営業職に、価値ある選択肢を——“介在価値”を追い続ける理由

営業職に、価値ある選択肢を——“介在価値”を追い続ける理由

吉田宏 株式会社Sellway

営業職の未来へ、価値ある選択肢をつなぐ人材紹介の経営者

東京都豊島区

吉田宏 株式会社Sellwayさんのプロフィール

吉田宏 株式会社Sellway
営業職の未来へ、価値ある選択肢をつなぐ人材紹介の経営者
東京都豊島区

営業職に、価値ある選択肢を——“介在価値”を追い続ける理由

あなたは、自分の得意なことを、誰のために使っているだろうか。

スタートアップの会社に飛び込んだ頃、吉田宏さんは、それまでの自分の仕事のやり方が通用しないことを知った。営業では成果を出してきた。人と話すことも、相手の空気を読むことも得意だった。それまでの人生も「それなりにうまく生きてこられた」と振り返る。

だが、新しい環境では、感覚と行動量だけでは足りなかった。成果を出すためのプロセスを分解し、なぜうまくいったのか、なぜ届かなかったのかを一つずつ掘る。企業のことも、求職者のことも、もっと深く知らなければならない。

「今までは、何となくやれていたんです。でも、それじゃ足りなかった。もう一段、思考力を上げないといけなかったんですよね」

その時間の中で、吉田さんの仕事を見る目は変わっていった。

現在、東京都池袋を拠点に、営業職に特化した人材紹介事業を行う株式会社Sellway。その代表取締役を務める吉田さんが、人生で最も大切にしている価値観として挙げたのは、「周囲の人に貢献できるかどうか」だった。企業なら、採用を通じて成長につなげる。求職者なら、将来につながる選択肢を増やす。仕事に限らず、家族や友人にも、自分が関わることで何か良い影響を渡したいという。

その価値観は、吉田さんが働く中で、後から形になっていった。「昔から貢献したいという気持ちはあったんですか」と聞くと、答えは明快だった。

「なかったです」

自分を「天才だ」と思っていた少年時代。上には上がいると知った野球。就職活動で言われた「芯がない」という言葉。営業で成果を出しながら感じた、自分はビジネスを知らないという感覚。そして、尊敬する人と飛び込んだ創業期の会社で、自分の仕事の浅さと向き合った時間。

その一つひとつを通りながら、吉田さんの問いは、「自分はどれだけできるのか」から「自分に何ができるのか」へ変わっていった。

これは、自分の強さと弱さを知りながら、誰かに渡せる価値を探し続けてきた一人の経営者の記録である。

第1章|「自分は天才だと思っていた」——器用に生きていた少年が知った、上には上がいる世界

吉田さんの父は、バッグなどを製造する会社を立ち上げた経営者だった。
「ゴリゴリの関西人」で「昭和の親父」。
気が強く、自分の考えをはっきり持つ人だったという。

そして、従業員やその家族を大切にする人でもあった。欲しいものがあると聞けば、買ってあげることもあった。会社を背負う責任感や、人に対する豪快な与え方を、吉田さんは幼い頃から見ていた。

「尊敬はするんです。かっこいいと思う部分もありました。ただ、プライドが高すぎたり、自分の考えが固すぎたりするところは、こうはなりたくないなとも思っていました」

母は対照的に穏やかな人で、吉田さんは「ほっこり系」と表現した。

そんな家庭で育った吉田さんは、小学生の頃、自分をかなり高く評価していた。勉強はできた。運動も得意だった。人間関係でも大きく困らず、野球を小学校から続けていた。

「小学校の時は、基本的に勉強もできたほうですし、運動神経も良かったほうだと思います。自分は結構、天才だと思っていました」

その感覚が変わり始めたのが、中学生になってからだった。野球では、レベルの高い環境に入った。一学年上には、後にプロからも注目されるほどの選手がいた。小学生までの自分の世界では「できる側」だった吉田さんが、明らかな差を目の前で見ることになる。

厳しい練習環境も重なり、次第に野球そのものを好きではなくなっていった。そして、野球を辞めた。この時点では、その経験を次の行動へ結びつけるところまではいかなかった。

吉田さん自身、当時を振り返ってこう言う。

「中の上で生きてきた人生だったんですよ。それなりにうまく生きていけていたし、苦労したことがあまりなかったんです」

一つのことを圧倒的に突き詰めなくても、ある程度のところまではできる。その器用さは、吉田さんの強みでもあった。同時に、上には上がいることも知った。

自分はできる。けれど、自分よりずっとできる人もいる。

野球を辞めたあとは、別の部活動に入った。ただ、そこで新たに何か一つを突き詰めたわけでもなかった。勉強も、運動も、人との関わりも、ある程度まではできる。大きくつまずくこともなく、その時々の環境に合わせながら進んでいくことができた。

