残されたのは、言葉ではなく背中だった——お茶を淹れる時間に日本人の心を残す四代目の覚悟

井手博崇 有限会社井手製茶工場 

お茶を通じて日本人の心を継ぐ茶農家

福岡県八女市

残されたのは、言葉ではなく背中だった——お茶を淹れる時間に日本人の心を残す四代目の覚悟

 

大好きだった祖父が、突然いなくなった。
聞きたいことは、山ほどあった。

なぜ、小さな茶農家でありながら、自分たちの工場を持とうと思ったのか。
なぜ、栽培だけで終わらせず、自分たちで加工し、自分たちでお客様に届ける道を選んだのか。
人と違うことを選ぶ怖さの中で、何を信じて、あの場所を守ってきたのか。
だが、その答えを聞こうと思った時には、もう祖父はいなかった。
残されたのは、言葉ではなく、背中だった。

福岡県八女市黒木町にある有限会社井手製茶工場。
茶の栽培、製茶、販売までを一貫して行うこの場所で、四代目として家業を継ぎ、祖父が切り拓き、父が守ってきた仕事を未来へつなごうとしているのが、井手博崇さんである。

井手さんが大切にしている価値観は、はっきりしている。

「自分の人生を、自分で生きること」

幼い頃、井手さんは「後継ぎ」として見られることに反発していた。
自分の人生を、自分以外の誰かに決められることが嫌だった。

だから一度、外へ出た。
機械系の道へ進み、商社で働き、旅行情報サービスを扱う会社で経営者たちと向き合った。
安定した給料も、やりがいもあった。

それでも、父から家業の厳しい状況を聞かされた時、井手さんの中で何かが変わった。

当たり前にあると思っていた茶畑も、工場も、店も、
祖父が切り拓き、父が守ってきた仕事も、
誰かが継がなければ消えてしまう。

反発していた家業は、その瞬間、守るべき使命に変わった。

お金でもない。
安定でもない。
肩書きでもない。
それでも、この場所を残したい。
これは、祖父と父の背中から受け継いだ志が、ある日、自分の使命に変わった男の記録である。

そして私たちに、「自分の人生を生きる」とは何なのかを問いかけてくれる物語でもある。

きっとあなたも読み終えたとき、胸の奥に眠っていた問いと向き合うことになる。
自分は何を受け取り、何を残し、何のためにこの人生を生きるのか、と。

 

第1章|「自分の人生なのに、なんで決まってるんだ」——後継ぎとして生まれた少年の反発

「自分の人生なのに、なんで決まってるんだ」

幼い頃の井手博崇さんの中には、そんな疑問があった。
福岡県八女市黒木町。
茶畑があり、工場があり、店がある。
井手さんにとって、お茶は特別なものというより、暮らしの中に当たり前にあるものだった。

朝起きれば、そこに家業がある。
家族の会話の中にも、お茶の仕事がある。
季節が来れば新芽が芽吹き、工場が動き、人が集まる。

その風景は、井手さんにとって日常だった。

井手さんは、家系にとって久しぶりに生まれた男の子だった。
祖父にとって井手さんは、待ち望んだ後継ぎだった。
だから、物心ついた頃にはもう、周囲には自然と「この子はいずれ家業を継ぐ」という空気があった。

誰かが強く命令したわけではない。
「お前は絶対に継げ」と毎日言われたわけでもない。
大人の期待を感じ取る。
言葉になっていない前提を、肌で受け取ってしまう。
「将来はお茶屋さんだね」
「いずれ継ぐんだろうね」
「後継ぎができてよかった」
そんな周囲のまなざしが、井手さんには重かった。

自分の人生なのに、なぜもう決まっているのか。
自分はまだ何も選んでいないのに、なぜ行き先だけが先に置かれているのか。

家業が嫌いだったわけではない。
祖父が嫌いだったわけでもない。
ただ、自分で決めたかった。
「世界がすごく狭く感じていたんです。もっと広いはずだぞ、この地球は、みたいな思いがありました」

この場所だけが世界ではない。
もっと広い世界があるはずだ。
もっと違う生き方があるはずだ。

地域の温かな人間関係も、家業の期待も、どこか自分を囲い込むもののように感じた。
後継ぎとして見られるたびに、井手さんの中には反発心が生まれた。
「家族だからって、人生を決めるものなのか」

