デブ→ギャル男→経営者 "想い"を"戦略"に変えるEC革命家

inc.合同会社 編田琢也

EC革命家

東京都港区

デブ→ギャル男→経営者想い戦略に変えるEC革命家

 「仕事とは、人を幸せにするための活動である」
この言葉を聞いて、あなたは何を思うだろうか。

 「きれいごとだ」

「宗教じみている」

「仕事はそんなに甘くない」

 数字と効率に追われる現代の仕事人なら、そう切り捨てたくなるかもしれない。
けれど、この男の口から出ると、その言葉は不思議なほどの「重み」と、名だたる大企業を支援してきた実績という「物理的な説得力」を持って響く。

編田琢也(あみだ たくや)。
inc.合同会社 代表。

 太っていた北海道・十勝の少年が、
「デブ」といじられながらも、ギャル男に憧れ、 東京で挫折を重ね、5年間のモヤモヤの果てに辿り着いた 血の通った経営哲学。

 EC売上向上、社員満足度上昇、離職率低下」
彼が証明するのは、誰もが諦めていたきれいごとこそが、
これからの時代を生き抜く最強の戦略であるという真実だ。
これは、天才経営者の成功譚ではない。

一人の人間が、自分の人生を肯定するために、
泥臭くあがき続けた末に見つけた、「個人の幸せ」と「企業の利益」をリンクさせる
革命的な思想を生むまでの物語。

 さあ、覚悟を決めて読んでほしい。
これは、あなたの仕事観、組織観を根底から覆し、
あなたが捨てた子供心を蘇らせる
ある男の「再生」と「覚悟」の記録だ。

 1章|肯定の原点——デブと言われた少年は「自分」を探す

北海道・十勝。
冬になれば一面が真っ白になり、空気がきゅっと張りつめるような町で、
編田琢也は生まれ育った。

 幼い頃の琢也は、「太っている子」だった。
「おい、デブ!」
「遅せえよー!」

運動は苦手。球技はもっと苦手。
体育の時間が近づくと、お腹が痛くなる。
彼自身も、自分のことを「太っている子」として認識していた。

それでも、彼は「端っこ」に行かなかった。
いつもクラスの中でも賑やかなグループの輪の中に居続けようとした。
自ら笑いを取りに行ったり、いじられ役になったりした。
自分に自信なんてまるでなかったが、たとえ「デブ」だとしても

クラスの輪に入りたかったのだ。
しかし、家に帰ると扱われ方は一変する。

 両親は決して琢也の存在を否定しなかった。
どんな時でも存在を肯定してくれた。特別裕福とはいえない家庭であったが、とにかく、どんな自分でも肯定してくれる安心感があった。

「お前はできる」というメッセージを行動で送ってくれた。
もう一つ、強烈な記憶がある。
それは、家のリビングに大人たちがぞろぞろと集まってくる日。

ネットワークビジネスの集会が、たまに家で行われていた。
今なら、その名前に様々なイメージがつくだろう。
けれど当時の彼にとっては、
それは「やたらと熱量の高い大人たちが集まる場」だった。
父や母と同世代の人たちが、夢中になって話している。

 「時間に縛られない生き方ができる」
「自分らしく働ける」
「仲間と一緒に夢を叶えよう」

 子どもには難しい言葉も多かったが、その表情の輝きだけははっきりと覚えている。
目をキラキラさせて、自分の未来を語る大人たち。
商材がどうとか、ビジネスモデルがどうとか、そんなことはわからない。
ただ、「自分の人生に本気になっている大人たちがいる」という事実だけが、強烈に刺さった。

 学校では「デブ」とからかわれるが、
家では大人たちが自分の未来を熱く語っている。
「お前はダメだ」と言う人は、一人もいない。

 彼の中で、「自分はダメだ」という感情と、
「それでも、俺は大丈夫だ」とどこかで思える感覚が、いつも同居していた。

この矛盾した二つの感覚が、彼の人生をずっと支えていくことになる。 

2章|覚醒——僕を救った「ギャル男」という生き方

 中学生の頃、琢也は一冊の雑誌に出会った。

 「men’s egg」

コンビニの雑誌コーナーで、その表紙を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。 日焼けした肌、派手な髪型、シルバーアクセサリー。
そこに写っている男たちの表情には、誰にも媚びない、真っ直ぐな眼差しがあった。
「かっこいい」

