受け取った流れを、次の人へ——遠回りと内省を重ね、信頼を仕事で返す司法書士

吉澤遼 吉澤遼司法書士事務所

流れを読み、備え、つくり続ける司法書士

東京都三鷹市

受け取った流れを、次の人へ——遠回りと内省を重ね、信頼を仕事で返す司法書士

あなたには、自分の甘さを本気で叱ってくれた人がいるだろうか。

司法書士試験の模擬試験を終えた帰り道。人通りの多い街の中で、吉澤遼さんは妻から激しく叱られていた。

その日の吉澤さんは、模擬試験の途中で眠ってしまった。司法書士試験への挑戦を始めてから、すでに何年もの時間が過ぎていた。成績は少しずつ上がり、合格まであと少しという感覚もあった。

続けていれば、そのうち受かる。
どこかで、そう考えていた。
普段は感情を激しく表に出さない妻が、その日は泣きながら言った。

「そんな姿勢なら、一生受からない。試験に対して不誠実なら、もう辞めて働けばいい

吉澤さんは、言い返せなかった。
自分では努力しているつもりだった。何度も試験を受け、仕事をしながら勉強も続けてきた。それでも、目の前で誰よりも本気で勉強していた妻には、吉澤さんの甘さが見えていた。

吉澤さんは翌日から、勉強量を増やしたわけではない。一度、勉強そのものを止めた。
そして一週間、自分の過去、失敗、得意なこと、苦手なこと、考え方の癖を紙に書き出した。
その時間の中で、ようやく一つの事実を認めた。

「自分は思っていたほど、特別に頭がいい人間ではなかった。意外と普通じゃん、と思ったんです」

そこから勉強方法を変え、約五か月後、妻と同じ年に司法書士試験へ合格した。

現在、東京都三鷹市で吉澤遼司法書士事務所を構える吉澤さんは、不動産登記や相続、家族信託などを通して、お客様の財産や家族の問題に向き合っている。

吉澤さんが人生で最も大切にしている価値観は、「流れ」である。
仕事があることも、人に紹介してもらえることも、今の暮らしがあることも、最初から用意されていたわけではない。まだ何者でもなかった自分を気にかけ、声をかけ、仕事をつないでくれた人がいた。

「今の自分があるのは、自分が勝手に成長したからではありません。元をたどれば、誰かが自分のために動いてくれた。その流れは、絶対に忘れてはいけないと思っています」

吉澤さんの言う流れとは、成り行きに身を任せることではない。

機会が訪れた時には、その気配を感じ取る。合わない場所からは離れる。動く時期ではないなら、次の機会へ備えて力を蓄える。受け取った縁や信頼を、自分のところで止めず、次の人へ渡していく。

吉澤さんの人生には、何度も立ち止まり、自分を見直した時間がある。
勉強から離れた高校時代。入学式の日に大学を辞めた経験。司法書士試験に届かなかった年月。独立して初めて知った、仕事が生まれるまでの見えない積み重ね。
そのたびに吉澤さんは、起きたことを自分の中で整理し、進む方向を選び直してきた。

これは、人から受け取った信頼を忘れず、その信頼を仕事として返しながら、新しい流れをつくり続ける一人の司法書士の歩みである。

第1章|「人の道を外れることはしない」——信じられて育った三兄弟の長男

吉澤さんにとって、司法書士という仕事は幼い頃から身近にあった。
父が司法書士として独立し、自分の事務所で働いていたからである。

子どもの頃は、司法書士が具体的にどのような仕事をするのか分からなかった。それでも、お客様と話し、明るく働く父の姿は覚えている。

「父は、すごく明るくて、はつらつとしていました。子どもの自分には、楽しそうに見えたんです」

大人になった今なら、父にも仕事上の苦労や責任があったことは想像できる。だが、幼い吉澤さんの目に映っていたのは、元気に働く父の姿だった。
母は、吉澤さんと二人の弟を育てた。
細かな指示を出し、行動や進路を管理する人ではなかった。吉澤さんは「基本的には放任だった」と振り返る。