自分の人生を、自分で生きたい。
誰かに決められた役割としてではなく、自分の意思で選びたい。
ただ、茶づくりそのものは好きだった。

自分の手でつくったものを、誰かが飲む。
「おいしい」と喜んでくれる。
その瞬間には、素直に心が動いた。

「自分の手で作ったものを飲んでもらって、喜ばれるのが嬉しかったんです。自分の技術の良し悪しで味が変わる。それが面白かった」

茶づくりには、ものづくりの面白さがあった。
手をかければ、味が変わる。
技術が出る。
工夫が結果になる。
つくることは好きだった。

進路を考える時期になると、井手さんは農業系ではなく、機械系、工業系の道を選ぶ。
家族に対しては、こう説明した。

「これからは機械の時代だから。お茶の製茶にも農機具にも機械はある。農業は父から学べるから、自分は機械の道に進む」
それは本音でもあり、言い訳でもあった。

ものづくりへの興味は本当にあった。
機械やシステムにも惹かれていた。
同時に、家業から一度離れるための理由でもあった。

祖父は落ち込んだ。
父も、農業高校やお茶の試験場へ進むものだと思っていた。
一方で、祖母や母は「一度外に出てもいいのでは」と見ていた。
祖父、父、井手さん。
三代の男が同じ場所に入れば、ぶつかることも分かっていたのだろう。
井手さんは外へ出た。

それは、家業を捨てたかったからではない。
自分の人生を、自分で選びたかったからだった。

第2章|「これは誰のための仕事なんだろう」——外の世界で見えた違和感と、突然の知らせ

機械系、工業系の道へ進んだ井手さんは、その後、産業機械を扱う商社に就職した。

扱うのは、海外の機械や工場のラインに関わるような大きな案件だった。
金額にすれば、何億円規模になることもある。
一歩間違えれば、工場の稼働に影響が出る。
納期が遅れれば、大きな損失につながる。
時には、命や訴訟問題に関わるような重さもあった。

責任の大きな仕事だった。

会社員として、井手さんはそこで働いた。
その現場の中で、少しずつ違和感を抱くようになる。

「ボールを持つな。すぐに相手に渡せ」
そう教えられた。
責任の所在を、自分のところに置き続けない。
常に相手へ渡しておく。
大きな案件を扱う組織として、リスクを避けるためには必要な考え方でもあったのだろう。

今なら、井手さんにもその意味は分かる。
考えが未熟だったことも分かる。 

納期が一日遅れれば、工場のラインが止まるかもしれない。
何億円もの損失が出るかもしれない。
だから必死に動く。
関係先に連絡し、調整し、どうにか間に合わせようと走り回る。

ようやく確保できた。
そう思って連絡すると、相手の担当者が休みだったこともあった。

その瞬間、井手さんの中に、言葉にならない疑問が残った。
「この仕事は、誰のためになっているんだろう」

もちろん、会社員として真剣に働く人もいた。
熱量を持って向き合っている人もいた。
すべてを一括りに否定したいわけではない。
それでも、井手さんには、どうしても見えてしまうものがあった。

与えられた業務の中で動く。
与えられた時間の中で働く。
自分の役割が終われば、そこから先は自分の仕事ではない。

井手さんの中では、何かが噛み合わなかった。

必死に動いた先にいる相手の顔が見えない。
その仕事の先で、誰が喜んでいるのかが見えない。
自分が何のために動いているのかが、どこか曖昧になっていく。
その時に浮かんできたのが、「経営者」という言葉だった。

