怖い顔の男は、人を笑わせる整体師になった——家族とアガベを愛する者が、世界から呼ばれる日まで

田村恵介 笑整体

家族とアガベを愛し、人を笑わせる整体師

愛知県豊橋市

怖い顔の男は、人を笑わせる整体師になった——家族とアガベを愛する者が、世界から呼ばれる日まで

 

あなたは、失敗してもなお自分の筋を通し続けられるだろうか。

人は、強く見せようとする。
うまくいっているように見せようとする。
肩書きや実績や、持ち物や人脈で、自分を大きく見せようとする。

でも、人生はそんなに綺麗に整ってはいない。

転ぶ。
失う。
信用をなくす。
見栄が剥がれる。
自分が思っていたほど、強くも賢くもなかったことを思い知る。

愛知県豊橋市で「笑整体」を営む整体師・田村恵介さん。
田村さんが整体師になるまでには、いくつもの仕事と、失敗と、守り続けてきた意地があった。

怖い顔と言われた少年時代。
人を笑わせるために考えた時期。
汚水管清掃、トラック運転手、営業、惣菜屋。
二千万円を借りて始めた事業を、六ヶ月で畳んだ。
借金も残った。信用も失った。

それでも、田村さんは言う。

「男として意地を貫くということは、何が何でもという思いがありますよね」

本質に向き合い続けた。

「僕に携わるすべての人を幸せにする」

まずは、自分の周りにいる人たちを幸せにしたい。

田村さんは、何度も転んできた人だった。
思うようにいかない現実を見てきた。
見せかけの大人に違和感を持ち、自分も失敗し、信用を失い、借金も背負った。

それでも、最後まで手放さなかったものがある。

家族を守ること。
自分の筋を曲げないこと。
そして、目の前に来た人を少しでも元気にすること。

田村さんは笑整体という場所で、人の身体に触れ、人の心に明るさを渡している。

これは、家族とアガベを愛し、
かっこいい大人で居続けようとしながら、
世界から呼ばれる整体師を目指す男の生き方の記録である。

そして、あなた自身に問いかける物語でもある。

あなたは、何を守りたいのか。
何に命を使いたいのか。
そして、どんな背中を次の世代に残したいのか。

 

第1章|「顔が怖いから、面白くなれ」——笑いの原点は、自分を変えるためだった

田村さんの原点には、働く両親の姿がある。

父はサラリーマンをしながら、朝は新聞配達をしていた。
母も家事をしながら、内職もしていた。
父と母がよく働いていることだけは、はっきりと見えていた。

「当時は、なんでこんなに働くんだろうな、という思いしかなかったです」

父も母も、子どものために働いていた。
そのことが分かるのは、もっと後になってからだった。

田村さん自身、今ではほぼ年中無休で働いている。
整体師として十七年、十八年と続けてきた中で、休むよりも、目の前の人に向き合うことを選んできた。
その働き方の奥には、両親の背中がある。

「多分そうだと思います。そこだけは親に感謝しています」

両親が働き続けた姿。
家族を守るために動き続ける姿。
それは、言葉で教えられたものではなかった。
田村さんの中に、身体で残っていったものだった。

子どもの頃の田村さんは、今の価値観とは少し違っていたという。
自分のことしか考えていなかった。
我が道を行き、それなりに楽しんでいた。
元気がとにかくよかった。

ただ、見た目で誤解されることは多かった。

十代の頃、地元には悪い先輩や同級生もいた。
田村さんは、黙っているだけで怒っているように見られた。
顔が怖い。
何もしゃべらないと、近寄りがたい。
そう見られていた。

その時、面倒を見てくれていた先輩が、田村さんに言った。

「お前は顔が怖いから、もうちょっと面白くなれるよ」

その言葉を、田村さんは覚えている。

そこから、猛烈にお笑いを勉強した。
人を笑わせることを考えた。
声が大きくなった。
リアクションも大きくなった。
ただそこにいるだけで怖く見られる自分を、明るさで変えようとした。