自分より明らかに上の選手を知っても、当時の吉田さんがすぐに「もっと努力しよう」と変わったわけではない。野球を離れ、別の場所へ移りながら、それまでと同じように、ある程度うまくやりながら学生生活を進んでいった。

この時点ではまだ、「周囲への貢献」という言葉は出てこない。ただ、自分の現在地を知らされる経験は、ここから少しずつ増えていく。

第2章|「芯がない」と言われて——営業で成果を出して気づいた、ビジネスを知らない自分

大学生になると、吉田さんは、それまでとは違う世界に触れることになる。きっかけの一つが、大手通信会社の社長が関わるセミナーへの参加だった。

そこには、ビジネスに関心を持ち、自分の考えを人前で伝えたり、一つのテーマを深く掘り下げたりする学生たちがいた。吉田さんは、その姿を見て衝撃を受けたという。

「こんなに優秀なやつらがいるんだ、と思いました。僕はプレゼンもうまくできなかったし、物事を深く掘り下げて考えることもできなかった。ビジネスという意味では、そこも挫折だったと思います」

ここでもまた「上には上がいる」と知る。ただ、その衝撃を受けて、すぐに猛烈に努力し始めたわけではなかった。

「できないことが多いなとは思いました。でも、その時は現状維持でしたね。何かを改善するところまではできなかったです」

そして就職活動では、さらに踏み込んだ言葉をかけられる。

「表面的にはバランスよくできるけど、芯の部分がないよね」

人とのコミュニケーションは取れる。その場に合わせることもできる。だが、「自分はこうしたい」という中心が見えにくい。吉田さん自身、それまで強く自覚していなかった。

「気づいてなかったんですよ。それなりにうまく生きていけていたし、苦労したことがあまりなかったので」

吉田さんは、その指摘を比較的素直に受け止めたという。プライドはある。それでも、自分にないものを指摘された時は聞ける。悪い出来事をそのまま抱えるより、次へ使える意味へ変換するところも、自分の強みだと話す。

卒業後、吉田さんが選んだのは、成功報酬の営業の世界だった。
最初の目標は、シンプルだった。

稼ぐこと。

吉田さんは、そこで約3年間営業に向き合った。人当たりと行動量を武器に成果を出し、同世代と比べても高い収入を得られるようになった。毎日現場へ出て、人と会い、数字を追う。その経験を通して、営業という仕事の基礎を身につけていった。

ところが、成果が出るようになったからこそ、次の疑問が生まれた。

「振り返った時に、何が身についているんだろうと思ったんです。営業はできるようになった。でも、世の中のことを全然知らないなって」

売ることはできる。では、会社はどうやって売上をつくるのか。経営者は何を考えているのか。組織はどう成長するのか。利益はどのように生まれるのか。

いつか独立するなら、営業力だけでは足りない。「自分にはビジネスの観点がない」と感じた吉田さんは、次の環境を探した。

そこで選んだのが、人材業界だった。中小企業の経営者と日常的に話せる。製造業、IT、不動産など、さまざまな業界のビジネスモデルに触れられる。採用の話を通して、会社の組織課題まで見える。

吉田さんにとって、それは営業の延長というより、世の中を知るための場所でもあった。

第3章|「この人から学びたい」——創業3人の会社で初めて越えた、“何となく”の壁

人材業界に入ってからの約2年間を、吉田さんは「本当にただ楽しかった」と振り返る。地方の製造業からIT、不動産まで、多様な企業の経営者と話す。会社ごとに商売の仕組みも違えば、抱えている課題も違う。

「本当にいろんな会社があって、面白かったんです」

当時は、理想の経営者像をまだ持っていなかったという。純粋に、新しい業界や会社を知ることそのものが楽しかった。

その中で、一つだけ強く感じるようになったことがある。組織が成長するためには、人が必要だということだった。一人の採用によって会社が前へ進むことがある。必要な人が採れなければ、成長が止まることもある。

「人を介して企業に貢献できている実感は、そこで結構感じるようになったと思います」

そんな時、勤務先の取締役が独立することになった。吉田さんより四歳ほど年上。営業だけでなく、マーケティングにも強く、マネジメントもできる。勉強を続け、自ら現場にも出る。吉田さんが「全方位でレベルが高い」と感じていた人物だった。

「将来的には自分も独立したいと思っていました。だったら、この人と一緒に会社を立ち上げて、いろいろ学びたいと思ったんです」

吉田さんは、その人についていくことを決めた。新しい会社は、3人からのスタートだった。

ここから、仕事の景色が変わった。朝から働き、夜遅くまで仕事をする日もある。当時は結婚し、子どもも生まれていた。家庭を持ちながら、創業期の会社にも力を注いだ。

本人が「大変だった」と語る中心は、仕事を深く考えることだった。それまでの吉田さんは、人当たりや行動量、経験からくる感覚で、ある程度の成果を出すことができた。新しい環境では、「ある程度」で終われない。