自分はなぜ、仕事に対してこんな違和感を覚えるのか。
なぜ、誰のための仕事なのかを考えてしまうのか。
なぜ、与えられた役割をこなすだけでは満たされないのか。

井手さんは、自分の中にある感覚をたどっていく。

幼い頃から見ていた働く大人は、祖父であり、父だった。
茶畑があり、工場があり、お客様がいる。
自分たちでつくり、自分たちで届ける。
そして、飲んだ人が喜ぶ。

井手さんは、外の世界に出たことで、逆に自分の中に流れていたものに気づき始めた。

そして、経営者に会える仕事を求めて、転職を決める。

次に選んだのは、旅行情報サービスを扱う会社だった。
観光領域に関わる仕事。
旅館や宿泊施設の経営者と直接向き合える仕事だった。

観光業は大きな市場でありながら、旅館や宿泊施設には個人事業や家族経営も多い。
ここには経営者と直接向き合える機会がある。
井手さんは、そこに惹かれた。

大きな会社の担当者ではなく、経営者本人に会える。
その人の考え方、悩み、決断、空気を直接感じられる。
自分が知りたかった「経営者とは何か」に触れられるかもしれない。
観光領域での仕事は、井手さんにとって楽しかった。

旅館や宿泊施設の経営者と話す。
事業の現場を見る。
どんな課題があり、何を大切にしていて、どうやってお客様に価値を届けているのかを聞く。

そこには、商社時代に感じていた違和感とは違う手触りがあった。

「経営者と会う中で、自分にはそちらの血が流れているというか、そっちが好きだなと明確に感じました」

経営者と話している時、井手さんの中で何かが腑に落ちていった。
その感覚は、どこか懐かしいものでもあった。

井手さんは、そこで初めて、自分のバックボーンを見つめ直すようになる。

なぜ、自分は商社であの違和感を覚えたのか。
なぜ、経営者と話すことがこんなに面白いのか。
なぜ、自分の中に「誰のための仕事なのか」という問いがあるのか。
その答えをたどると、いつも実家の風景に戻っていく。

井手さんは、その頃ようやく、祖父と話したいと思うようになった。

なぜ、祖父は小さな茶農家でありながら、自分たちの工場を持とうと思ったのか。
なぜ、栽培だけではなく、加工し、販売するところまで自分たちでやろうとしたのか。
借金や葛藤もあったはずなのに、なぜあんなに楽しそうに働けたのか。
社会に出て、経営者と向き合うようになったからこそ、聞きたいことが増えていった。

子どもの頃には分からなかった。
ただ一緒に配達に行き、ただ祖父の近くにいた。
その時には、祖父が何を背負い、何を考え、何を信じていたのかまでは分からなかった。

外の世界を見た今なら、聞ける気がした。

祖父がどんな思いであの場所をつくったのか。
どんな葛藤の中で、工場を持ち、お客様に直接届ける道を選んだのか。
どんな覚悟で、自分の人生を生きていたのか。
井手さんは、祖父と答え合わせをしたかった。

その矢先だった。
突然、連絡が入る。
祖父が、事故で亡くなった。
聞きたいことは、山ほどあった。
その答えを聞く時間だけが、もう戻らなかった。

第3章|「残されたのは、言葉ではなく背中だった」——祖父の記憶が、使命に変わった日

井手さんにとって、祖父は家族の中で一番、強く影響を受けた人だった。

幼い頃から、可愛がってくれた。
お客様のところにも連れて行ってくれた。
経営者として学びに行く場所にも、幼い井手さんを連れて行ってくれた。

ただ、祖父の隣にいた。
祖父がお客様と話す姿を見ていた。
お茶を届け、相手が喜ぶ姿を見ていた。
仕事をする祖父の空気を、近くで感じていた。
祖父は、井手さんにたくさんの言葉を残してくれていた。

「人と違うことをしないと、人と違う風にはなれない」

幼い頃の井手さんには、その言葉の意味をすべて理解することはできなかった。
人が遊んでいる時に仕事をするから、
人が働いている時に遊べるようになる。

その言葉は、単なる教訓ではなかった。
祖父自身が、そう生きていた。
小さな茶農家でありながら、自分たちの工場を持つ。
栽培だけで終わらせず、加工し、自分たちでお客様に届ける。
今でこそ六次産業化という言葉があるが、当時それを選ぶのは簡単なことではなかった。

設備にはお金がかかる。
借金もあった。
周囲から何かを言われることもあったはずだ。
普通に茶葉を育てるだけなら、背負わずに済んだものもあった。
それでも祖父は、自分たちの手で届ける道を選んだ。

