかなかった時期がある。
その人生を語る成相さんは、今、大切な人との食事に2時間、3時間と使う日常にも幸せを感じている。仕事の挑戦と、他愛ない話を交わす時間。その両方を含めて、これからの暮らしをつくろうとしている。
これは、できない自分を何度も引き受け、
大切な人とともに、挑戦する人生を続けていく1人のエンジニアの物語である。
第1章|初めての楽器で、前へ出た——トランペットを吹き続けた少年の日々
成相さんが、挑戦の経験として振り返ったのは、中学時代の吹奏楽部だった。通っていたのは、吹奏楽の強豪校。楽器未経験の成相さんは、その環境でトランペットを担当することになった。
周囲に経験者がいる中で、初めから同じようにはできなかった。1年生のときは、レギュラーに入れないとも言われたという。演奏する側へ進むためには、まず自分ができることを増やしていく必要があった。
その時の気持ちを、成相さんは率直な言葉で話した。
「『レギュラーになったら、めっちゃ目立てるやん!』って思って。それで『挑戦したろ!』って」
学校で練習するだけでなく、家でも自主練習をした。経験がないところから始めた自分が、どこまでできるようになるか。成相さんは、そのための時間を重ねていった。
2年生になると、レギュラーに選ばれた。1年生のときには届かなかった場所に、自分の演奏で入ることができた。その後も続け、3年生ではさらに役割が変わる。
「3年生の頃に、ついにファーストの2人に選ばれました。顧問の先生から指名されて、フリューゲルホルンを預かったんです。パートのトップになれたのかな、って思いますけど」
その学校では、フリューゲルホルンを持つのは一軍のファーストだけだったという。楽器未経験で始めた成相さんは、練習を重ね、その楽器を預かる立場まで進んだ。
成相さんは、結果へたどり着くまでの順番を、1つずつ振り返った。入ったばかりの頃にはできなかった。家でも練習し、翌年には選ばれ、最後の学年では新たな役割を担うことになった。
当時の自分を、初めから優れた演奏者として語ることはなかった。経験がなかったことや、1年生では選ばれなかったことも、話の中にそのまま出てくる。そこから練習を重ねた時間を含めて、成相さんにとっての挑戦の記憶だった。
「最初の挑戦での成功体験でした。それがあったからこそ、高校も頑張れたんです」
未経験でも、挑戦して練習を重ねれば、自分にできることは増えていく。吹奏楽部で得たその手応えが、次の挑戦へ踏み出す力になった。
高校では、島根県に新設された情報分野の学科へ、第1期生として進んだ。工業と商業の両方を学ぶ環境で、電気、簿記、情報処理などに触れたという。コンピューターの設備も充実しており、1人1台以上を使える環境があったと振り返る。
「工業半分、商業半分みたいな、いいとこ取りの学科だったんです。僕は、その第1期生でしたね」
楽器を覚えた中学時代から、今度はコンピューターを学ぶ高校時代へ。成相さんは、技術に触れる場所へ進んだ。その後、大学でさらに学びたいと考えるようになる。
ところが、進学を考える時期に、両親の離婚が重なった。家には進学のためのお金がないと伝えられた。当時の成相さんは奨学金制度を知らず、大学へ行くための別の方法を見つけられなかったという。
望んでいた進路を、そのまま選ぶことはできなかった。成相さんは高校を卒業して働く道を選び、大手企業へ就職した。大学へ進みたかった気持ちは、その後、働きながら学ぶ自分の中に残っていく。
新しく入る職場には、大学で学んできた人たちがいた。高校を出たばかりの成相さんは、その人たちと同じ仕事の現場に立つことになる。楽器を持って練習した頃とは違う場所で、また、できることを増やす日々が始まった。
第2章|学べなかった分を、ここで学ぶ——大手企業の外で、もう一度つくった自信
高卒で入った大手企業には、大学を卒業したエンジニアが多かった。高卒で働く人は少ない環境だったという。同じように高校を出て入った同期が、早い時期に辞めていく姿も見た。
成相さんの中にあったのは、負けたくないという気持ちだった。大学へ行きたかった自分が、大学を出た人たちと一緒に働いている。その状況を前に、帰宅してからも勉強を続けた。
「大学の勉強をしていない分、ここで学んでやろうと思っていました」
学校へ進めなかった事情が、働きながら学ぶ理由になっていた。分からないままにせず、自分で身につける。誰よりも努力しようとしていたと、成相さんは当時を振り返った。
やがて、別の場所で自分の技術を試す機会が訪れる。外資系の大手企業が開いた、中途採用の説明会だった。参加者はおよそ100人。1次、2次と面接を通過し、最後には3人に残ったという。
その先にあったのが、英語の筆記試験だった。結果として、成相さんは採用に至らなかった。最後に残ったほかの2人は採用され、自分だけが入社できなかったと話す。
