感謝される仕組みをつくる——工場を離れ、自由に選べる人生を支えるまで

感謝される仕組みをつくる——工場を離れ、自由に選べる人生を支えるまで

土方誠 合同会社HUG

愛と感謝を軸に、人が自由に選べる仕組みをつくる経営者

土方誠 合同会社HUGさんのプロフィール

土方誠 合同会社HUG
愛と感謝を軸に、人が自由に選べる仕組みをつくる経営者

感謝される仕組みをつくる——工場を離れ、自由に選べる人生を支えるまで

あなたは、目の前の「安定」が、自分の人生を狭めていると気づいたとき、それでもそこに残るだろうか。高校を卒業し、工場へ就職した土方誠さんの手取りは、月に11万〜12万円ほどだった。働き始めれば生活は続いていく。職場には先輩がいて、その先には何年、何十年と同じ場所で働く未来も見えた。

だからこそ、怖くなった。

「ここで40年働いたら、自分もこの先輩たちのようになっていくんだろうなって。ずっとこれにはなりたくない。何のために生きるんだろうって、すごく考えていました」

19歳。社員を続けながら、副業で動画編集を学び始めた。数か月後には会社を辞め、フリーランスへ。その後はSNS運用をはじめ複数の事業を立ち上げ、現在は合同会社HUGを経営している。SNS運用支援や企業向けの補助金関連事業、退職時の給付に関するサポートなど、複数の事業を展開している。

ここだけを切り取れば、若くして会社員生活を抜け出し、事業を伸ばした起業家の話に見える。だが、土方さんの話を聞いていると、その中心にはいつも別の言葉があった。「愛」と「感謝」である。

「自分の思想や哲学を残すために、お金をつくっている部分もある」と土方さんは話す。事業を通して経済的な土台をつくり、その先で、自分が大切にしてきた考え方を次の世代へ残していきたいと考えている。

幼い頃から聖書の教えに触れ、無償の愛を意味する「アガペー」を大切にしてきた。一方で、家庭の信仰に伴うルールを窮屈に感じ、そこから距離を取ろうとした時期もある。教えに支えられた自分と、教えに縛られた自分。その両方を知っている。

だから今、土方さんが残したいのは、人が自分で考え、自分で選び、自分の人生を進めるために使える「思想」や「教養」だという。事業でお金をつくることも、その先にある活動も、本人の中では分断されていない。

「感謝された回数が、一番IKIGAIになっていると思います」

これは、手取り11万円の工場で未来を見失いかけた一人の青年が、自分の人生を選び直し、やがて誰かの選択肢までつくろうとする物語である。

第1章|愛は、優しくすることだけじゃない——聖書と厳しさの中で育った原点

土方さんの両親は、花苗を育てる仕事を個人で営んでいた。種をまき、苗を育て、形あるものにして届ける。幼い土方さんのそばには、自分たちで仕事をつくり、手を動かして暮らす両親の姿があった。父には、少し変わったところもあったという。

突然、エンジンを分解して修理を始める。やがて「これを仕事にする」と言い、インターネットで依頼を集め、本当に仕事にしてしまう。

「僕もアイデアマンというか、いろんなことを考えて、実際に具現化するところは受け継いでいる気がします」

思いつくだけで終わらせず、形にする。それは後に、動画編集を学び、SNSの仕事を始め、サービスをつくり、会社を持つようになる土方さんの行動にも重なっている。もう一つ、家庭の中にあったのが聖書の教えだった。

土方さんは幼い頃から、キリスト教の価値観に触れて育った。今も特に大切にしている言葉の一つが「アガペー」。見返りを求めず相手を大切にする、無償の愛を指す言葉である。土方さんの考える愛には、あえて与えない選択も含まれる。

「ずっとやってあげたら、その人が自分でできなくなることもありますよね。あえてやってあげないことも、愛の一つだと思っています」

相手が間違っていると思えば伝える。必要なら関係に区切りをつける。それも、自分が気持ちよくなるためではなく、相手の先を考えた結果なら愛になり得ると考えている。その感覚は、最初から穏やかに受け入れられたものばかりではなかった。

土方さんが10代の頃、家庭では信仰に基づく生活上の決まりがあった。友人と自由に遊びに行くことや、交際することにも制限があったという。中学2年の頃に交際が家族に知られた時には、両親も交えて話し合い、別れることになった。高校生になって再び交際した時も、実家にいる限り自由に会うことは難しかった。

18歳になる頃には、「家を出たい」という気持ちが強くなっていた。就職先を選ぶ際に重視した条件の一つが、社員寮の有無だった。それでも土方さんは、過去の教えをすべて否定してはいない。