その放任の根には、息子への信頼があった。

「多少のことはするかもしれないけれど、本当に愚かなことや、人の道を外れるようなことはしないだろうと、信じてくれていました。柔らかく守ってくれていた感じです」

何かに挑戦して失敗しても、すぐに否定されることはなかった。周囲から見れば変わった選択であっても、両親は吉澤さん自身を信じ続けた。
その信頼は、自由であると同時に、一つの基準にもなった。

「信じてくれている人を裏切るのは、まずいという感覚はずっとありました」

幼少期から中学校までは、同じ人間関係が長く続く環境で過ごした。集団の中には自然とグループが生まれたが、吉澤さんは特定の輪に強く属するタイプではなかった。

学校では野球部に入り、勉強にも取り組んだ。
当時は、試験の順位と点数が校内へ掲示されていた。吉澤さんは男子で一位になり、自分の名前が張り出されることに喜びを感じていた。

「勉強が大好きだったわけではありません。面倒くさいと思うこともありました。でも、やれば結果が出たし、名前が載ると気分がよかったんです」

成績を上げることには、別の意味もあった。
学校には、吉澤さんには重要性を感じられない細かな決まりもあった。そうしたことを教師から注意された時、成績という結果があれば、余計な干渉を受けずに済むと考えた。

勉強は、評価を得る方法であると同時に、自分の自由を守る手段でもあった。

やれば結果を出せる。自分で考え、自分で選べる。
両親から信じられ、勉強でも結果を出した経験は、吉澤さんの自己肯定感を育てた。
その自信は、後に大きな決断を支える力になる。一方で、自分は他の人よりもできるという感覚が、現実を見る目を曇らせる時期も訪れる。

吉澤さんの強さと危うさは、同じ場所から生まれていた。

第2章|入学式の日に、大学を辞めた——自分を実験台にした三年間

高校では、それまでとは異なる生活が始まった。

野球を続けるために野球部へ入ったものの、上級生と下級生の関係や、合理的とは思えない慣習に違和感を覚えた。
高校一年生だから、上級生の言うことを聞く。下級生だから、雑用を引き受ける。
そうした一方的な関係を、吉澤さんは受け入れられなかった。

「今考えても、当たり前にしてはいけないことだったと思います。絶対服従のような関係が、自分の価値観には合いませんでした」

野球そのものは好きだった。それでも、その野球部で続けることには意味を見いだせなかった。
退部した翌日、吉澤さんは髪を金色にして学校へ行った。

両親からは、特に何も言われなかったという。

「髪の色が変わっても、中身が変わったわけではないですから。昔から、やってみて合わないと思ったら、すぐに撤退するタイプでした」

帰宅部になると、時間ができた。
家庭では両親の関係が揺れ、家の中も落ち着かない時期を迎えていた。吉澤さんは学校の外で過ごす時間が増え、世間から不良と呼ばれるような友人たちとも遊んだ。

彼らは喧嘩をすることもあった。一方で、仲間を大切にし、弱い者いじめをせず、自分たちなりの仁義や判断基準を持っていた。

吉澤さんは、表面的な肩書きより、その人が何を基準に行動しているのかを見るようになった。
高校の三年間、勉強にはほとんど取り組まなかった。
その理由を尋ねると、吉澤さんは少し笑いながら答えた。

「勉強しないと人間はどうなるのか、自分を実験台にしたんです」

勉強をやめた結果、不利益を受けるのは自分である。それなら、一度試してみればいい。
中学校までに積み上げた学力と、好きだった日本史、得意だった現代文を使い、受験科目の少ない大学へ進学した。

入学式の日、吉澤さんは構内でタバコを吸い、その場に捨てる学生の姿を見た。
その光景をきっかけに、自分を外から眺める感覚になった。
今日から、自分もこの場所の一員になる。

高校三年間、勉強から離れた結果、自分はこの場所を選んだ。

「実験結果が出たんです。『ここじゃん。これはまずいぞ、俺』と思いました」

周囲の学生を評価したかったわけではない。
自分が努力を止め、自分の選択肢を狭めた結果を目の前に突きつけられた。ここで過ごす自分を想像した時、自分が望む方向とは違うと感じた。
入学式を終えたその日、吉澤さんは父と母へ頭を下げた。

