77歳、まだ終わらない。——“信用”で人を活かしてきた男が、今デジタルを教える理由

念輝 関根 隆

終活エンディング

新潟市

77歳、まだ終わらない。——“信用”で人を活かしてきた男が、今デジタルを教える理由

「信用がなければ、何も成り立たないでしょ」

関根隆は、そう言った。
飾らない。きれいごとにも寄せない。ただ、長い時間を仕事に注ぎ、現場で人と向き合ってきた人だけが持つ重さで、その一言を置いた。

法政大学を卒業後、地元の金融機関に入り、40年にわたって働き続けた。支店長を14年、営業部長も務めた。数字を追うだけでは務まらない立場を長く任されてきたという事実だけでも、関根さんが結果を出してきた人物であることは伝わってくる。

だが、この人の輪郭は、肩書きだけでは見えてこない。

金融の現場で人を見続け、組織を動かし、定年後もなお働き、独立し、77歳になった今も新しい挑戦をやめない。しかも彼が今向き合っているのは、終活や独り身の不安といったシニア世代の現実だけではない。ChatGPTなど、生成AIといった新しい道具を高齢者に伝え、「まだ人生は面白くできる」と証明しようとしているのだ。

多くの人は、年齢を重ねるほど守りに入る。
新しいことは難しい。今さら覚えられない。失敗したくない。そうして少しずつ、自分の未来を閉じていく。

けれど関根さんは、その逆を生きている。

積み上げてきた経験を、ただ懐かしむためには使わない。
信用を、過去の勲章にも変えない。
それを今もなお、人の役に立つ力として使おうとしている。

この物語の芯にあるのは、ひとつの問いだ。

信用とは、何か。

それは、表面を取り繕って得るものではない。
肩書きや実績だけで成立するものでもない。
相手を簡単に切り捨てず、可能性を見ようとし、目の前の人が前に進める道を考え続けること。
関根さんの歩みをたどっていくと、その言葉の意味が少しずつ立ち上がってくる。

彼が積み上げてきた“信用”は、評価されるためのものではなかった。
誰かを生かすために使われてきた、生き方そのものだった。

第1章|のびのび育った少年が、あとになって知った「与えられていたもの」

関根さんは、新潟市の中心部から20〜25kmほど離れた地域で育った。自然の残る土地で、両親と兄弟に恵まれ、のびのびと、少しやんちゃに過ごしたという。

振り返ってまず出てくるのは、「甘えさせてもらった」という言葉だった。

食べたいものを食べさせてもらった。
学校に行かせてもらった。
そして、東京の大学にまで行かせてもらった。

地方から子どもを東京の大学へ出すことは、今でも簡単なことではない。まして当時、兄弟2人を大学へ通わせるとなれば、親の負担は相当なものだったはずだ。だが子どもであるうちは、その重みはなかなか見えない。与えられているものを、当たり前のように受け取ってしまう。

そのありがたみに本当の意味で気づいたのは、自分が親になり、家庭を持ち、子どもを育てる側になってからだった。さらに親が亡くなり、法事や家のことに向き合う中で、「自分は多くのものを与えられてきた」と実感したという。

“もっと親孝行しておけばよかった”
“あの時もっと何かできたかもしれない”

そういう言葉で話を整えることもできたはずだ。だが関根さんは、そこを安易な美談にしない。
「やることはやってきたつもりです」と、言い切る。

関根さんの根っこには、そういう実直な感謝がある。
大げさな言葉にはならないが、生き方の土台として確かに流れている。
それが後の仕事観にも、信用観にも、深くつながっていく。

第2章|人を“切る側”ではなく、“生かす側”に立つ——断らない金融マンの哲学

大学で経営を学んだ関根さんは、卒業後、地元の金融機関へ就職した。そこから40年。支店長を14年務め、支店長たちをまとめる営業部長も経験した。

それだけを見れば、順調な出世街道を歩んだ優秀な金融マン、という見方もできる。
だが、話を聞いていて強く残るのは、肩書きよりも、その仕事の向き合い方だった。

金融の仕事は、どうしても“貸せない理由”を探す方向へ傾きやすい。
返済能力はあるか。担保は十分か。回収は可能か。数字上のリスクはどうか。
それらは当然、金融機関にとって欠かせない視点だ。

だが関根さんは、そこだけでは見なかった。

相談に来た相手の事業を、右からも左からも、上からも下からも見る。
一つの数字、一つの弱点だけで切らない。
そのうえで、「どうしたらこの人が生きられるか」「どうしたらこの企業が前に進めるか」を考える。

その姿勢が決定的になったのは、ある“断り”がきっかけだったという。

新しい事業を始めようとする女性からの相談を断ったことがあった。金額にして500万円ほど。金融の世界から見れば、決して特別大きな案件ではない。だが、そのあと自分のところへ来る相談が目に見えて減った。
そのとき関根さんは、ふと思った。