父の関わり方を当時は厳しく感じることもあった。だが、今になって考えると、正しさについて考える土台や、人との接し方に残っているものがあるという。

「両親には感謝するべきだなと思っています」

受け入れるか、捨てるか。その二択にしない。自分を苦しめた部分からは距離を取り、自分を支えた部分は残す。後に土方さんが「良い思想を一般教養のように届けたい」と話す背景には、こうした実体験がある。

もう一つ、幼い頃から身近だったのが「謙虚さ」だった。取材中、若くして事業を伸ばしていることについて触れても、土方さんは何度も「まだです」と返した。承認欲求について尋ねると、「めちゃくちゃあります」と笑う。それでも、自分を大きく見せることには抵抗がある。

「自慢していたり、調子に乗っていたりする人を、僕はかっこいいと思わなかったんです。そこにはならないようにしたい、というのはありますね」

土方さんが幼い頃から手本として教えられてきた存在の一つが、イエス・キリストだった。本人がそこから受け取ったのは、力を持つことより、その力をどう扱うかという姿勢だったという。何を「かっこいい」と感じるか。その基準もまた、家庭から受け取った教えを自分なりに選び直し、残してきたものの一つである。

第2章|速くなるには、自分を見るしかない——陸上が教えた改善の習慣

土方さんが育った地域は、同世代の人数が多い場所ではなかった。中学校は、3学年を合わせても全校生徒が40人ほどだったという。チーム競技を成立させること自体が難しく、部活動の選択肢も限られていた。

走ることが得意だった土方さんは、中学から本格的に陸上競技を始める。種目は短距離だった。学生時代の土方さんには、少し大人びた一面もあった。

「先生と話すのが好きだったかもしれないです。生徒としてというより、ちゃんと会話をする場面が多かった気がします」

同世代とも普通に過ごしていた。ただ、高校時代には先生から「お前、同世代と会話が合わないだろう」と言われたこともあった。一方、陸上では理屈だけではどうにもならない世界に向き合った。

土方さんは高校時代、10秒台で走ることを一つの目標にしていた。最終的には10秒96を記録したという。

一般的に見れば十分に速い。しかし競技の世界では、その数字の先にもさらに速い選手がいる。本人によれば、同世代には10秒4台で走る選手もいた。結果が出ず、悔しくて泣いた大会もあった。

そこで土方さんが戻ったのは、練習だった。

「とりあえずタイムを上げるしかないので、練習しましたね」

練習では、自分の走る動画を何度も見返し、フォームを確認した。接地の仕方、反応速度、どの筋肉が使えているかを考える。試して、走って、タイムを見る。結果が変わらなければ、また修正する。

「一つのことをずっと改善して、数字を出して、結果を見て修正する。自己分析みたいなものは、陸上ですごく身についたと思います」

自分を見て、考え、変え、また試す。この習慣は、後に仕事でも繰り返されることになる。

高校卒業後の進路について、土方さんは大学進学をほとんど考えていなかったという。体について学ぶことに興味を持ち、整体や鍼灸などの専門分野を考えた時期もあった。しかし、学費という現実があった。

そしてもう一つ、土方さんには就職を選ぶ大きな理由があった。家を出たかったのだ。

幼い頃から家庭の信仰に伴うルールの中で育ち、友人と自由に遊ぶことや、交際することにも制限があった。18歳になる頃には、その環境から一度離れ、自分の生活を自分で選びたいという気持ちが強くなっていた。

だから就職先を選ぶ際、仕事内容と同じくらい重視したのが「寮があること」だった。先に働き、自分で生活をつくる。土方さんにとって就職は、社会人になるためだけの選択ではなく、家を出て、自分の人生を自分で選び始めるための一歩でもあった。

第3章|40年先の自分が見えてしまった——工場勤務から人生を選び直すまで

高校を卒業した土方さんは、工場で働き始めた。職場環境の問題より、給与とその先に見えた将来が重くのしかかった。給与明細を見ると、手取りは月に11万〜12万円ほどだった。

生活するだけで大きな余裕はない。そして何より、職場には自分の未来を想像する材料がそろっていた。何年か先の先輩がいる。さらにその先の先輩もいる。

「ここで働いて、このまま40年経ったら、自分もこうなるんだろうなって見えるじゃないですか。ずっとこれにはなりたくないし、何のために生きるんだろうなって思っていました」

前に進んでいる感覚を持てなかった。実家へ戻るという選択肢も、当時の土方さんには取りたくない道だった。家を出るために就職した自分が、何も変えられず戻る。それは避けたかった。