田村さんは言う。

「だって顔は変わらないじゃないですか。髪型をパーマにしてふんわりさせてみても、ちんぴらみたいだと言われましたし」

怖く見られる自分を変えるため。
人とつながるため。
自分の印象を、少しでも変えるため。

そのために、笑いを覚えた。

その経験は、後の田村さんの人生に深くつながっていく。
人を笑わせること。
場を明るくすること。
自分が元気でいること。
目の前の人を少しでも元気にすること。

それは、やがて整体師としての田村さんの姿勢になっていく。

人を笑わせることは、
人とつながるための方法だった。
自分の弱点を越えるための工夫だった。
そしていつしか、誰かを元気にするための力になっていった。

第2章|汚水管、トラック、営業で磨かれた負けん気

社会に出て、一番最初の仕事は、マンホールの中にある汚水管の清掃だった。
もう一つの汚水管とあわせて、二つの管を掃除する。
現場は、大企業の中にもあった。
二十トンほどの大きなトラック、バキュームカーを使う仕事だった。

「めちゃめちゃきついですよ」

田村さんは、そう振り返る。

ただ働いただけではない。
二十二歳頃には、親方になった。
現場を自分で持つようになった。

田村さんの中には、早い段階から独立への思いがあった。

「ただただ自分で、男として構えたいというのがありましたよね」

それは夢というよりも、絶対にやりきるという当たり前のものだった。

「絶対に頑張れるぞっていう根性じゃないですか」

経歴や環境で、できることを決められたくなかった。
現場で結果を出し、自分の力を証明したかった。 

現場で働き、二十二歳頃には親方にもなった。
ただ、経験を重ねるほどに、田村さんの中でひとつの現実が見えてくる。

この仕事でどれだけ技術を磨いても、自分で独立するのは簡単ではない。

バキュームカーの仕事には、大きな設備投資が必要だった。
さらに建設業とのつながりや、上の人たちとの関係もある。
腕を磨けばすぐに自分の看板で勝負できる、という世界ではなかった。

「建設業も関わってるので、上の人との繋がりもあるじゃないですか。だから、そう簡単に独立なんかできへんもんですから」

田村さんは、そのまま続ける道ではなく、次の可能性を探すことにした。

その後に選んだのが、トラックの運転手だった。
個人事業主としてできるトラック会社だと聞き、「ここなら自分でやれるかもしれない」と思った。

だが、入ってみると、いきなり個人事業主にはなれないと言われる。
まずは雇われでやらないか、と言われた。

田村さんは、そこで働いた。
そして、会社の中で常に売上一位を取るようになる。

ほぼ寝ずに働いていた。
お金を貯めるためでもあった。
自分の力を証明するためでもあった。

「負けたくないという気持ちがあったからです」

田村さんはそう言う。

頭も大事。
知識も大事。
でも、最後は気合と根性だと、田村さんは信じている。

その言葉は、今の時代には古く聞こえるかもしれない。
根性論だと笑われるかもしれない。
でも、田村さんの人生を聞いていると、それは人を押しつぶすための根性論ではない。
自分が踏ん張るための言葉だった。

結婚し、子どもができた。
守るものができた。

「結婚して子供ができて、頑張らなければならないと思ったからです」

家族を持つ。
昼職でやっていく。
真っ当に生きる。
そう決めた。

父と母が働いて家族を守っていた姿を見ていたから、自分も働くことから逃げなかった。
ただし、親と同じようになるだけではなかった。

田村さんはこう語る。

「反面教師です。いいところは取り入れ、悪いところを排除して進化させていきます」

父と母の働く姿に感謝している。
その一方で、自分はもう少し行けるのではないかと思っている。
ただ受け継ぐのではなく、進化させる。
それが田村さんの感覚だった。

トラック会社に入った時、田村さんは「ここなら個人事業主として独立できるかもしれない」と考えていた。
しかし、実際に入ってみると、すぐに個人事業主として動けるわけではなかった。

「このままここにいても、自分で社長になるのは難しい」

そう感じた田村さんは、転職を決める。

次に選んだのは、産業廃棄物の会社だった。
ゴミの収集を任せてもらう営業の仕事。
そして、最初の現場で身につけたバキュームカーの技術を活かし、後輩たちに教えながら売上を伸ばす役割も担っていく。