大学を辞めたい。一年間、自分で勉強させてほしい。予備校には通わない。それで受からなければ働く。
両親は、その申し出を受け入れた。
一般的な進路から外れたことへの悲壮感はなかった。

「大学を辞めたことで、『あとはやるだけだ』と思いました。すごくすっきりした気持ちでしたね」

三年間勉強から離れていたため、以前学んだ内容も忘れていた。吉澤さんは基礎から学び直し、一年間、本気で勉強した。

歴史は好きだったが、将来の仕事を考えると、歴史だけで生活していく難しさも感じた。理系科目は得意ではない。自分の得意と不得意を整理し、法学部を選んだ。

新しい大学では野球サークルに入った。
高校時代に野球部を辞めても、野球への気持ちは消えていなかった。今度は、きちんと野球へ取り組むサークルを選んだ。

「中途半端が嫌いなんです。野球をやるなら、ちゃんとやるところがよかった」

一度離れ、合わないと判断し、自分に合う形で戻る。
吉澤さんは、失敗した選択に固執しなかった。自分の現在地を認め、進む方向を選び直した。

大学へ入り直した後、当初は弁護士を目指して司法試験の勉強を始めた。制度が変わり、大学卒業後に法科大学院へ進む道が一般的になると、もう一度学校へ通うことに疑問を感じた。

勉強から一度離れ、大学四年になった頃、周囲は就職活動を始めた。
会社員として働く自分を想像しても、しっくりこない。
そこで思い出したのが、父の仕事だった。

司法書士試験には、年齢や学歴による受験資格の制限がない。一度の試験で結果が決まる。その分かりやすさが、吉澤さんには合っていた。
父へ「司法書士を目指す」と伝えると、返ってきたのは意外な言葉だった。

「しんどいから、絶対にやめた方がいい」

幼い頃に見た父は、楽しそうに働いていた。少なくとも、吉澤さんの目には苦しそうには映っていなかった。
父は、仕事の厳しさを知っていたからこそ、息子へ別の道を勧めたのだろう。
吉澤さんは父の言葉を聞いた上で、司法書士試験へ進んだ。

第3章|「本気ってこれなんだ」——妻の涙から始まった、本当の受験勉強

大学卒業後、吉澤さんは司法書士試験の勉強を続けながら、司法書士事務所で働き始めた。

最初はアルバイトとして入り、外回りの業務を担当した。一日の多くを電車で移動する仕事だったが、その時間も勉強へ使えると考えた。
生活や将来を考え、不動産会社へ移った時期もある。司法書士試験の勉強で得た知識があり、宅地建物取引士の資格も取得していた。
試験には、すぐに合格できなかった。

不合格を重ねても、成績は少しずつ上がっていた。そのため、吉澤さんの中には「このまま続ければ、いずれ受かる」という感覚があった。
長く交際していた相手との関係が終わった後、吉澤さんは以前働いていた司法書士事務所の所長へ頭を下げた。
もう一度、勉強を中心とした生活に戻りたい。

所長は、吉澤さんを受け入れた。
その頃に出会ったのが、現在の妻である。
妻も、同じ司法書士試験へ挑戦していた。吉澤さんは、妻の勉強する姿を見て衝撃を受けた。

「本気でやっている人は、こういう感じなんだと思いました」

何年も試験へ挑戦していた吉澤さんは、自分も十分に努力していると思っていた。

だが、妻の行動量と集中力は違った。

交際を始めると、吉澤さんは妻の両親へ挨拶に行った。二人とも受験生であり、外で会えば時間もお金もかかる。

妻の父は、吉澤さんへ言った。

「明日から、ここに住めばいい。俺が受からせてやる」

さらに、資格を取ってから結婚したいと考えていた吉澤さんへ、こう伝えた。
「結婚したいなら、今すればいい。資格を持っているかなんて、関係ない」

当時の吉澤さんには、十分な貯金もなかった。二人とも司法書士として働いていたわけでもない。
妻の両親は、資格や収入がそろうまで待つことより、二人がどうしたいのかを大切にした。
吉澤さんは妻へプロポーズし、二人は結婚した。
結婚後の秋、毎週行われる模擬試験が始まった。
模擬試験で、吉澤さんは眠ってしまった。
帰り道、妻は泣きながら怒った。

