自分も、周りも、一緒に前へ——仲間とともに打ち込んだ、挑戦の軌跡

自分も、周りも、一緒に前へ——仲間とともに打ち込んだ、挑戦の軌跡

藤瀬亮介

大学2年生

藤瀬亮介さんのプロフィール

佐賀県出身の大学2年生。剣道で仲間と目標を追った経験を持ち、大学生活とインターンを通じて挑戦を重ねている。自分の成長を、家族や周囲の人への貢献につなげることを大切にしている。

自分も、周りも、一緒に前へ——仲間とともに打ち込んだ、挑戦の軌跡

あなたは、自分が成長した先に、誰の顔を思い浮かべるだろうか。

もっとできるようになりたい。難しいことにも挑戦したい。自分の力で稼げるようになりたい。大学2年生の藤瀬亮介さんに、人生で大切にしている価値観を尋ねると、「挑戦」という言葉が返ってきた。

「どんなに難しいことでも、一旦チャレンジしてみたいです。やった自分と、やらなかった自分だったら、やった自分の方が成長できると思うので」

なぜ、そこまで成長したいのか。話を幼少期まで遡っていくと、彼が大切にしてきたものが少しずつ見えてきた。

剣道で結果を残した時、何より嬉しかったのはチームが勝ったことだった。実家を離れて一人暮らしを始めると、それまで受け取ってきた家族の支えを改めて感じるようになった。インターンでは思うようについていけず、厳しく指摘された経験もした。それでも、自分を信じてくれた人の期待には応えたいと話す。

そして今、自分で得たお金で両親に花を贈り、その先には家族で旅行に行くことも思い描いている。

「自分も成長できて、周りも成長できる。そういうのが自分は嬉しいですね」

彼にとって、成長は一人で完結するものではない。仲間と同じ目標を追うこと。信じてもらったことに応えること。できることを増やし、その力を大切な人のためにも使うこと。

大学生活の真ん中にいる今、彼はさまざまな経験を重ねながら、自分がどんな時に力を出せるのか、何を大切にしたいのかを確かめている。これは、彼がこれまで受け取ってきた信頼と、仲間と重ねてきた時間、そしてこれからの挑戦をたどる物語である。

第1章|「信じてくれたら、裏切れない」——家族の中で育った信頼

彼が育ったのは佐賀県。自宅から小学校までは遠く、通学には40分ほどかかった。町に小学校は一つで、地域によっては1時間ほどかけて通う子どももいたという。彼自身も途中までバスを使いながら学校へ通った。

家庭について尋ねると、彼は自然な日常を振り返った。悪いことをすれば怒られる。大会などで結果を残せば、きちんと褒めてもらえる。

体調が悪い朝には、両親から「いつもと違うと思ったら、すぐに言いなさい」と言われていた。学校まで距離があるからこそ、家を出る直前に伝えても間に合わない。身体に違和感があれば早めに伝えるよう教えられていた。そして彼が体調の悪さを伝えた時、その言葉を疑われることはなかったという。