最初は、営業になれないかもしれないと言われた。
それでも、創業以来最短で営業になった。

班は六人。
その班の売上は、いつも一位だった。

現場でも、トラックでも、営業でも、田村さんは結果を出してきた。
そこにあったのは、負けたくない気持ちだった。
家族を守る責任だった。
ただ、この後、田村さんはまた別の違和感にぶつかる。

結果を出しても、満たされない。
売上を上げても、給料が変わらない。
表ではいいことを言いながら、裏側では違う顔を見せる大人たちがいる。

田村さんは、少しずつ見ていくことになる。
自分がなりたくない大人の姿を。

第3章|「見せかけの大人にはなりたくなかった」——結果を出しても満たされなかった理由

独立したいという気持ちは積もっていた。

しかし、その世界で独立を考えた時、嫌な部分も見えた。

裏金。
癒着。
汚い部分。

田村さんは感じた。

「自分は違う」

当時の社長たちには止められたという。
売上も上げていた。
会社から見れば、残ってほしい人材だったはずだ。

それでも、田村さんは続けなかった。

「自分が思い描いていた大人にはなれないと思ったからです」
田村さんが求めていたのは、見た目だけのかっこよさではなかった。

「飾りや見栄は大事ですが、飾らない、本当の強い人間になりたいと思っています」

田村さんは、飾ることも、見栄も、時には大事だと言う。
でも、それだけでは足りない。

もっと奥の奥を見る。
目の前の小さな損得だけで、良い悪いを決めない。
お金や権威に踊らされない。
地球のことや世界のことを俯瞰して考えられるような大人。
そういう人に、田村さんは重みを感じる。

「表面的な見えやお金、権威に踊らされている人間はダサい」

そう、はっきり言う。

地域の集まりなどに行くと、見せかけの大人たちも多かった。
ベンツのキーを机に置く。
高い財布を置く。
良い服を着る。
それでも、後輩の面倒は見ない。
自分だけ良ければいい。

田村さんは、そういう姿に違和感を持っていた。

一方で、自分は人と本音でつながりたいと思っていた。
その人をどう良くするか。
どう向き合うか。
身体に関しても、人間としても、深く携わっていきたいと思っていた。

田村さんの中には、自分の中の「違う」に従って道を変えてきた跡がある。

自分がなりたい大人ではない。
自分がかっこいいと思える生き方ではない。
自分が筋を通せる場所ではない。

そう感じた時、田村さんは、その場所に留まらなかった。

守る家族もいる。
生活もある。

それでも、田村さんは「飾らない、本当の強い人間」を求めていた。

本当の強さとは何か。
かっこいい男とは何か。
表面ではなく、本質を見て生きるとはどういうことか。

この問いは、やがて田村さんが人に向き合う時の姿勢にもなっていく。

身体も同じだった。
表面だけを見るのではない。
痛いところだけを見るのではない。
その人の奥にあるものを見る。

田村さんが社会で感じてきた「見せかけへの違和感」は、仕事の思想にもつながっていく。

第4章|「2000万円借りて、6ヶ月で潰しました」——失敗の先で整体師になり、独立するまで

田村さんは多くの人と出会った。

地元の勇者のような人たちもいたという。
田村さんが「独立したい」「自分で何かしたい」と話すと、いろいろな話をもらった。

「これやってみたら」
「あれやってみたら」

その中に、惣菜屋があった。

田村さんは、銀行から二千万円を借りた。
立ち上げと継続のためのお金だった。
事業性資金に加え、カードローンより少し金利の安いフリーローンのようなものも使ったという。