 その一言では足りない、もっと強烈な何かが胸を突き抜けた。
太っていた自分。
「デブ」と呼ばれていた自分。
その全部を、彼らは「関係ない」と言ってくれているような気がした。
雑誌を閉じても、その顔が頭から離れなかった。

 高校に進学した彼を待っていたのは、意外なほど心地よい世界だった。
地元の公立高校。偏差値は50をちょっと超えるくらい。
特別優秀でもなければ、荒れているわけでもない、ちょうど「普通」の真ん中あたり。
でも、そこには独特の空気があった。

 文化祭が、縦割りだった。 1年生、2年生、3年生が混ざったチームで、一つの出し物を作る。 先輩と後輩の垣根がなく、「ファミリー」のような空気感。
「おう、お前ら今年入ったやつか。よろしくな」
先輩たちのフラットな態度に驚いた。

 高校生活が進むうちに、彼は少しずつ変わっていった。
men’s eggを参考に、髪を立ててみたり、服を工夫してみたり。
太っていた体も、成長期の力を借りながら、少しずつ変わり始めていた。

 ある日、他校の女子が言った。
「琢也君、カッコイイ」
——俺、もしかして、イケてる?

 小学校、中学校と、ずっと「太っている子」だった自分。
それが、今「カッコイイ」と言われている。
さらに、文化祭ではリーダーに選ばれた。
「お前、なんかみんなまとめるの上手いし、頼むわ」

先輩からそう言われた時、信じられなかった。

 でも、やってみると、不思議と楽しかった。
みんなで一つのものを作り上げる。その中心に、自分がいる。
「琢也のおかげでまとまったわ」 「ありがとな」
文化祭が終わった後、そう言ってもらえた。

 初めて「認められた」実感を持った。ギャル男の自分に自信を持てた。
「土日なんていらない」と本気で思うほど、高校が楽しかった。

 高校生活を歩みながら進路を決める時期となった。
彼は、決意した。
手には、読み込んだ『men’s egg

 「俺、これになりたい」
「東京に行って、この世界に入りたい」
自分でも笑ってしまうくらい、ストレートな言葉だった。
でも、その瞬間の彼は、本気だった。

 父と母にこのこと伝えた時、両親は顔を見合わせ、
賛成も反対もしなかった。
しかし、彼の熱意が両親の心配を勝った。
「……本気なら頑張ってきなさい」

でも後になって、母はこんなふうに言った。
「あのとき本気の顔してたからさ。止めても無理だろうなって思ったんだよね」

 春。
ついに東京に出た。
バンタンデザイン研究所。
渋谷のど真ん中にあるその学校は、夢の入り口だった。
憧れの渋谷。センター街。
雑誌の中でしか見られなかった世界が、日常になった。

そして、ついに——
men’s eggの撮影現場に、モデルとして呼ばれる日が来た。
スタジオに入った瞬間、足が震えた。 カメラマン、スタイリスト、編集者。
プロたちが動き回る現場。
「じゃあ、次、編田くんね」
名前を呼ばれた。

 カメラの前に立つ。ライトが眩しい。
「いいよ、そのまま。もっと自然に」
シャッター音が響く。
——俺、今、men’s eggのモデルをやってる。

 信じられなかった。 太っていた自分。「デブ」と呼ばれていた自分。
その自分が、今、憧れの雑誌のページに載ろうとしている。
嬉しかった。夢が叶った。

でも、それ以上に——
「思っていたら、そうなるんだ」
そう確信できたことが、何より大きかった。
その後もmen’s eggのモデルとして活動を続けた。
公式ブログも持たせてもらった。

 ギャル男。
それは、彼にとって単なるファッションではなく、
「自分の好きに、本気で向き合う」生き方そのものだった。

 誰に何を言われても、自分が好きなものを貫く。
自分らしさを、武器にする。
抽象的だけど、美しい。
言葉にはできないけれど、確かな「かっこよさ」がそこにある。
——これが、俺の生き方だ。

彼は、そう心に刻んだ。

東京の空の下、彼は無敵だった。
このままどこまでも行ける。
どんな夢も叶えられる。
そう、信じて疑わなかった。

 3章|ビジネスとの遭遇——裏側の世界が見えた日

 men’s eggのモデルとして活動を続けていた頃、
彼はある撮影現場で「もう一つの世界」を発見した。

いつものようにスタジオで撮影を終え、着替えを済ませて帰ろうとしたとき、
ふと、パーテーションの向こうが目に入った。

無数のパソコン。
画面に向かって何かを打ち込む人たち。
みんな、自分と同じような見た目——日焼けした肌、派手な髪型、シルバーアクセサリー。

 「このメルマガの件名、もっとクリックされる書き方ない?」
「この商品、アクセス数どれくらい?」
「在庫なくなったから、サイトから外して」
モデルとして「見られる側」にいた彼にとって、
「仕掛ける側」の世界は、未知の輝きを放っていた。
——これが、ビジネスの裏側なんだ。