自分は、運を手放したのではないか。

そこから彼は決めたという。
「よほどでない限り、断るのはやめよう」と。

もちろん、無責任に何でも通すわけではない。
ただ、最初から可能性を閉ざす側には回らない。
人の未来を“ないもの”として扱わない。

この姿勢が、お客様からの信頼を生んだ。
「この人に相談してみよう」
「この人なら、頭ごなしに否定しない」
そう思われる関係が、少しずつ積み重なっていった。

ここに、関根さんの言う“信用”の本質がある。

信用とは、厳しさを見せつけることではない。
正論で相手を黙らせることでもない。
相手の未来に責任を持って向き合うことだ。
今の弱さだけではなく、これから生きる可能性まで含めて見ることだ。

だからこそ、関根さんのもとには人が集まり、相談が増え、結果もついてきた。
信用とは、“切り捨てない人”に宿るのかもしれない。

第3章|売るのではなく、相手が納得する形をつくる——成果の裏にあった設計力

関根さんの話を聞いていると、営業成績が良かった理由がよくわかる。
それは、押しの強さでも、勢いでも、口のうまさでもない。

相手が何を必要としているかを掴み、その人が納得できる形にまで落とし込む力。
そこが、圧倒的に強かった。

たとえば年金受給口座の獲得。
窓口に来る人たちの情報を見ながら、多くの人が見逃していた数字から年齢やタイミングを読み取る。
「そろそろ年金ですね」
そう先回りして声をかけることで、自然な提案につなげていった。

制度を知っていた。
数字を読めた。
そして何より、その知識を“相手のために使う”発想があった。

多くの人は、「何を売るか」に意識が向く。
だが、関根さんは違った。
「どうしたら相手が安心できるか」
「どう見せれば、納得して受け取ってもらえるか」
そこから逆算して提案を組み立てていた。

だから同じ商品でも結果が変わる。
同じサービスでも受け取られ方が変わる。
相手の利益を先に考えている人の言葉は、押し売りではなく、相談として届くからだ。

その姿勢は、組織運営にもにじんでいた。
部下や仲間と酒を飲み、家庭の話をし、ときには自宅で慰労会まで開く。
ただ管理するのではなく、人として関わる。
その積み重ねが、チームの空気をつくり、結果として店舗全体の勢いにつながっていった。

しかも関根さん自身が、難しい場所へ先に行く人だった。
誰もやりたがらないところへ、自分から飛び込む。
店長が動くから、周りも動く。
店長が前向きだから、現場の空気も前向きになる。

人は理屈だけでは動かない。
最後は空気で動く。
そして空気は、言葉より先に、その人の背中がつくる。

関根さんは、数字の前に信頼をつくる人だった。
成果とは、そのあとについてくるものにすぎなかったのだろう。

第4章|定年は終わりではなかった——70代で始まった第二の仕事人生

多くの人にとって、定年は一区切りだ。
「ここまでやった」
「もう十分だ」
そう思って、仕事人生を閉じていく。

だが、関根さんにとって定年は終わりではなかった。
むしろ、「次は何をするか」を考える入り口だった。

金融機関を退いたあとも、まだ健康だった。
体も動く。
人とも会える。
知識も経験もある。
ならば、まだ役に立てるはずだ。
そう考えたときに出会ったのが、お墓の販売という仕事だった。

そこからテーマは広がっていく。
終活。
身元保証。
独り身の不安。
高齢者が抱える現実と、その周辺にある困りごと。
ただ物を売るのではなく、人生の終盤に差しかかった人たちの“現実”に寄り添う仕事へと、関心は深まっていった。

さらに、所属していた会社の新潟事務所が閉鎖されたことをきっかけに独立。
普通なら、会社都合で区切りがつけば、「ここまでか」となりそうなものだ。
だが関根さんは違った。
以前の取引先のお客様から「引き続きやってください」と声をかけられ、それに応える形で、自分の名前で仕事を続け始めた。

ここに、この人の強さがある。

組織を離れても終わらない。
肩書きを失っても止まらない。
むしろそこから、自分自身の信用で立ち始める。

しかも今やっていることは、一つではない。
樹木葬墓地の販売。
身元保証や終活相談。
お寺向け用品の販売。
長年積み上げてきた人脈と信用。
さらにそこへ、「デジタルを教える」という新しい軸まで加わろうとしている。

働かなくても、生きてはいけるのかもしれない。
無店舗、無借金、従業員なし。固定費もほとんどかからない。
それでも、関根さんは動く。

なぜか。

答えは、本人の言葉に何度もにじんでいた。
「喜ばれることがIKIGAI」
「みんなにびっくりさせるようなことを教えてあげたい」
「面白いことをやってると思われ、それが紹介につながればいい」

つまり関根さんは、もう“生活のためだけ”に働いていない。
誰かが前を向くきっかけを渡すために働いている。
自分が動くことで、人の未来が少しでも開くなら、その役割を引き受けたいと思っている。

77歳で新しいことを始める人はいる。
だが77歳で、なお“人を前向きにする仕組み”を考えている人は、そう多くない。
関根さんが発しているメッセージは、言葉以上に、その生き方そのものに宿っている。