そして、惣菜屋を始めた。

結果は、六ヶ月で閉店。

「2000万借りて、6ヶ月で潰しましたからね」

六ヶ月で潰れた。色んなものを失った。

「一番は信用でしょうね、世間からの。6ヶ月で潰れた、潰れたみたいに思われただろうし」

借金も残った。

普通なら隠したくなる話かもしれない。
成功者として語るなら、省きたくなる部分かもしれない。

でも、失敗したからこそ、見えたものがあった。
剥がれたものもあった。
そして本当に大事なものが何なのか考えるきっかけもくれた。

「それでも妻はなんとかおってくれたんで。今でも感謝はしています」

成功している時についてくる人はいる。
調子がいい時に集まってくる人もいる。
でも、失敗した時に残る人は限られている。

田村さんに残ったのは、家族だった。
守りたいものだった。
そして、男として筋を通すという思いだった。

惣菜屋をやめる時、地元で有名なピザ屋の社長にその話をした。
その社長は、田村さんの営業力を知っていた。

「あいつはすげえよ。営業としては完璧だよ」

そんなふうに言ってくれたという。

その言葉が、次の縁につながる。
整体の社長が「うち来いへんか」と声をかけてくれた。

田村さんは、整体の世界へ入る。
二十七歳、二十八歳頃だった。

整体師を目指していたわけではない。
人の縁だった。

でも、その縁の先で、田村さんは身体と向き合うことになる。
人の不調と向き合うことになる。
自分の手で、人を少しでも良くする仕事に入っていく。

業界の中には、黒髪で物静かで、肌が白い、いわゆるやさしそうな整体師も多かったという。
田村さんは思った。

同じキャラではだめだ。
キャラ被りはだめだ。

自分は自分のままで、人を元気にする。
その方向へ進んでいく。

そして、独立する。

田村さんは、整体師として人の身体に向き合っていく。
そして不思議なことに、それまでの遠回りは、少しずつ整体師としての力に変わっていった。

過去の挫折、困難、葛藤はどれも整体の技術そのものではなかった。
けれど、田村さんの中に哲学として残っていた。

その時間があったからこそ、田村さんは人の身体だけを見る整体師では終わらなかった。 

痛みの奥にある疲れ。
不安。
我慢。
言葉にならないしんどさ。

そうしたものにも、自然と目を向ける整体師になっていった。

第5章|「うちに来て、笑えるように」——どんな整体師でありたいのかを考え、元気を届ける場所をつくる

独立してから、田村さんは考えていった。

自分は、どんな整体師でありたいのか。

ただ痛いところを揉む人なのか。
その場だけ楽にする人なのか。
見せかけの施術をする人なのか。
それとも、その人がもう一度笑えるようになる場所をつくる人なのか。

笑整体という名前に込めた思いを聞くと、田村さんはまっすぐに答えた。

「うちに来て笑えるように。体の不調を治して、笑えるように」

それだけです、と言う。

その言葉は、飾られていない。
難しい理論で包まれてもいない。

でも、田村さんの人生を辿ってから聞くと、深く響く。

人を元気にするなら、自分が元気でいなければならない。
暗い顔で施術しても、人は元気にならない。
沈んだ空気のまま身体を触っても、その人の気持ちは軽くならない。

その明るさに、救われる人がいた。
狙っていたわけではない。
それでも気づけば、今では来店するお客様の半分ほどが、うつ病や心の不調を抱えた人たちになっていたという。

身体を整える。
言葉を交わす。
少しでも元気になってもらう。

ただ、目の前に来た人に、いつもの自分で向き合う。

その積み重ねの先に、笑整体という場所の今がある。

田村さんの店の環境作りにも気を配る。

そこに、植物がある。

田村さんは、植物がとても好きだ。
特にアガベが好きだという。
店の玄関にも、たくさんの植物がある。

「僕、こんな顔でこんな見た目ですが、植物がめちゃめちゃ好きでして」

そう笑う。

植物が好きだったのは、もともとだった。
ただ、ここ三、四年で一気に増えたという。

きっかけもあった。
右腕だったスタッフが独立することになった。
その時、お客さんの中でいろいろな話が回った。
「自分がこの店を回している」というような話も耳に入った。

田村さんは、そこで考えた。

掃除もできる。
接客もできる。
自分がやればできることを、ただ振っていただけだった。
では、その人にできなかったことは何か。

その一つが、植物の管理だった。

植物を管理することは、簡単ではない。
手間がかかる。
時間もかかる。
お金もかかる。
本当に向き合わないと、元気には育たない。

だったら、自分で好きなことを育てて、自分でやってみよう。
そう思って植物に向き合っていたら、どんどん増えていった。

今では、弱った植物をお客さんから預かり、自宅で元気にして返すこともある。
植物が欲しいという人には、仕入れて届けることもある。
東京へ整体に行く時、植物を車で持っていくこともある。
整体をさせてもらえたら、植物も持っていきますよ、という感覚だ。