成相さんは、その経験から、技術について一定の評価を受けたという手応えを持った。採用されたという結果は得られなかったが、100人ほどの中から、面接を経て最後の3人に残った。その事実を、自分の力を見直す材料にした。
「技術は認められていて、英語だけが認められなかった」
技術を学び続けてきた時間が、会社の外でも評価されたと感じられた。一方、働く場所を移すには、まだ自分に足りないものがあることも経験した。
その後、成相さんはシステム会社へ移り、SEとして働き始めた。大手企業で仕事をしてきた自分にも、やれるだろうという気持ちがあったという。新しい職場では、そこで改めて、実務の難しさに向き合うことになった。
先輩のSEからは、日々、厳しい指導を受けた。自分の仕事に対して、何をしているのか、それは何なのかと問われる。以前の職場で積んだ経験があっても、新たな現場で求められる仕事を覚えていかなければならなかった。
成相さんは、その時期も勉強を続けた。夜中の2時頃まで学ぶことがあったという。仕事をして、指摘を受け、また学ぶ。大手企業のエンジニアだった自分が、別の現場で一から力をつけ直していた。
1年ほど経った頃、富士通のSEとともにシステムを開発し、NTTへ納める仕事を経験した。その仕事に関わる中で、相手のSEから言われた言葉が残っている。
「一人前のSEになったね」
成相さんは、その時、とても嬉しかったと話した。新しい環境に入り、厳しい言葉も受けながら、日々の仕事と勉強を重ねてきた。その変化を、一緒に仕事をする技術者が言葉にしてくれた。
外資系企業の選考に残った時には、外から自分の技術を評価された手応えがあった。今度は、実際の開発をともにする人から、仕事を通して認めてもらえた。成相さんの自信は、そうした異なる経験を重ねながら育っていった。
学歴や以前の所属を語るだけでは、次の現場の仕事はできるようにならない。成相さんは、新たに必要なことを学び、仕事の中で確かめてきた。その積み重ねの先で、自分の技術を使って働き続けていく。
だが、30代後半、その技術があっても、働く機会そのものが見つからなくなる時期を迎えた。
勤務していた会社が倒産し、転職をしなければならなくなったのである。
第3章|何十社受けても、仕事がない——失業の日々に、息子と覚えた空手
勤務先の倒産によって、成相さんは仕事を失った。受け取れていなかった給与については、一部の補填があったという。それまで勤めていた会社を離れ、次の仕事を探す生活に入った。
時期は、2008年のリーマンショックの頃と重なった。企業の採用が厳しくなる中、成相さんも応募を続けた。以前のように、自分が努力し、技術を身につけることで進める状況とは違っていた。
「転職することになったんですけど、ちょうどリーマンショックの時だったんですよ。何十社受けても、全然採用にならなくて。1年ぐらい、ずっとぶらぶらだったんですよ」
失業手当を受けながら、次の職場を探し続けた。大手企業で働き、新しい開発の現場でも学び直し、一人前のSEだと認められた経験もある。その技術を使って働きたいと思っても、採用という入口を通れなかった。
大学へ進めなかったときには、働きながら学んだ。転職先で仕事ができなかったときには、夜中まで勉強した。自分に足りないものを身につけようとしてきた成相さんが、今度は、働く場所そのものが見つからない状況に置かれた。
「その時初めて、『もう自分の力じゃどうしようもないな』って思って。挫折は味わいました。折れましたね」
何とかしなければならない。そのプレッシャーに押しつぶされそうになったと、成相さんは話した。身につけた技術や、それまでに仕事で得た自信を持ちながら、次の職場へ進めない。そうした日々が、およそ1年に及んだ。
その頃、息子は4〜5歳ほどだった。極真空手の道場へ通っており、成相さんは送迎をして、稽古を見る時間を持つようになった。小学生の娘も、空手に取り組んでいたという。
稽古を見ていると、成相さんは息子の姿に自分を重ねた。そこで覚えたことを、もう少し分かりやすく教えられないか。自分も内容を理解して、一緒に上達できないかと考えた。
「この子、俺に似てるな」
成相さんは道場で見た内容を吸収し、自分なりに理解して、子どもたちへ伝えるようになった。稽古を見守るうちに、家での練習の進め方も考えるようになった。
「道場で教わって、教わったものを覚えて帰って、家で練習する。それをすごく非効率に感じたので、僕がDVDを買いました」
買ったのは、極真空手の型を収録したDVDだった。映像を見て、まず自分が型を覚える。そのうえで、子どもの動きを見ながら、「こっちはこう」「ここはこう」と教えた。送迎をする父親だった成相さんは、家で一緒に練習し、教える役割も担うようになった。