だから、副業を始めた。19歳頃、動画編集を学ぶスクールに入り、会社員として働きながら仕事を覚えた。

勤務を終えてから学び、案件を受ける。陸上で身につけたように、結果を見て、修正する。できることを少しずつ増やしていった。そして、始めてから数か月で会社を辞めた。

独立して必ず成功できるという確信はなかった。怖さはあった。それでも、会社に残る未来の方が怖かった。

「天秤にかけた時に、フリーランスの方がいいと思いました。絶対、何とかしてやるっていう感情は強かったですね」

当時の土方さんは、精神的にも仕事を続けることが難しい状態にあった。医療機関を受診し、診断を受けたうえで、専門家にも相談しながら、利用できる社会保障制度の給付を受けたという。

その経験を通して知ったのは、働けなくなった時や生活が不安定になった時に、人を支える仕組みが社会には用意されているということだった。

退職した瞬間に、生活のすべてを失うわけではない。もしもの時には支えてくれる制度がある。そう分かったことで、将来に対する不安は少し和らいだ。

「こういう仕組みがあると知ったことで、精神的にはかなり安心できました。もし自分と同じように、仕事を続けることが難しくなった人がいるなら、こういう制度があること自体は知っておいた方がいいと思います」

自分が助けられた仕組みを、今度は仕事として届ける。工場を辞めた時、土方さんが手に入れたのは、働き方以上に「自分で選んでいい」という感覚だった。

家に戻るか、別の会社へ行くか、独立するか。選択肢があるだけで、人は動ける。

怖さは残っていた。それでも二つの未来を比べ、会社に残る方を選ばなかった。

その判断が、次の仕事を生んでいった。

第4章|自分を支えた選択肢を、誰かへ渡す——事業に変わった原体験

フリーランスになった土方さんは、動画編集からSNS領域へ仕事を広げていった。その後、会社をつくり、SNS運用や企業向けの支援など、複数の事業を手がけるようになる。そして合同会社HUGを設立。土方さんの事業のつくり方には、一つの特徴がある。

一つの商品に人生を預けるというより、社会や市場を見ながら「今、何が必要なのか」を考え、形にしていく。その速さは、父が突然エンジン修理を仕事にしてしまった話にも少し似ている。

思いついたら小さく試し、需要があれば形にし、うまくいかなければ修正する。

一方で、土方さんは「売れるかどうか」だけで事業を語らない。制度上利用できることに加えて、自分が納得して提供できるかも大切だという趣旨の話をしていた。取材でも、お金についてこう語った。

「お金を稼ぐこと自体が悪いとは思っていないです。でも、それが一番上に来てしまうと違うと思っています」

本人が見ているのは、お金そのものよりも、何を優先するかである。人の役に立つことを置き去りにして、お金だけを追う状態にはなりたくない。だからこそ、土方さんは「感謝」と売上を切り離して考えていない。

「変な稼ぎ方をしていなければ、お金を持っている人って、感謝された回数分だけお金を持っていると思うんです」

もちろん、現実の経営には多くの要因が絡む。売上が大きいから、必ず多くの人を幸せにしているとも限らない。土方さん自身も、「変な稼ぎ方をしていなければ」という前提を置いている。だから、何を売るかと同時に、どう売るかも問われる。

取材の終盤、土方さんは企業向けの補助金関連事業やSNS事業を今後さらに広げたいと話していた。具体的な数字の目標も置き、営業を強めようとしている。ここだけを見ると、成長を追う若い経営者である。だが、その先には、思想や哲学を残すという目的がある。

「自分の今ある思想だったり、哲学みたいなものを残すために、お金をつくっている部分もあります。会社も、それを残すための受け皿にしたい」

お金を稼いだ先で何をするのか。土方さんの中では、その問いへの答えが少しずつ形になり始めている。

第5章|思想を、選べる教養に——感謝を循環させる未来

土方さんがこれから残したいもの。その話になると、仕事の説明から少し離れていった。

「僕の考え方が全部正しいとは絶対に思っていないです」

そう前置きしたうえで、幼い頃から聖書に触れてきた経験を話し始めた。経営者や年上の人と話す中で、コミュニケーションの取り方や人への接し方、考え方を褒められることがある。そのたびに、「なぜ自分はこう考えるのだろう」と振り返る。そこで思い当たるのが、子どもの頃に学んだ教えだという。

無償の愛、謙虚さ、相手を許すこと、必要なら厳しいことも伝えること、そしてお金より上に置くものを持つこと。

一方で、その教えが「宗教だから守らなければならない」という形になった時、自分自身が苦しんだ経験もある。土方さんは、信仰への勧誘から距離を置き、人生に役立つ考え方として届けたいと話す。