その話のあと、彼はこう振り返った。

「信じてくれていた感じがあって。だから、その信頼を裏切らないようにっていうのはあったかもしれないです」

子どもの頃に受け取っていた、信じてもらえたこと。それが彼の信じてくれた人は裏切れない信念として残っていく。

「今はめちゃくちゃあります。信じてくれた人は裏切れないですね」

家族には弟がいる。小学生の頃まではよく喧嘩をしていたが、中学生になる頃には、ぶつかり合うこともほとんどなくなったという。弟について「どんな存在か」と尋ねると

「今までだったら、本当にクソガキとしか思ってなかったです」

少し考えたあと、彼はこう続けた。

「小さい時から一番身近にいるやつなんで。なんとなく、気にかけてやらないといけないやつなのかなと思います」

頻繁に何かを語り合う関係とは少し違う。それでも、小さい頃から一番近くにいるからこそ、自然と気にかかる存在である。

そんな家族との日々の中で育った彼の信念の軸は年長の頃から始めた剣道でも育まれていく。

第2章|「諦めんかったけん、勝てたぞ」——剣道で知った、仲間と挑む喜び

剣道を始めたきっかけは、幼稚園で仲の良かった友人から誘われたことだった。

「最初の頃は楽しかったです。ずっと剣道、剣道という感じではなくて、遊びみたいな感じもあったので」

その雰囲気が変わったのは、小学校3年生頃だった。練習は一気に厳しくなる。平日は夕方5時から7時。土曜日は朝7時から9時で、休みはほとんどなかったという。

特にきつかったのは、試合に負けた翌日の練習だった。指導者から厳しく叱られることもあり、彼は何度も「絶対やめてやる」と思った。

昨年、久しぶりに小学校時代の練習へ顔を出した時には、その指導者の接し方が以前より柔らかくなっていて驚いたという。今では食事に連れて行ってもらうこともある。当時は厳しさを強く感じていた一方、振り返れば、土日や祝日まで自分たちのために時間を使ってくれていた。

「本当に好きじゃないとできないですよね。自分たちのために、ずっと時間を使ってくれていたはずなんで」

厳しい練習を続ける中で、大会で結果が出ることも増えていった。勝ったあと、仲間たちと一緒にご飯を食べに行く時間も楽しみだったという。

小学生の頃、大きな大会で優勝したことがあった。その時、指導者からかけられた言葉を、彼は今も覚えている。

「お前たちが諦めんかったけん、勝てたぞ」

きつい練習を続けた先に、仲間と一緒に喜べる瞬間があった。彼はその経験を振り返り、「めちゃくちゃ甘い果実があった」と表現した。努力を続けることで、自分にできることが増える。そして、その力がチームの結果につながる。

「自分のおかげでチームが勝った時は、本当に嬉しかったです。自分が勝ったことより、チームが勝ったことの方が嬉しかったですね」

中学校でも剣道を続けた。そこで大きな存在だったのが、幼い頃から一緒に剣道を続けてきた二人の同級生である。三人が目指していたのは全国大会だった。

団体戦では、下級生二人を加えた五人で戦った。指導者から「お前ら三人が勝たないといけない」と言われることもあったが、試合では後輩たちも必死につないでくれた。だからこそ、自分たちの番では勝ちたかった。

中学校最後の大会では九州大会まで進んだが、全国大会には届かなかった。最後に敗れた試合では、後輩たちが先につないでくれていたという。

「前の後輩たちはちゃんと頑張ってくれて。その後ろの自分たち三人の力で負けたような試合だったので、本当に悔しかったです。せっかくつないでくれたのに、申し訳ない気持ちもありました」

自分が負けた悔しさと同時に、仲間がつないでくれた試合を勝ち切れなかった悔しさが残った。彼は中学生の頃を、「剣道への熱のピークだったと思います」と振り返る。

幼稚園や小学校の頃から、何年も一緒に剣道を続けてきた二人。今でも年末年始に地元へ帰れば会い、一緒に遊ぶという。

「多分、死ぬまで続いていくんじゃないかなと思っています」

同じ目標を見る。厳しい練習をともにする。誰かがつなぎ、自分もつなぐ。勝てば一緒に喜ぶ。彼が剣道の時間を振り返る時、そこにはいつも仲間の存在がある。

第3章|「何かが足りない」——熱量の違いから見えた、自分が頑張れる環境

高校でも剣道を続けた。ただ、中学生までと比べると、剣道に向かう情熱は変わっていた。

「そこまで上に行かなくてもいいけど、一回戦では負けたくないな、くらいでした」

練習は続け、試合にも出る。けれど、中学生の頃のような「絶対にここへ行きたい」と言える目標は見つからなかった。

中学時代の指導者から、目標と夢の違いについて教えられたことがある。背伸びをすれば届くものが目標。簡単には届かないものが夢。中学生の頃、全国大会は彼らにとって、本気で取り組めば届くかもしれない目標だった。

高校に入ると、自分がどこを目指すのかが分からなくなった。以前より練習に余裕はあった。それでも、彼の中には葛藤が残っていた。

「何かが足りなかった方が強いですね。何か違うな、みたいな。くすぶっている感覚というか」

何が違ったのか。話を続けると、彼は仲間の存在について語った。

「同じ目標に向かって、同じくらいの熱を持って頑張れる人がいなかったのかなと思います」

中学生の頃は、幼い頃から一緒に剣道をしてきた仲間と全国大会を目指していた。彼自身、一人で頑張るより、同じ熱量を持った人たちと目標を共有できる環境の方が楽しかったと振り返っている。