「そんな姿勢なら、一生受からない。試験に対して不誠実なら、もう辞めて働けばいい」

吉澤さんは、その言葉に強く打たれた。
自分では努力しているつもりだった。何年も試験を受け、成績も上がっている。自分なら、このまま続けていても受かると思っていた。

「自分の評価を、自分でしていたんです。自信過剰だったと思います」

吉澤さんは、試験勉強を一週間止めた。
勉強時間を増やす前に、自分という人間を知る必要があると考えたからだ。
これまでの人生、試験の失敗、自分の得意なこと、苦手なこと、勉強する時の癖。思い出せることを紙へ書き出した。

中学校では男子一位だったが、学年全体の一位ではなかった。周囲には、自分より勉強ができる人がいた。弟の方が頭が良いと感じることもあった。

「そこで初めて、『意外と普通じゃん』と思ったんです。自分は大して勉強ができるタイプではない。その認識を捨てなければいけないと思いました」
何年も勉強しているから、基本は分かっている。
そう考えていた。

実際には、問題の出され方が変わるたびに振り回されていた。原理や基礎が身についていれば、表現が変わっても判断できる。
自分に足りなかったものが、ようやく見えた。

 

試験までは、約五か月。
吉澤さんは、基礎を徹底的に学べる講座を探し、見つけるとすぐに申し込んだ。すでに始まっていた講座へ追いつくため、配信済みの内容を急いで学び直した。
勉強場所に選んだのは、ファミリーレストランだった。

当時は喫煙席があり、飲み物、机、トイレがそろっていた。携帯電話は持っていかない。教材と音楽だけを持ち込み、イヤホンでヘビーメタルやハードロックを聴きながら勉強した。
一日のノルマを決め、終わるまでは帰らない。
自分を見直し、方法を変え、行動した。

「妻と、妻の家族のために勉強しました。自分のためだけでは、あそこまで力は出なかったと思います」

試験当日を迎えた時、吉澤さんには「これなら受かる」という感覚があった。
結果は合格
妻も同じ年に合格した。二人は別々の場所から願書を出したにもかかわらず、受験番号は偶然連番になっていた。

自分のためだけには出し切れなかった力が、信じてくれた人のために動き始めた。

第4章|「仕事は、机の上から始まっていなかった」——独立して初めて見えた源流

司法書士試験に合格した後、吉澤さんは司法書士として勤務した。
仕事そのものは嫌いではなかった。任された業務には取り組み、必要な経験を積んだ。
一方で、雇用される生活には違和感があった。

決められた時間に出勤し、組織の予定に合わせて動く。自分では意味を感じにくい指示や予定にも従わなければならない。

「仕事はきちんとやっていました。でも本心では、毎日だるいと思っていました。雇われている状態には戻りたくない。その一心でした」

父は独立し、自分の事務所で働いていた。
吉澤さんも、数年の勤務を経て自分の事務所を開いた。

独立当初、明確な事業理念や大きな将来像があったわけではない。まず、自分で仕事をし、自分で生活していくことを選んだ。
独立してみると、勤務時代には見えていなかったものが見え始めた。

司法書士事務所で働いていた頃、仕事は机の上に置かれたファイルから始まっていた。
ファイルを開き、必要な書類を確認し、手続きを進める。吉澤さんは、その仕事が机へ届くまでの過程を深く考えていなかった。
独立後、机の上には何も置かれていない。
仕事が発生する前に、誰かが人と会い、信頼を築き、相談を受け、必要な準備をしている。勤務先の所長は、吉澤さんから見えない場所で営業し、継続して相談が届く関係をつくっていた。

「独立してから、勤めていた時の所長を以前よりも尊敬するようになりました。机にファイルが置かれるまでの流れを、全く見ていなかったんです」

手続きを進める場所は、仕事の流れの途中だった。
その前には、人との関係があり、紹介があり、誰かの信用がある。
開業したばかりの吉澤さんにも、周囲の人が仕事をつないでくれた。
友人の家族が会社の登記を依頼してくれる。友人の父が知り合いを紹介してくれる。「開業したばかりだから、何かあったら声をかけてあげて」と、別の人へ伝えてくれる。