成果を残すには何が必要なのか。営業活動のどの工程に課題があるのか。なぜこの結果になったのか。何を変えれば改善できるのか。業務を一つずつ分解し、さらに掘る。

「『もうこれでいいじゃん』というところから、さらに考えないといけなかった。今まで、何となくやれていたんですよね。それだけじゃ足りなかったんです」

器用にできることと、仕事を深く理解していることは同じではなかった。吉田さんは、そこで自分自身の能力を一段上げる必要に迫られた。

近くには、尊敬する経営者がいた。ハードワークをする。勉強する。現場へ出る。そして、コミットしたことはやり遂げる。

「向上心の塊みたいな人でした」

その人の下で、吉田さんは営業だけではなく、仕事の質や深さを学んでいった。さらに、接する企業の水準も上がっていった。上場企業や急成長するベンチャー、新しい市場に価値を生み出そうとする会社と向き合うようになる。

そこで話されていたのは、単に「何人採用するか」という話だけではなかった。自分たちは社会へ何を提供するのか。その価値をどう届けるのか。会社が成長するために、どんな組織をつくるのか。そうした話に触れるほど、吉田さん自身の問いも深くなっていった。

「企業のことを、もっと知りたくなったんです。求職者のことも、もっと知りたくなった」

目の前の求人と人をつなぐだけでは足りない。企業と求職者の双方を深く知れば、自分ができることはもっと増える。そう考えるようになった。

この環境で過ごした時間について、吉田さんはこう語っている。

「今の考えが培われたのは、あの会社での経験が一番大きいと思います」

第4章|「自分にできる貢献は何だろう」——企業と求職者の間で見つけた、介在する意味

吉田さんに、現在の価値観である「周囲への貢献」はいつからあったのかと聞いた。返ってきたのは、飾りのない答えだった。

「昔はなかったです」

その価値観は、仕事を続ける中で後から生まれた。学生時代は、自分の能力を確かめることが多かった。最初の営業では、まず稼ぎたいという思いがあった。人材業界へ移った理由にも、さまざまな経営者と会い、ビジネスを学びたいという自分自身の知的好奇心があった。

そこから、仕事の意味が少しずつ変わっていった。企業を深く知る。求職者を深く知る。自分より能力の高い人たちを見て、自分に足りないものも知る。その一方で、自分だからできることにも気づいていく。

吉田さんは現在、自分についてこう話す。

「僕は、自分が優秀だとは思っていないんです。地頭がいいわけでもないし、コミュニケーション能力がものすごく高いわけでもない。ただ、空気を読むのは得意だと思っています」

幼い頃の「自分は天才だ」という感覚からは、ずいぶん違う自己評価である。そこに卑下はない。できないことを認めたうえで、自分ができることを見る。

相手の状況を読む。企業と求職者、それぞれの話を聞く。必要な情報を集める。自分が持っている知識や経験を使って、選択肢を増やす。

「自分の特性を活かすと、周囲に何らかのプラスを提供することはできると思っているんです。自分にできることだから、それを大切にしたいなと」

求職者に対しては、将来へ向けた選択肢を広げる。企業に対しては、成長に必要な人との出会いをつくる。人材という仕事と、自分が提供できる価値が重なっていった。

創業期の厳しい環境を、なぜ続けることができたのか。吉田さんが挙げたのは、自分の成長そのものではなかった。

「喜んでもらえる方がいたからじゃないですかね」

企業が採用した人が活躍する。求職者から感謝される。一緒に働く仲間を育てる。誰かに貢献できているという実感が、次へ進む力になっていた。

やがて、独立する時が来る。理由は大きく二つあった。一つは、もともと持っていた独立への思い。もう一つは、経験を重ねる中で、自分が実現したい仕事の形と、所属する会社の方向に違いを感じるようになったことだ。

「自分が世の中に何か価値を残したいと思ったんです。これはエゴだと思います。いろんな貢献の形が見えてきた中で、自分がやりたい企業や求職者への向き合い方は、ここではもうできないなと感じるようになりました」

父がつくった会社へ戻る道も、当時は選ばなかった。家業はすでに兄が継いでおり、自分自身もそこで事業をしたいとは考えていなかった。自分が納得できる仕事をするなら、自分でつくる。

結婚し、家庭もあった。妻は心配しながらも、人材業界で積み重ねてきた経験や、これからの見通しを聞き、応援してくれたという。

こうして、吉田さんは株式会社Sellwayを立ち上げた。会社をつくった後も問いは続いた。自分の考える「貢献」を、本当に事業として成立させられるのか。そこから、次の挑戦が始まった。

第5章|「価値ある選択肢を増やしたい」——まだ完成していないから、追い続ける

株式会社Sellwayは、営業職に特化した人材紹介事業を行っている。企業側と求職者側を一人のコンサルタントが担当する両面型の体制と、全員で企業情報を共有しながら支援する考え方が示されている。