「宗教としてではなくて、一般教養みたいな形で学べたらいいんじゃないかなと思っています。算数とか国語みたいに、人生に役立つ考え方として触れられる状態をつくりたい」

アニメでも、会社の中でも、何らかの発信でもいい。本人自身、まだ形を決め切ってはいない。

この構想を考える時、土方さんは海外で見た景色も思い出すという。取材の数か月前には、約1か月ヨーロッパを旅した。イタリアで日曜日に休む習慣や、鐘が鳴る時間に祈る人々の姿を見た。別の地域では、日常の中に信仰の時間を持つ人たちにも触れた。

日本では初詣に神社へ行き、クリスマスを楽しみ、さまざまな文化や行事を柔らかく取り込む人も多い。土方さんは、そうした日本の受け入れ方に「自由さ」を感じている。

「宗教にする必要はないと思うんです。良いと思った考え方を、自分で選んで人生に活かす。それでいいんじゃないかなって」

信仰を持つことと、誰かの考えを学ぶことを同じものにしなくていい。大切なのは、受け取った人が自分で考え、自分で選べることだ。

「自由意志を神が人間に与えた、という考え方があるんです。ちゃんと考えたうえで、自分が正しいと思うことを選択する。それでいいと思っています」

かつて土方さんは、家庭のルールから離れるために寮のある会社を選んだ。その会社で未来を見失い、再び外へ出る道を選んだ。その時には、公的な制度を知ったことが、挑戦する余白をつくった。自分の人生を振り返ると、自由とは「何の制約もないこと」ではなく、自分で選べる状態に近いのかもしれない。

今、土方さんはそのための経済的な土台もつくろうとしている。本人が例に挙げたのが、「バランス・ホイール」という考え方だった。お金だけ、人間関係だけ、仕事だけに偏らず、人生を複数の領域から考える。将来、思想や教養を届ける活動そのものは、大きな利益を生まないかもしれない。

だから、先に自分が大きく動かなくても収益が生まれる仕組みや資産をつくる。そのうえで、営利に縛られず取り組める形を考えたいという。ここでも、土方さんは「自分を犠牲にして誰かに尽くす」という形を選ばない。

自分の生活も、相手の自由も守った上で、役に立てることを増やす。取材の最後、「お金も時間も権威も全部なくなったとして、それでも残るIKIGAIは何か」と尋ねた。少し考えた後、土方さんは答えた。

「感謝じゃないですか。人を愛すること、感謝すること、感謝されること。それがIKIGAIです」

事業も、人間関係も、その言葉に戻っていく。たくさん稼ぐことも、会社を大きくすることも本人は否定しない。その数字の向こうに、感謝する人と、感謝される自分がいるかを見ている。

土方さんがこれからつくろうとしているものは、まだ完成していない。だからこそ、今も事業をつくり、試し、改善している。陸上競技で何度も自分の走りを見返していた頃と同じように。結果を見て、自分を見て、また次を選ぶ。

その先に、一人ひとりが誰かに決められた正解ではなく、自分で考えて人生を選べる状態をつくろうとしている。

あとがき

土方さんとの対話を終えたあと、私の中に残ったのは、「愛」と「自由は両立するのか」ということだった。愛しているから守り、教え、与える。

どれも愛の形になり得る。一方で、相手のためを思う気持ちが強くなるほど、ときに「こうした方がいい」という正しさが、相手の選択を狭めることもある。

土方さんは、その両方を自分の人生で経験してきた。聖書から受け取った教えを今も大切にしながら、その教えに伴う制限からは離れた。そして今は、「良いものだから従ってほしい」ではなく、「良いと思うものに触れたうえで、自分で選んでほしい」と話す。私は、その姿勢に人間らしさを感じた。

過去を全否定せず、きれいに肯定もしない。受け取ったものを、自分の頭で選び直す。

それは仕事でも同じなのかもしれない。会社に残る未来が自分には合わないと感じた時、土方さんは外へ出た。

制度を知ったことで選択肢が増え、その経験を今度は仕事として他者へ届けた。自由とは、好き勝手に生きることよりも、自分で選べる選択肢を持つことなのかもしれない。そして、その選択の先で誰かに感謝され、自分も誰かへ感謝できるなら、その循環は人生を進む理由になり得る。

あなたは今、自分で選んでいるだろうか。そして、その選択の先に、誰の「ありがとう」を増やしたいだろうか。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

WRITER PROFILE

尾﨑弘師 (おざき ひろし)

IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役

これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。

掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。

さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。

他の記事を見る