 その中心にいたのが、与沢翼だった。
まだ「秒速で1億円稼ぐ男」として世間に知られる前。
自分より少し年上の彼は、ガラケーのメルマガを使った斬新な手法でアパレルを売っていた。
与沢の目には、何か「次の世界」が見えているような、そんな輝きがあった。
「これからはネットだよ。実店舗なんて持たなくても、全国に届けられる」

 その言葉の意味が全部はわからなかった。
でも、確かに感じた。
——めちゃくちゃ面白そう!

 その瞬間から「ビジネス」というものに強烈に惹かれ始めた。

 専門学校を卒業し、迷わずその会社に就職した。
新卒として入社。
初めてのオフィス、初めての社会人生活。
朝から晩まで、ひたすら仕事に向き合う日々。
メルマガの文面を考え、商品画像を差し替え、売上数字を確認する。

 「このバナーに変えたら、クリック率が上がった」
「この一文を足したら、注文が増えた」

 画面の中の数字が、目の前の作業と繋がっていく感覚。
素直に、楽しかった。
ところが——

入社して4ヶ月後の8月。
ある日突然、会社が倒産した。
しかし、なぜかそこまで落ち込まなかった。
もちろん、驚きはした。でも、それ以上に、
——あ、次に行けるんだ。

そう思った。
「環境が勝手に変えてくれた」と。
周りから見れば、相当なお気楽かもしれない。
でも自分にとっては、「リセット」は「チャンス」に見えていた。

なぜなら、ギャル男だから。

その後、SEO会社でのアルバイトを経て、再び成長の舞台に立った。
倒産した会社の元副社長に誘われ、韓国アパレルブランドの日本展開を手がけることになったのだ。
この人こそ、これからの人生で何度も救ってくれる恩人であり、
かっこいい憧れの人だった。

 当時珍しい「ビジュアルブック型」のECサイト。
商品だけでなく、ライフスタイル全体を見せる手法。
憧れの人の元で、夢中で働いた。
売上は順調に伸び、3年後には事業売却という成功体験も得た。

 この頃にはすっかりビジネスの魅力に取りつかれて、ギャル男の恰好にも飽きていた。
ただ、マインドだけはギャル男のままだった。
そして次に選んだのが、憧れの人についていく形で紹介で入った五大商社のグループ会社。
ギャル男だった高卒の自分がエリートと一緒に働く。
——夢のような気分だった。

大手企業のウェブサイトを手がける、クリエイティブの最前線。
「ここなら、もっとでかい仕事ができる」
しかし、期待に胸を膨らませて入った彼を待っていたのは、想像していた現場とは少し違う光景だった。

配属されたチームのリーダーは、社内でも有名な「パワハラ上司」だった。
「これ、できないんですか?」
「じゃあ、机でも拭いといてください」

飛び交う怒号。
深夜まで続く残業。
疲弊していく同僚たち。
彼は、違和感を感じていた。
だが、それ以上に目の前のことに精一杯だった。とにかく必死に食らいついた。

作っているものは一流。
クライアントは誰もが知る大企業。
でも——

「これ、誰が幸せになってるんだろう?」

深夜のオフィスで、疲れ果てた顔でモニターに向かう同僚たち。
ピリピリとした空気の中で、誰も笑っていない。
冷たい何かが、ここにはあった。
——これが仕事なんだ。

ギャル男の炎は、もう消えかかっていた。
そして、やがてその違和感にも気づかなくなった。

 4章|モヤモヤの正体——憧れという名の呪縛

そんなある日、携帯が鳴った。
「また一緒にやろう」
声の主は——あの人だった。

倒産した会社の元副社長であり琢也を救ってくれた恩人。
いつも手を差し伸べてくれた憧れの人。

 心は、一瞬で決まった。
5年間働いた会社を辞めて、再び「憧れ」に戻ることを。

 今度の舞台は、D2Cブランドのコンサルティング会社。
D2C=メーカーが自分たちのECでお客さんに直接商品を届けるやり方。

憧れの人はまだ「D2C」という言葉が世に浸透する前から、時代の先を見ていた。
彼は、そこでナンバー2のポジションを任された。
「ここ、どう思う?」
「このブランド、どういう打ち出しにしたい?」