田村さんにとって植物は、
自分の好きなもの。
空間を変えるもの。
人の気持ちを少し軽くするもの。
そして、何より植物が大好きなのである。
うつ病や心の不調を抱えた人が多く訪れる場所だからこそ、空間の力も大切になる。
言葉だけで人を元気にするのではない。
施術だけで人を軽くするのでもない。
店に入った瞬間の空気。
目に入る緑。
そこに流れる明るさ。
その全部で、少しでも元気になってもらう。

田村さんにとって植物は、趣味でありながら、笑整体という場所をつくる大切な一部にもなっている。

 

未来について聞くと
「極論言ったら、僕は日本全国、もしくは世界から『来て』って言われる、呼ばれる整体師になりたいですね」

ただ有名になりたいのではない。
ただお金を稼ぎたいのでもない。
もちろん、商売をしている以上、お金を稼ぎたい思いはある。
でも、それ以前に、男として筋を通したい。
自分の技術と生き方で、人を元気にしたい。
そして、その背中を次世代に残していきたい。

今のIKIGAIを聞かれた時、田村さんは答えた。

家族。
そしてアガベ。

家族を守ること。
アガベの成長を見ること。
整体で人が笑えるようになること。

そこに、田村さんの今がある。

そして、IKIGAIない人に何があれば、IKIGAIを持てるようになると思うかと聞くと、田村さんは言った。

「失敗することと、好きなこと」

失敗しないと、人間は成長しない。
いきなり成功することはない。
YouTubeやSNSで成功者を見て、自分もすぐにそうなれるような気がする時代かもしれない。
でも、そんなに簡単ではない。
成功している人たちも、必ず失敗しているはずだと田村さんは言う。

「失敗してどうするか、どういう方向で自分が行くかっていうのを見つめ直すっていうのは、すごく大事なのかなと思います」

人は、失敗して、見栄が剥がれて、最後に残った“好き”と“守りたいもの”で、誰かを笑顔にできる。

田村さんは、今日もその手で身体に触れる。
その声で人を笑わせる。
その空間に植物を置く。
そして、いつか世界から呼ばれる日まで、かっこいい漢で居続けようとしている。

 

あとがき

かっこいい漢とは、何か。

田村さんの言葉を聞いていると、それは表面を飾る人ではない。
失敗しない人でもない。
大きな肩書きを持つ人でもない。

失敗しても、筋を通す人。
家族を守る人。
好きなものを好きだと言える人。
人のために、自分の腕を磨く人。
自分の背中を、次の世代に残そうとする人。

田村さんの話を聞きながら、私は何度も「かっこいい」と感じた。

それは、派手な成功を語られたからではない。
筋を通すという生き方が、言葉の端々から伝わってきたからだ。

そして何より、インタビューをしている私自身が、田村さんからパワーをもらっていた。

田村さんが歩んできた道のり。
失ったもの。
それでも守ってきたもの。
曲げずに貫いてきた覚悟。

その一つひとつを、私は話の熱量から肌で感じた。
だから、胸が高鳴った。

本当の強さとは、失敗しないことではないと思う。
強く見せることでもない。
ベンツのキーを机に置くことでも、高い財布を見せることでもない。

失敗した後に、何を守るか。
見栄が剥がれた後に、何を大切にするか。
誰にも見られていないところで、どんな筋を通すか。

そこに、その人の本当の姿が出る。

あなたに残る“好き”は何だろうか。
あなたが守りたいものは何だろうか。
あなたは、どんな背中を次世代に残したいだろうか。

IKIGAIは、最初から綺麗な形で見つかるものではないのかもしれない。
失敗して、削られて、剥がされて、最後に残ったもの。

そしてそれが、誰かを笑顔にする力になることがある。
田村さんは、そのことを自分の人生で見せてくれている。

怖い顔の男は、人を笑わせる整体師になった。
家族とアガベを愛する漢は、
今日も誰かを元気にしながら、世界から呼ばれる日を目指している。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

 

笑整体ウェブサイト

 

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