井手さんは、その理由を本人の口から聞きたかった。

なぜ、そこまでやろうと思ったのか。
何が祖父をそこまで動かしたのか。
怖さはなかったのか。
苦しくなかったのか。
どうして、あんなに楽しそうに働けたのか。
答えはもう聞けない。
だから井手さんは、幼い頃から見てきた背中の記憶の中に、その答えを探していった。 

「自分のやりたいことを全部やっていたような感じでした。自分の人生を生きていたから、楽しそうだったんだと思います」

自分の人生を生きる。

祖父は、人と違う道を選んだ。
リスクを背負い、自分の信じた仕事を形にした。
自分で育て、自分で加工し、自分で届ける。
そして、お客様の喜ぶ顔を見ていた。

誰のために働いているのか。
何を届けているのか。
なぜ、この仕事を続けるのか。
祖父の仕事には、その問いへの答えがあった。
もう一つ、井手さんの記憶に強く残っている祖父の言葉がある。

「どんなに知っていることでも、初めて教えてもらったかのように聞きなさい」

幼い頃の井手さんは、理屈っぽく、負けず嫌いだった。
何かを教えられても、「知っている」「分かっている」と返してしまうことがあった。
祖父は、そんな井手さんに、その言葉を伝えた。

当時は、なぜそんなことをしなければいけないのか分からなかった。
知っていることは知っている。
分かることは分かる。
そう思っていた。
大人になって、井手さんはその意味を理解する。

相手が何かを教えてくれる。
それは、その人が自分に向き合ってくれているということでもある。
知識を受け取るだけではなく、その気持ちを受け取る。
自分の正しさを先に出すのではなく、相手への敬意を持つ。

人に愛される人は、そういう聞き方をする。
人に助けられる人は、そういう受け取り方をする。
祖父は、人との向き合い方を教えてくれていた。
井手さんは、それを後になって思い返す。

祖父は、人に愛された人だった。
人を大切にし、人からも大切にされる人だった。
お客様に届けることも、人の話を聞くことも、祖父の中ではきっと同じ場所にあった。

相手を大切にする。
自分の仕事を届ける。
喜んでもらう。
そのために、自分の手で最後までやる。
井手さんが幼い頃から見てきたのは、そういう仕事の姿だった。
祖父が残してくれていたものは、
自分の信じた道を、自分で選ぶこと。
人と違うことを恐れないこと。
自分たちの手でつくり、自分たちの手で届けること。
人を大切にし、人に喜ばれる仕事をすること。
そして、その人生を楽しむこと。

井手さんは、祖父からそれを受け取っていた。
日々の記憶として。
仕事の風景として。
背中として。

第4章|「なくしたくない、というのがすべてでした」——安定を捨て、使命として家業に戻る日

祖父が亡くなったからといって、井手さんがすぐに家業を継いだわけではない。
祖父への喪失感はあった。

それでも、その時の井手さんには、外の世界での仕事があった。
観光領域の仕事は楽しかった。
経営者と向き合い、現場の空気を感じ、誰かの事業に伴走する日々には、確かな手応えがあった。

安定した給料も、 やりがいもあった、自分で選んだ場所で働いている実感もあった。
家業は、まだどこか遠くにあった。

もちろん、茶づくりを忘れていたわけではない。お茶づくりのハイシーズンには戻り、手伝いもしていた。
ただ、それは「いつか」の場所だった。

いつか戻るかもしれない。
いずれ継ぐのかもしれない。
でも今ではない。

その「いつか」が、突然、現実になる。
父から、家業の厳しい状況を聞かされた。
「自分の代で終わらせようと思う」
その言葉を聞いた瞬間、井手さんの中で、当たり前だった風景が一気に変わった。
茶畑がある。 工場がある。店がある。お客様がいる。

そのすべては、ずっと続くものだと思っていた。
水道をひねれば水が出るように、そこにあるものだと思っていた。
だが、違った。

会社は、守らなければ続かない。
仕事は、誰かが引き受けなければ途切れる。
志は、誰かが受け取らなければ消えてしまう。

祖父が切り拓いた場所。
父が守ってきた仕事。
お客様に届けてきた時間。
自分の手でつくったものが、誰かに喜ばれる喜び。
「なくしたくない、というのがすべてでした」