そう意見を求められるたびに、嬉しさと同時に、責任も感じた。

給料はいい。立場もある。
クライアントからは頼られ、売上を作り、感謝される。
何より——
「琢也がいてくれるだけでいいんだよ」

 憧れの人は、そう言って全面的に信頼してくれた。
パワハラに怯えることもない。
理不尽なコストに苦しむこともない。
広告代理店時代に感じた「冷たさ」とは正反対の、温かい現場がそこにはあった。

外から見れば、それは羨ましい環境だったと思う。

自分の提案が形になり、売上が伸びていく。
高卒で、元ギャル男で、特別なスキルもなかった自分が、ここまで来れた。
これ以上、何を望むというのか。
なのに——
消えないのだ。
胸の奥にこびりついた、正体不明の「モヤモヤ」が。

それは、広告代理店時代に感じた「違和感」とは種類が違っていた。
あの時は、「嫌だ」という明確な拒絶反応だった。
今回は違う。
環境は最高だ。仕事も嫌いじゃない。憧れの人も大好きだ。
なのに、苦しい。
毎朝、胸がなぜかモヤモヤする。
言葉にできないが、叫びたくなる。
「幸せなはずなのに、満たされない」

その矛盾に、じわじわと追い詰められていた。
「俺、何やってるんだろう」
目に、ワクワクがない。
ギャル男だった頃。
men’s egg
の撮影でカメラの前に立っていた頃。

あの頃、自分の目はもっとギラギラしていたはずだ。

今の自分には、その光がない。
その正体は、あまりにも身勝手で、複雑な感情だった。

会議室で、憧れの人がクライアントにプレゼンしている姿を見る。
その姿は、いつ見ても圧倒的にかっこいい。
話の組み立て方。
相手の反応を読んで、言葉を選ぶ間合い。
ここぞという時にスッと出てくる一言。

「この人みたいになりたい」

心からそう思っていた。
でも、同時に——
この人のにいるとこの人みたいにカッコよくなれない。

大好きだからこそ、離れなきゃいけない。
尊敬しているからこそ、その傘の下にいてはいけない。
「その人になりたいのに、その人の下じゃ嫌だった」


その感覚は年々強くなっていった。
それは憧れの人が作り上げた船に乗って、守られながら、「俺はもっとできるはずだ」と駄々をこねているようなものだ。
でも、その「甘え」こそが、彼の魂が上げる悲鳴だった。

 「このまま10年経ったとき、俺は納得して笑えてるだろうか?」

頭の中に、未来の自分が浮かぶ。
同じオフィスで、同じようにクライアントワークをしている自分。
その姿が、「完全なYES」ではなかった。

 「俺の幸せって、何だろう?」
ギャル男だった頃の自分は、もういない。
あの頃の「好きなことに本気で向き合う」感覚も、どこかに消えていた。
仕事は、ただ「こなすもの」になっていた。

安定を求めている自分がいた。
現状維持を望んでいる自分がいた。
——これでいいのか?

 そんな葛藤の中で、人生の大きな転機が訪れた。

 パートナーとの間に、子供ができたのだ。
病院でエコー写真を見せられたとき、まだ小さな影のような命が、ポツンと画面に映っていた。
その実感が湧いた時、琢也の中で何かが動いた。
「独立」

守るべき家族ができた。子供が生まれる。
会社にいれば、安定した給料が保証されている。

でも——
この子に、どんな背中を見せたいだろうか。
安定した職に就いて、真面目に働く父親の背中。
自分の「好き」を貫こうと足掻く父親の背中。

このまま安定を選んだら、俺は一生、このモヤモヤを抱えて生きていくことになる。
それは、死んでいるのと同じことじゃないか?
子供にかっこいい背中を見せられるか?
「パパは本当はこれがやりたかったんだけどね」なんて言い訳をするのか?
——いやだ。そんなの、絶対いやだ。

その瞬間、消えかかっていた「ギャル男の炎」が、再び燃え上がった。
そして、決断した。

憧れの人に、その想いを伝えるのは、人生で一番辛かった。
言葉を紡ぐのに、何日もかかった。
何度も救ってくれた恩人を、裏切るような形になるかもしれない。
それでも、自分の足で立ちたかった。