だが、吉田さんが描いている未来は、人材紹介だけで完結していない。

「実際のところ、まだ追い求めている段階です。できていないのが現状ですね」

吉田さん自身、今はまだ「入り口の入り口」だと捉えている。その先に考えているのは、営業職をはじめとするビジネスサイドで働く人と、その人材を必要とする企業に、より多くの価値ある選択肢を提供することだ。

企業の採用手法には、求人広告、人材紹介、ダイレクトリクルーティングなど、すでにさまざまなものがある。求職者側にも、求人媒体や会社の口コミを見るサービスがある。一方で、吉田さんは「営業」という一つの職種に焦点を当てると、まだ情報や機会を増やせる余地があると考えている。

会社全体の評判は見られても、その会社の営業組織がどのように働いているのか、その仕事で何を大切にしているのかに特化した情報は多くない。働く人が求めるものも、年収、働き方、会社の価値観との一致など、人によって違う。だからこそ、自分で選べるだけの情報や機会が必要になる。

「企業にも求職者にも、価値ある選択肢を提供したいんです」

吉田さんが考えているのは、紹介できる求人を増やすことに加え、営業職の人が必要とする情報や機会そのものを広げることだ。情報、学び、コミュニティなども含め、その領域で働く人たちにとって価値のあるものを複合的につくっていく。企業側にも、人を採用し、事業を成長させるための選択肢を広げていく。

最初は吉田さん自身が提供する。だが、最終的には「自分でなくてもいい」と言う。自分一人が頑張り続けることより、価値を届けられる仕組みそのものをつくる。そのために、まず現在の事業で力をつけ、仲間を増やし、貢献できる量を増やしていこうとしている。

5年後、10年後にどこまで形になっているかは、今の段階では分からない。ただ、進みたい方向はある。企業と働く人が、自分たちに合った選択肢を持てる状態をつくること。そして、自分が関わることで、誰かに良い変化が生まれること。

インタビューの最後、吉田さんにIKIGAIを尋ねた。お金も時間も肩書きもすべてなくなったとして、それでも頑張れる原動力は何か。少し考えた後、吉田さんは答えた。

「やっぱり、喜んでもらえる。感謝してもらえる。そこじゃないですかね」

なぜ、それが力になるのか。そこから出てきた言葉が、「介在価値」だった。

「自分が介在したことで、その人に良い影響を与えられたとか。企業だったら、自分が関わることで成長につながったり、困っていることに貢献できたりする。そういうところですかね」

目の前の一人へ、価値ある選択肢を渡す。企業へ、成長につながる人との出会いを渡す。仲間が増えれば、その数を増やす。仕組みができれば、さらに広げる。

吉田さん自身、今をまだ途中だと捉えている。本人が「まだできていない」と言う場所から、次の一歩をつくり続けている。その歩みの中心には、昔は持っていなかった一つの問いがある。

自分にできることで、周囲に何を渡せるだろうか。

その問いを追い続けること自体が、吉田さんの仕事を前へ進めている。

あとがき

吉田さんとの対話を終えたあと、自分の「介在価値」について考えた。

私はこれまで、多くの方に「何を大切にして生きていますか」「あなたのIKIGAIは何ですか」と聞いてきた。その中で今回、改めて考えたことがある。

自分の価値は、「何ができるか」だけで決まるのだろうか。

吉田さんは、自分を「特別に優秀だとは思っていない」と話す。

けれど、その自己認識は、自分を小さく見積もることにはつながっていない。空気を読むことができる。人の話を聞ける。企業を知っている。求職者を知っている。営業を経験してきた。自分が持っているものを一つずつ見て、「これを周囲のためにどう使えるか」を考えている。

私はそこに、仕事の本質の一つがあるように感じた。

誰かより優れているかを証明し続ける人生には、終わりがない。一方で、自分が持っているものを誰かのために使うことは、今日からでもできる。

大きな能力でなくてもいい。一つの言葉かもしれない。一つの経験かもしれない。一人を紹介することかもしれない。自分が関わったことで、誰かの選択肢が一つ増える。その小さな介在が、相手の人生を前へ進めることがある。

そして、誰かに喜んでもらえたという実感が、今度は自分を次へ進ませる。

吉田さんの話を聞きながら、IKIGAIは自分の力が誰かの役に立った瞬間に自分自身のIKIGAIが見え、深まっていくのかもしれない。

あなたが持っているものは、誰のために使えるだろうか。

その問いに向き合う先で、自分でもまだ気づいていない役割が見つかるのかもしれない。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

株式会社Sellwayウェブサイト

WRITER PROFILE

尾﨑弘師 (おざき ひろし)

IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役

これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。

掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。

さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。

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