この決断は、安定した給料を手放すことになる。
れまでの安定はなくなる。
立て直すまでは苦しい。
経営が厳しいことも分かっている。

それでも、井手さんは戻ることを決めた。

お金ではなかった。
安定でもなかった。
肩書きでもなかった。
この場所を残したい。

その思いだけが、井手さんを動かした。
戻ってから、小さなところから見直していった。

経費を確認。新商品のことを考える。お客様との関係を見直す。今まで感覚で続いていたものを、一つずつ整理する。
外で学んだことも、家業を見る視点になった。
ただ、戻ればすぐに何でも変えられるわけではない。

そこには、長く現場を見てきた父の目線があった。
理想だけでは続かない。
思いだけでは経営は守れない。
畑も、工場も、お客様との関係も、毎日の積み重ねの上にある。
井手さんが外で得た視点を持ち帰ったように、父には、長く家業を守ってきた人にしか分からない現実があった。

だからこそ、井手さんは少しずつ学んでいく。
変えるべきもの。
変えてはいけないもの。
理想として掲げたいこと。
現実として今すぐ整えなければならないこと。
父の目線があったからこそ、井手さんの理想は地に足がついていった。

祖父が切り拓いた志。
父が守ってきた現実。
そして、自分が外で見てきた経営の感覚。
その三つが重なった時、井手さんの中で「継ぐ」という言葉の意味が変わっていく。

ただ家業を引き受けることではない。
過去をそのまま繰り返すことでもない。
受け取ったものを、今の時代に合わせて生かし直すこと。
それが、井手さんにとっての継承だった。

自分の人生を、自分で生きる。

幼い頃は、決められた人生に反発する言葉だった。
外へ出るための言葉だった。
誰かに用意された役割から離れるための言葉だった。

今、その言葉は少し違う響きを持っていた。
反発していた家業は、その時、守るべき使命に変わった。

第5章|「朝茶はその日の難逃れ」——お茶の時間に宿る、日本人の心を継承する

家業に戻ってから、井手さんは一つずつ現実と向き合っていった。

少しずつ、経営は軌道に乗り始めていく。
その中で、井手さんの中によりはっきりと見えてきたものがある。
自分が本当に残したいものは何なのか。
それは、お茶という商品だけではなかった。

井手さんの記憶には、祖母の言葉が残っている。
「朝茶はその日の難逃れ」

朝、慌ただしく出かけようとする時、祖母はそう言ってお茶を飲ませようとした。
急いでいる。
早く出たい。
学校に行かなければならない。

それでも、「お茶くらい飲んでいきなさい。事故に遭うよ」と声をかけられる。
その一杯を飲むには、少しだけ足を止めなければならない。
湯呑みを手に取り、口に運び、ほんの一分、二分、心を落ち着ける時間が生まれる。

井手さんは今、その言葉の意味を自分なりに受け取っている。
お茶を飲む時間すら待てないほど心が急いでいる時、人は何かを見落とす。
焦りは、事故にも、すれ違いにも、心の乱れにもつながっていく。

お茶は、ただ喉を潤すためのものではない。
一度立ち止まるための時間でもある。
自分を整えるための時間でもある。
誰かが自分を思ってくれていることを受け取る時間でもある。
「お茶の文化を残したい、心を残したい」

これから何を伝えていきたいのか。
そう尋ねると、井手さんはそう答えた。

それは、味や香りだけではない。
もちろん、作り手として 技術も、製法も、茶葉へのこだわりもある。
それでも、井手さんが言った「心」は、もっと暮らしに近いところにある。
「お茶を囲む時間の良さとか、お茶を誰かのために淹れる素晴らしさを伝えたい」

相手のために手間をかけること。
急がずに待つこと。
目の前の人と同じ時間を分け合うこと。
何でもない日常の中に、小さな幸せを見つけること。
昔の暮らしには、自然とお茶があった。