高校で感じた「何かが足りない」という感覚を抱えながら、卒業後の進路を考えた時、彼には一つやってみたいことがあった。実家を出ることである。

これまで生活の多くを家族に任せてきた。近くにいれば、これまでと同じように甘えてしまうかもしれない。

「少しは自分でも生活できるようになりたいなと思って。実家へ帰るのに、お金も時間もかかるようなところへ行きたかったんです」

そうして福岡の大学へ進学した。初めての一人暮らし。佐賀から出た彼にとって、福岡の街は驚くことの多い場所だった。

「佐賀と全然違いすぎて、めっちゃ楽しかったです。夜も明るすぎてびっくりしました」

大学1年目は、新しい街での生活を楽しんだ。そして2年生になる頃、将来のことも少しずつ考え始めた。就職活動を迎える前に、何か経験しておいた方がいいのではないか。大学の外に出て、自分にできることを増やしてみたい。

そんな時、アルバイト先でのつながりからインターンを紹介された。彼は、新しい環境に入ることを決めた。

第4章|難しいなら、まずやってみる——インターンで向き合う、自分の現在地

1つ目のインターンへ参加した理由を尋ねると、彼は率直に話した。

「就活とかも、早い段階から始めた方がいいのかなと思って。それで参加してみようと思いました」

必要かもしれないと思ったことを、まずやってみる。それは、彼が最初に話した「一旦チャレンジしてみる」という価値観とも重なる。

実際に始めてみると、想像以上にきつかった。大学1年生の頃は、勉強する習慣があまりなかったという。そこから急に、考えること、覚えること、自分で判断することが増えた。

「急に頭を使うことが増えて、本当にキャパオーバーになりました。全然ついていけなくて、きつかったですね」

参加してから約2か月が経った頃には、自分に非がある出来事で厳しく指摘されたこともあった。その経験について、こう話す。

「完全にこっちが悪いんで、何も言えないです」

指摘された、代表に今回のインターンを紹介してもらった。
過去の出来事も含め、インターンでは自分ができることと、これから身につけていきたいことの両方に向き合っている。挑戦を続けようとする理由の一つには、家族について話した時にも出てきた「信頼」がある。

自分を紹介してくれた人がいる。信じて機会を渡してくれた人がいる。その信頼に応えたい。そして、自分自身ができることも増やしたい。

自分で稼ぐ力を身につけること。社会に出る前に、さまざまな経験をすること。今はできないことにも向き合い、できることを一つずつ増やしていくこと。

人生で大切にしている価値観を尋ねた時、彼はこう話していた。

「どんなに難しいことでも、一旦チャレンジしてみることです」

なぜ、難しい方へ進むのか。彼が考える基準は、未来の自分だった。やらなかった自分と、やった自分。その二つを比べた時、挑戦した自分の方が、できることが増えている。

「やっていた自分の方が成長できると思うんです」

剣道では、厳しい練習を乗り越えた先に、仲間と勝つ経験があった。高校では、同じ熱量で目標へ向かう仲間がいることの大きさを感じた。そして大学では、自分から新しい環境に入り、仕事を通じてこれまでとは違う難しさに向き合っている。

舞台は変わっても、彼が大切にしているのは、挑戦の中でできることを増やしていくことである。

第5章|力をつけた先に、誰かの役に立てるように——家族、友人、これから出会う人へ

彼が現在、将来の選択肢の一つとして考えているのが銀行員である。きっかけの一つは、福岡でアルバイトを始める際、銀行口座をつくった時の経験だった。

その時に対応してくれた銀行員の印象が強く残ったという。

「対応してくださった方がものすごく良くて。自分も、新しいことを始める人たちをサポートできたらいいなと思ったんです」

彼自身にとっても、新しいアルバイトを始めるためにつくった口座だった。新しい一歩を踏み出す時に、丁寧に対応してくれた人がいた。その経験から、誰かが新しいことを始める時に支えられる仕事へ関心を持つようになった。