一件が次の一件へつながり、人との関係が少しずつ広がった。
この経験を通して、吉澤さんが大切にする「流れ」は、現実の仕事と結びついていった。

仕事が十分になかった時期には、家族信託の勉強へ力を注いだ。
家族信託は、家族間で財産の管理や承継方法を決める仕組みであり、相続や認知症への備えとして注目され始めていた。知識として知っていても、実際に扱った経験を持つ司法書士はまだ多くなかった。
仕事が少ない時期だからこそ、次に必要とされる分野を学ぶ。
吉澤さんは、流れが来ていない時間を、準備へ使った。
不動産業者との交流の場では、「すでに付き合いのある司法書士がいるため、すぐには仕事を頼めない」と言われることもあった。

不動産売買に伴う登記を求めても、長年続いている関係へ入ることは難しい。
吉澤さんは、別の入り口をつくった。

「僕は、今ある決済の仕事をくださいと言っているわけではありません。相続や生前対策で困りそうな方がいたら、一度思い出してください」

家族信託を活用して生前対策ができれば、お客様は将来の不安を減らせる。不動産業者も、財産や不動産の問題を早い段階から把握できる。吉澤さんは、学んだ知識を実務に生かせる。
すでにある関係を奪い合うより、まだ十分に知られていない分野で、自分の役割をつくった。
すぐに結果が出たわけではない。

何度も伝え、覚えてもらい、必要な時に思い出してもらう。種をまくような行動を続けると、少しずつ相談が届くようになった。
価格を下げれば、一時的に仕事を得られたかもしれない。
安さだけで選ばれる場所では、さらに安い人が現れるたびに関係が揺れる。
吉澤さんは、専門性を磨き、人との関係を積み上げ、紹介によって仕事が続く形を選んだ。
時間のかかる方法である。開業直後は、特に厳しかった。

それでも一年、三年、五年と積み重ねる中で、信頼は簡単には崩れない土台になる。
現在のお客様対応にも、その考えは表れている。
吉澤さんは、連絡への返信が早い。夜遅くまで打ち合わせをした翌朝にも、届いた連絡へすぐに返すことがある。

司法書士へ依頼する機会は、人生で何度も訪れるものではない。
家を購入する時。売却する時。会社を設立する時。家族が亡くなり、相続の手続きをする時。

「自分にとっては多くの案件の中の一件でも、お客様にとっては一分の一かもしれません。全てを同じ濃度で対応するのは難しくても、その意識は持っています。だから、絶対にいい加減にはしません」

目の前のお客様の後ろには、その人を紹介してくれた人がいる。その紹介者を吉澤さんへつないだ人もいる。
一件の仕事の後ろには、何人もの信頼が流れている。
吉澤さんは、その流れを受け取り、次へつなぐ。

第5章|「人のためです。自分が好きな人のため」——矛盾の中にあるIKIGAI

吉澤さんに、これからの目標を尋ねた。

「一人でも多く、自分のことを気に入ってくれたり、好きでいてくれる人を増やすことです。自分の内輪が、日々更新されていくような感覚ですね」

司法書士として長く働いていると、出会う人の職種は限られてくる。
他の士業、不動産業者、金融機関、会社経営者。日々の仕事だけでは、関係を持つ機会の少ない職種も多い。

吉澤さんは、以前、異業種交流の場へ参加したことがあった。
そこでは、相手へ何を渡せるかよりも、自分の商品や仕事を求める人が多いと感じた。人間関係を損得だけでつなぐことに魅力を感じず、その場から離れた。
現在は、信頼する弁護士からの誘いをきっかけに、これまで避けてきた異業種交流の場へ再び参加している。

目的は、すぐに仕事を得ることではない。
司法書士としての日常だけでは会えなかった人と出会うこと。これまで経験していない場所へ、一度入ってみること。

「百人に会ったら、一人くらい本当に合う人がいるかもしれない。その一人には、入らなければ会えなかった。九十九の無駄があっても、本物の一人に会えるなら価値はあると思います」