「2人でうまくなろうっていう感じになったんです」
仕事を失った自分にも、調べて覚え、目の前の相手に渡せることがあった。自分も学びながら、子どもと一緒に上達していく。成相さんは、この時間が当時のIKIGAIになっていたと振り返った。
娘は、小さな大会で優勝を経験した。息子は小学1年生のときに、道場の選抜メンバーに選ばれたという。成相さんが覚えているのは、選ばれたという結果だけでなく、その先の試合で見せた息子の姿だった。
「千葉県の大会で、1回戦は勝って。2回戦は、めちゃくちゃ強いところにボロ負けして、息子は悔しくて泣いていました」
一緒に練習を重ねた息子が、試合で勝ち、強い相手に敗れ、悔しさを表した。成相さんは、その成長をそばで見つめていた。
失業していた日々と、子どもたちが空手を覚えていく日々は、同じ時間の中にあった。仕事が決まらないという現実は続いていた。その一方で、家では自分が覚えたことを教え、子どもたちの変化に立ち会っていた。
やがて、就職先が決まった。空手に取り組んだから仕事が見つかったという話ではない。成相さんは、働く場所を探し続けながら、子どもと一緒に学ぶことにやりがいを見いだし、その時期を過ごしていたのである。
自分の力で動かせないことがある。その経験と、誰かと一緒に上達していける時間の両方が、成相さんの中に残った。その後も技術の仕事を続けながら、以前から考えていた、自ら事業を持つことへ向かっていく。
第4章|仕組みをつくる側へ、一歩を踏み出す——法人化と、AIを任せきらない技術者の判断
自分で事業をしたいという気持ちは、会社を設立する以前からあった。成相さんの身近には、事業を営む父の姿があったという。父が事業に失敗し、その後、再び立ち上がる姿も見てきた。
失敗した後も、また事業へ向かう。その姿を含めて、いつか自分でも事業を立ち上げたいと思っていたと話す。会社員として経験を積みながら、その考えを持ち続けていた。
法人化の具体的なきっかけになったのは、副業で取り組んでいた物販だった。海外の通販プラットフォームへの出店に関わる話があり、当時、その契約には法人格が必要だったという。考えていた起業が、目の前の契約に必要な選択として具体的になった。
「株式会社にして、長くやっていきたい」
そう考え、株式会社という形を選んだ。2025年に設立された株式会社ルヴィラは、現在、AIによる業務改善やシステム開発などに取り組んでいる。物販の契約をきっかけに持った会社で、長く携わってきた技術を使う事業を育てている。
事業を進めるうえで、成相さん自身もAIを使っている。36のAIエージェントを稼働させ、AIに仕事の役割を持たせて動かす取り組みを進めている。
成相さんが描く会社の姿は、仕組みの中にある。
「僕がいなくても、自動で仕組みで回る会社」
自らの手を動かし続ける働き方から、業務が回る仕組みをつくる働き方へ。そのために、長年扱ってきたシステムの知識と、今使えるAIを組み合わせている。技術者としての経験を、自社の運営にも使おうとしていた。
その一方で、成相さんは、AIに任せることの危うさも話した。すべてを丸投げし、中で何が起きているか確認できなくなる状態を、危険だと考えているという。便利さだけを理由に、完全な自動運転へ進めるつもりはなかった。
「半自動ぐらいでないと、いけない」
仕組みに任せて動かしたいという理想と、人が内容を確かめられる状態を保ちたいという判断。その2つを、成相さんは同じ話の中で語った。エンジニアとして中身を確認できることが、AIを使ううえでも大切だと考えている。
お客様への支援でも、業務改善や自動化を扱っている。今ある仕事の進め方を見直し、システムやアプリケーションによって手作業や費用を減らせる余地を探す。開発して終えるだけでなく、その後の保守や改善を継続的なサービスにしていくことも考えていた。
ただ、技術があることと、それを事業として届けていくことの間には、まだ課題があった。自らの技術をどう使い、どのように必要とする人へ届けるかを考えている最中だった。
会社員としての仕事も、事業の育て方も、これからのサービスも、取材時点では動いている途中にあった。成相さんは、その現在地から次の働き方をつくろうとしている。
第5章|一緒に進む人がいる——挑戦と、何気ない幸せを重ねるこれから
仕事や会社について話す一方で、成相さんは、現在のパートナーとの時間を話した。相手も個人で事業を営み、常に挑戦を続けている人だという。価値観が似ていると感じていた。
それぞれの仕事に向き合い、悩み、うまくいったことや失敗したことを話す。ともに成長しながら歩むことが、幸せだと感じている。自分が挑戦することと、相手が挑戦することを、同じ暮らしの中で大切にしていた。