母が銀行で働いていた経験を持つことも、銀行を身近に感じてきた理由の一つである。幼い頃、母がお札を数える姿を見る機会があった。

「あの、お札をパシャパシャするやつあるじゃないですか。小さい頃から見ていて、格好いいなと思っていました」

子どもの頃に見ていた母の姿と、福岡で出会った銀行員の対応。そうした経験が重なり、現在は銀行員という仕事に興味を持っている。

一方、一人暮らしを始めたことで、家族への見え方にも変化があった。実家にいた頃は、家へ帰れば食事が用意されていた。一人暮らしでは、何を食べるかを考え、買い物をして、料理をして、片付けるところまで自分で行う。疲れていれば、コンビニの弁当に頼ることもある。

「作るのもきついし、その後の片付けもきつくて。実家に帰った時のご飯が、もうめちゃくちゃ美味いんですよね」

大学進学後、初めて年末年始に帰省した時。実家で食べたトンカツが忘れられないという。

「今まで食べたトンカツで、一番美味しかったです」

離れて生活したことで、これまで家族にしてもらっていたことを、日常の一つひとつから実感するようになった。

今、彼は両親へのプレゼントを考えている。まずは花を贈ってみたい。これまで、両親に花を贈った記憶はほとんどないという。両親の結婚記念日に合わせて、自分で得たお金から贈ることも考えている。

その先に思い描いているのが家族旅行だ。父と母、できれば弟も一緒に連れていきたい。自分で稼げるようになりたいという話を聞いていくと、そのお金を何に使いたいかというところまで彼の考えは続いている。

インタビューの最後に、お金や時間、肩書きといった条件をすべて外した時、それでも力の源になるものは何かと尋ねた。彼はすぐに答えを決めず、少し考えた。

「考えたことなかったっすね」

そして出てきたのは、家族と友人だった。

「やっぱり、家族とか友達とかじゃないですかね」

彼はインタビューの中で、自分にとってのIKIGAIを一つの言葉には決めなかった。一方で、これまでどんな時に嬉しかったのか、誰のためなら頑張れるのかという話には、繰り返し大切な人たちが登場した。

仲間と一緒に結果を出した時。後輩がつないだ試合に応えようとした時。信じてくれた人の期待に応えたいと思った時。家族に、自分の力で何かを返したいと考えた時。

そして彼自身が話した、この言葉が残る。

「自分も成長できて、周りも成長できる。そういうのが自分は嬉しいですね」

これから銀行員を目指すのか、別の仕事に出会うのか。その選択は、これから彼自身が決めていく。今は、できることを増やすために挑戦し、その先で自分の力を誰かの役に立てたいと考えている。

その姿勢を持ちながら、彼は次の経験へ進もうとしている。

あとがき

藤瀬亮介さんとの話していて、私の中に強く残ったものがある。
それは、「もっと能力をつけたい」という言葉の先に、いつも誰かがいたことだった。

自分がすごくなりたい。

そんな言葉より先に、彼から出てきたのは、仲間であり、家族であり、自分を信じてくれた人たちだった。

「自分も成長できて、周りも成長できる。そういうのが嬉しいですね」

この言葉を聞いた時、私は少し自分自身を振り返った。
私は真っすぐに大切な人のために動けているのだろうかと。

彼は、ごく自然に人を見ていた。

仲間と一緒に勝ちたい。
信じてくれた人に応えたい。
両親に何かを返したい。

そして彼の表情から私が忘れそうになっていた心を感じた。

まっすぐこちらを見て話す、その嘘のない瞳を見ながら、私は学んだ。

人を想う気持ちは、本来淀みがない。
自分にできることが大切な人のためになるから。
だからやる。

そんな心を、私は彼との対話から受け取った。

能力を上げること自体が目的になるのではなく、その力を誰かのために使える自分でありたい。彼の言葉を聞きながら、私自身も、そんな人間でありたいと強く思った。

あなたは、自分がこれから身につける力を、誰のために使いたいだろうか。
そして、もしそこに見返りがなくても、それでも力を使いたいと思える相手はいるだろうか。

その答えの中には、その人らしいIKIGAIの形が表れているのかもしれない。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

WRITER PROFILE

尾﨑弘師 (おざき ひろし)

IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役

これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。

掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。

さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。

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