合わなければ、離れればいい。
高校の野球部を辞めた時も、入学した大学を辞めた時も、吉澤さんは自分に合わない場所へ無理に居続けなかった。

同時に、最初から全てを拒絶もしない。
信頼できる人から誘われたなら、一度やってみる。新しい可能性を感じたら、その流れを見逃さない。

最後に、吉澤さんへIKIGAIを尋ねた。
お金、時間、肩書き、周囲からの評価を取り除いた時、それでも力を出せるものは何か。
答えは短かった。

「人のためです」

少し間を置いて、吉澤さんは言葉を足した。

「でも、自分が好きな人のためですね」

誰に対しても同じように尽くす、という意味ではない。

吉澤さんには、人が嫌いな部分もあるという。
自分の利益ばかりを求める人。抽象的な言葉で自分を大きく見せる人。本音を隠し、肩書きの奥に自分を置く人。
そうした相手とは、無理に関係を続けない。

吉澤さんが好きなのは、素直で、正直で、明るい人である。
良い部分だけを見せようとせず、弱さや矛盾も含め、人間として向き合ってくれる人を信用する。
吉澤さん自身も、矛盾を抱えている。

自分のことが好きで、自己肯定感は高い。かつては自分の能力を過大評価し、妻の言葉によってそのことを認めた。
人が嫌いだと言いながら、人がいなければ生きていけないと知っている。人との関係の中に幸せがあることも認めている。

「好きなところもあれば、嫌いなところもある。それを全部含めて人間だと思います。人間らしい人が好きですね」

両親は、吉澤さんが人の道を外れることはしないと信じた。
妻は、吉澤さんが本気で試験へ向き合っていないことを見抜き、泣きながら怒った。
妻の両親は、資格も貯金も十分ではなかった吉澤さんへ、結婚したいなら今すればいいと伝えた。
勤務先の所長は、吉澤さんが見ていない場所で、仕事の流れをつくっていた。
開業後には、友人やその家族、知人が仕事を紹介してくれた。

今の自分がいる場所は、一人で築いたものではない。

だから吉澤さんは、その流れを忘れない。
お客様から相談を受ければ、自分にとっての日常として処理せず、その人にとっての一分の一として向き合う。

流れが来ていない時には学び、備える。機会が訪れたら、気配を感じ取り、動く。違うと感じた場所からは離れ、自分でも新しい流れをつくる。

そして、自分が好きだと思える人のために力を使う。
受け取った信頼を自分のところで止めず、次の人へ返していく。
その繰り返しが、吉澤遼さんのIKIGAIである。

あとがき

吉澤さんとの対話を終えた後、私の中に残ったのは、「流れ」という言葉だった。
いい流れが来る。悪い流れを止める。流れに乗る。流れから離れる。時には、流れが来るまで自分を鍛える。

一つの言葉でありながら、見る角度によって意味は変わる。
吉澤さんの人生を振り返ると、ただ周囲の動きに身を任せてきたわけではないことが分かる。
自分に合わない場所から離れることも、目の前の機会をつかむことも、流れがない時に学び続けることも、自ら選んできた。

人から受け取った信頼や仕事の流れを忘れず、それを次の人へ返していく。吉澤さんにとって「流れ」とは、目の前で起きていることを受け入れるだけの言葉ではなく、自分の意思でつくり、変え、つないでいくものなのだろう。

対話の中で何度も「流れ」という言葉を聞きながら、私は、その意味にはまだ先があると感じた。
これから出会う人や、選ぶ仕事、新しく踏み出す場所によって、吉澤さんの中にある「流れ」は、さらに深く、広くなっていくのだと思う。

またいつかお会いした時に、吉澤さんがどのような流れの中に立ち、どのような流れを新しく生み出しているのか。その変化を、私自身も肌で感じてみたい。

あなたは今、どのような流れの中にいるだろうか。
その流れに乗るのか。止めるのか。それとも、自分の手で新しくつくり始めるのか。
その選択の先に、自分だけが納得できる生き方があり、

自分だけのIKIGAIが形になっていくのかもしれない。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

吉澤遼司法書士事務所ウェブサイト

 

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