第5章|終活の先にあるのは、“人生をもう一度面白くすること”

関根さんの今の活動を、ただ「終活支援」や「高齢者向けサービス」と括ってしまうと、本質を見落とす気がする。

彼が本当にやりたいのは、不安を処理することだけではない。
その先にある、“人生をもう一度動かすこと”だ。

ChatGPT。
生成AI。
多くの高齢者にとって、それらはまだ「自分には関係ないもの」だろう。
若い人のもの。難しいもの。今さら覚えられないもの。
そんな空気が、確かにある。

だが関根さんは、そこへ踏み込もうとしている。

たとえば、孫と犬の写真をもとにAIで画像を作る。
それを印刷して飾る。
あるいは4コマ漫画をつくってみる。
「えっ、こんなことができるの?」
その驚きが生まれた瞬間、人の表情は変わる。
誰かに見せたくなる。
孫に自慢したくなる。
自分にもまだ、創れるものがあると思える。

この“ちいさな感動”こそが、人を生き生きさせる。
新しいことを覚える喜び。
誰かを驚かせる面白さ。
自分がまだ更新できるという感覚。

関根さんがやろうとしているのは、守る支援だけではない。
もう一度、創る側に回ってもらうことだ。

そしてそれは、関根さん自身がそう生きているからこそ説得力を持つ。

昔は手書きのデモンストレーションブックをつくって、お客様に伝わる形を工夫していた。
今はホームページを更新し、SNSを発信し、生成AIを使いこなそうとしている。
道具は変わった。
だが本質は何も変わっていない。

相手にわかるように伝えること。
相手が前向きになるきっかけをつくること。

だから関根さんの挑戦は、単なる高齢者ビジネスではない。
それは、「歳を重ねても人は進化できる」という実践であり、
「人生は最後まで更新できる」という証明だ。

信用を積み重ねてきた人が最後に伝えようとしているのは、きっとこういうことなのだろう。

人は、役に立てるうちは老いない。
誰かを喜ばせようとしている限り、未来を失わない。
IKIGAIは何歳からでも新しく始まる。

あとがき

信用とは、誰かの明日を先に信じること

関根さんの話を聞きながら、何度も考えた。
人は、何をもって老いるのだろうか、と。

体力が落ちることだろうか。
新しい技術についていけなくなることだろうか。
それとも、「もうここまででいい」と、自分で未来を閉じてしまうことだろうか。

もしそうだとしたら、関根さんはまだ老いていない。
77歳になった今も、人に会い、学び、教え、工夫し、自分が社会に何を返せるかを考え続けている。そこには、“もう終わった人”の空気がなかった。むしろ、これから何を面白くできるかを探している人の眼差しがあった。

彼が人生を通して大事にしてきた「信用」という言葉。
それは、単に約束を守るとか、嘘をつかないとか、そういう表面的な意味ではない。

信用とは、目の前の人を簡単に見捨てないこと。
信用とは、その人の可能性を先に信じること。
信用とは、「まだ大丈夫」「まだできる」と、未来に火を灯すこと。

だからこそ関根さんは、金融の現場でも、人を機械のようには切れなかったのだろう。
だからこそ定年後もなお、社会の中で役割を持ち続けているのだろう。
そして今、高齢者にデジタルを教えようとしているのも、結局は“あなたの人生はまだ面白くなる”と伝えたいからなのだと思う。

「自分で野菜を育てて、家族や近所や知人、お客様に届けるんです」
「そしたら喜びの連鎖がおきていく」

IKIGAIとは、肩書きでも、年齢でも、収入でもない。
ましてや、誰かから与えられる称号でもない。

それは、自分がこれまで積み上げてきたものを、誰かの明日に手渡そうとする意志の中に宿るものだ。
どれだけ経験を重ねたかではなく、その経験を誰のために使うのか。
どれだけ知識を持っているかではなく、その知識で誰の不安を軽くできるのか。
そういう“人に差し出そうとする力”の中にこそ、IKIGAIは静かに息づいているのだと思う。

関根さんは、そのことを大きな声ではなく、静かな在り方で教えてくれた。
人生は、若さのためだけにあるのではない。
挑戦は、特定の年代の特権ではない。
信用は、過去の実績として誇るものではなく、これから誰かの未来を照らすために使うものなのだと。

あなたは、これまでどんな信用を積み上げてきただろうか。
そしてその信用を、これから誰のために使うだろうか。
自分のためだけに閉じるのではなく、誰かの明日を先に信じる力として使えたとき、その人の人生はもう一度、深く、豊かに動き出すのかもしれない。

関根さんの歩みは、そんなことを私たちに静かに問いかけている。
「まだできることがある」
「まだ渡せるものがある」
「まだ、人生は面白くなる」

そう信じられる人は、きっと何歳になっても老いない。
未来を閉じない限り、人は何度でも、自分の役割に出会い直せるのだと思う。


IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

念輝:ウェブサイト

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