日常の幸せを尋ねると、食事の時間の話になった。特別な出来事がある日だけを挙げることはなかった。他愛ない話をしながら、2時間、3時間と食事をしている。そんな時間に、安心感や癒しを得ているという。
「日常が全部、幸せ」
何気ない日常の時間を大切にしている。新しい技術を使い、会社を育てることと、目の前の人とゆっくり話すこと。その両方が、成相さんの今の暮らしにあった。
成相さんにとって、挑戦は前に進むことそのものだという。自分が変わり、できることが増え、また次の課題に向き合う。その動きを止めてしまうことのほうに、怖さを感じると話した。
その考えを聞いてから、改めて、これまでの経験を思い返した。未経験で楽器を始めたときにも、仕事の現場で学び直したときにも、成相さんは、自分にできないことを覚えようとしていた。失業中には、今度は子どもへ教えるために、自分が空手の型を覚えた。
何を目指すかは、その時々で違っている。自分の演奏ができるようになること。一人前のSEとして仕事をすること。子どもと一緒に上達すること。そして、自らつくった会社で、AIを使う仕組みを育てること。成相さんは、それぞれの場面で次に覚えるものを持っていた。
今も、事業をどう続けていくか、どこまでAIに任せるか、自分の役割をどう変えるかを考えている。目標へ至る途中には、営業やサービス設計の課題もある。技術者としての経験を持ちながら、経営では新たな課題に向き合っている。
その日々を支えるものを、成相さんは自分の言葉で話した。
「お金のためだけなら、365日働けない。IKIGAIのためだから、365日働ける」
成相さん自身の、仕事へ向かう感覚を語った言葉だ。そこには、技術を使って何かをつくることや、会社を育てること、パートナーとともに進んでいくことが重なっている。働く日々を、これからの自分たちの暮らしへつなげようとしていた。
そして、自分のIKIGAIを、こう表した。
「挑戦し続けること、進化し続けること」
その言葉を話す成相さんには、会社員を卒業したいという目標があり、自分がいなくても回る会社の構想がある。大切な人と、ともに挑戦を重ねていきたいという願いもある。
新しい仕組みをつくり、必要なことを覚え、人と話す。その先に、また知らない課題が現れる。成相さんは今も、その続きを生きている。2人でゆっくり食卓を囲める日常を持ちながら、明日できることを、もう1つ増やしていこうとしていた。
あとがき
人が、自分で思っている以上の力を出せるのは、大切な人と共に進むときなのかもしれない。成相さんとの対話を終えて、私はそんなことを考えていた。
成相さんは、パートナーと挑戦を重ねる日々について語った。悩みや失敗も共有しながら、一緒に成長していく。その一方で、他愛ない話をしながら2時間、3時間と食事をする日常にも、幸せを感じているという。
もっと前へ進みたいという気持ちと、今、この人と過ごしている時間が幸せだという感覚。その2つが、成相さんの中には一緒にあった。私は、その関係について考えた。
そこには、どんな状況になっても、この人となら幸せになれるという安心感があるのだろう。うまくいったときには一緒に喜び、思うようにいかなかったときにも、共に過ごす時間の中に幸せを見つけていける。そんな安心感があるからこそ、人はもう一度、前へ進む力を出せるのかもしれないと思った。
自分だけでは踏み出せなかった一歩を、大切な人となら踏み出せることがある。その人と過ごすこれからを思い描くことで、もう少し頑張ってみたいと思える。成相さんが語った挑戦と日常の幸せから、私は、人と共に生きることが持つ力を受け取った。
何を成し遂げたいかを考えるとき、その未来を誰と過ごしたいのかも、大切にしていたい。
目標へ向かう時間と、そばにいる人と笑う時間を、自分の人生の中でつないでおきたいと感じた。
あなたが、これからも共に進みたい人はどんな人だろうか。
その人に、これから一緒にやってみたいことを1つ、話してみてほしい。未来を語り合うその時間が、自分でも知らなかった力を引き出す始まりになるかもしれない。
あなたのIKIGAIも、そんな誰かと歩む日々の中にあるのかもしれない。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師
WRITER PROFILE
尾﨑弘師 (おざき ひろし)
IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役
これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。
掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。
さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。