お茶は、特別なものではなかった。
だからこそ、暮らしを支えていた。
井手さんが大切にしている日常のお茶も、その感覚とつながっている。

毎日飲めること。食事と一緒に飲めること。暮らしの中に自然にあること。特別な日だけではなく、いつもの時間の中にあること。

井手さんは語る。

「売れやすいものを作ることも大事です。でも、それだけではなく、なぜ昔から日本茶が日常の中にあったのか。その理由を大切にして、次の世代へつないでいきたいんです」

この言葉には、井手さんの継承への姿勢がある。

売れるものを否定しているのではない。
時代に合わせて届け方を変えることも必要だ。
経営として続けるためには、現実を見ることも欠かせない。
そのうえで、井手さんは問い続けている。

なぜ、昔のお茶は日常の中にあったのか。
なぜ、家族の食卓や来客の時間に、お茶が置かれていたのか。
なぜ、人はわざわざお茶を淹れ、待ち、誰かに差し出してきたのか。

便利な時代になった。
ペットボトルのお茶を買えば、すぐに飲める。 

それでも、急須でお茶を淹れる時間には、代わりがきかないものがある。
それは、効率では測れない時間だ。
井手さんにとってのIKIGAIを尋ねた時、返ってきた言葉はこうだった。
「人生を楽しむことだと思います。いかに楽しく、自分らしく生きるか」

楽な道を選ぶことではない。
好きなことだけをして生きることでもない。

安定した会社員の道を手放し、経営の厳しい家業へ戻った。
報酬がなくなるかもしれない不安もあった。
現実と向き合う日々もあった。
それでも、井手さんはこの場所を選んだ。

自分の人生として生きること。
そして次の世代へ、お茶を通して人を思う時間を渡していくこと。
それが、井手さんにとってのIKIGAIだった。

井手さんの歩みは、私たちに問いかけてくれる。

便利さの中で、私たちは何を手放してしまったのか。
急ぎ続ける毎日の中で、誰かを思う時間を持てているのか。
たった一杯のお茶を淹れるために待つ時間に、どれほど大切な心が宿っていたのか。
井手さんの歩みは、忘れかけていたその問いを、もう一度、私たちの暮らしの真ん中に置いてくれる。

あとがき

お茶を淹れる。
たったそれだけの所作に、人を思う心が宿る。
湯を沸かし、茶葉を入れ、少し待ち、湯呑みに注ぐ。
その数分は、ただの待ち時間ではない。

相手のために、自分の時間を少し差し出すこと。
急ぐ心を止め、目の前の人に心を向けること。
「どうぞ」と差し出す一杯に、言葉にならない気遣いを込めること。

井手さんの話を聞きながら、私はそこに、日本人が大切にしてきた心の使い方を感じた。
「お茶くらい飲んでいきなさい」

祖母のその言葉も、ただの習慣ではなかった。
慌ただしさの中へ、そのまま送り出さない優しさ。
ほんの数分でも、心を整えてほしいという願い。
大切な人を思う心だった。

これは、タイパやコスパでは語れない。

速い方がいい。
安い方がいい。
効率がいい方がいい。
そんな時代の中で、私たちは何を置き忘れてきたのだろうか。

誰かのために手間をかけること。
日常の小さな幸せに気づくこと。
自分の心を雑に扱わないこと。
大切な人に、ちゃんと心を向けること。

お金や時間よりも、もっと根本にあるもの。
人として、失ってはいけないもの。

井手さんの物語は、そのことを問いかけてくれる。
私たちは、忘れていくのだろうか。
それとも、残していくのだろうか。
正解はない。

誰かに決めてもらうものでもない。
時代が決めるものでもない。

便利さに流されるのか。
それとも、自分の中で「これは残したい」と感じるものを、もう一度手に取るのか。

最後に問われるのは、自分自身なのだと思う。

あなたは、何を忘れたくないだろうか。
あなたは、誰のために手間をかけたいだろうか。
あなたの暮らしの中にある、まだ言葉になっていない大切な心は何だろうか。

そこに明確な答えが出なくても

ただ、胸の奥で何かが動くなら。
「こっちだ」と、魂が震える方があるのなら。

その声を、急がず、焦らず、湯気の向こうに見つめてみればいい。

一杯のお茶が、飲む人の心をゆっくりほどいていくように、井手さんの物語は、自分の人生をどう生きるのかという問いを、私たちの心にそっと差し出してくれる。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

 

有限会社井手製茶工場ウェブサイト

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