「独立したいと思ってます」

憧れの人は少し驚いた顔をした。

「……そうか。頑張れよ」
その言葉に涙が出そうになった。
「ああ、この人、最後までかっこいいな」

心からそう思った。

根拠もない。
勝算もない。
あるのは、「自分らしくありたい」という衝動。
「思っていたら、そうなる」
あの頃の、無敵だった感覚が蘇ってきた。

安定を捨てた。
約束された未来を捨てた。
大好きな憧れの人の元を離れた。

 5年間のモヤモヤが、嘘のように晴れていくのを感じた。
「俺は、俺の人生を生きる」
30歳。
守るべき家族を抱えての、ゼロからのリスタート。
それは、かつてmen’s eggを握りしめて上京したあの日と同じ。
いや、それ以上の「覚悟」を決めた瞬間だった。

 5章|30年目の答え合わせ——「自分のカップ」を満たす時

2020年、夏。
会社を立ち上げた。
inc.合同会社」

 社名を決めるとき、ずいぶん悩んだ。
ノートに書き出しては消し、また書き出しては消す。
最終的に残ったのが「inc.」という名前だった。

inc.」は、「incorporated(法人)」の略でもあるが、彼にとってはそれ以上の意味があった。

 「会社には意味を持たせない。意味があるのは、個人だ」
会社という箱は、ただの器でいい。
なんにでもなれる、余白のある名前。
そういう存在でありたいと思った。
独立したばかりの琢也を支えてくれたのは、妻だった。

彼女もまた、かつてmen’s eggのモデルを飾ったことがある。
19歳と17歳で出会い10年以上も編田さんのそばにいてくれた人。
子供が生まれるタイミングでの独立。
普通なら反対されてもおかしくない。

 それでも、
「納得いくまで、やりたいようにやればいい」
「あなたが会社員のまま、ずっとモヤモヤしてる方が、私にとっても嫌だったと思う」
という彼女の言葉に、救われた。

ある日、気づいたことがあった。
自分が満たされていると、周りの人にも自然と優しくなれるのだ。
会社員時代、モヤモヤしていた頃は、どこか余裕がなかった。

「なんでわかってくれないんだ」
「もっとこうすればいいのに」
クライアントや同僚に対して、心のどこかで苛立ちを感じていた。
でも今は違う。

自分が「やりたいこと」をやれている。
自分の「好き」に嘘をついていない。
その状態にあると、相手の幸せを心から願えるようになっていた。

 「このクライアントのために、何ができるだろう?」
「このブランドをもっと輝かせるには、どうすればいい?」
その想いが、以前とは比べ物にならないほど純粋に湧いてくる。
自分の中で、一つの理論が組み上がった。

 「自分のカップを満たせ」

シャンパンタワーと同じだ。
一番上のグラス——つまり「自分」が満たされて初めて、その溢れた幸せが下のグラス——「家族」や「仲間」、「クライアント」へと注がれていく。
自分が空っぽのまま、誰かを幸せにすることなんてできない。

広告代理店時代に見た、誰も笑っていない現場。
あれは、みんなのカップが空っぽだったからだ。
憧れの人の元で感じたモヤモヤ。
あれは、自分のカップが満たされていなかったからだ。

ある日、琢也は自分の子供とアンパンマンを見ていた時。
主題歌が流れる。

♪なんのために生まれて なにをして生きるのか
こたえられないなんて そんなのはいやだ!♪
その瞬間、琢也の胸に何かが込み上げてきた。

「俺、ずっとこれを探してたんだ」

幼少期に見ていたアンパンマン。
その主題歌が、30年以上経った今、自分の人生と重なっている。

涙が出そうになった。
過去のいろんなシーンが、走馬灯みたいに頭の中をよぎった。

人生の悩み、葛藤、絶望。
全てが線になって繋がっていく感覚があった。

「仕事とは、人を幸せにするための活動である」
どこかで聞いたような「きれいごと」が、急に血の通った真実として、自分の中にストンと落ちてきた。

誰かを幸せにするためには、まず自分が「生きていてよかった」と思えること。
ギャル男だった頃の、あの「好きなことに本気で向き合う」感覚。
自分のカップが満たされて、溢れた分で人に関わる。
それが、自分にとっての「ちゃんとした働き方」なんだと気づいた。
理論として編み出したというより、30年かけて、やっと自分で自分にOKを出せた。
——そんな感覚だった。

 6章|革命——きれいごとを新しい価値に変えていく

inc.合同会社を立ち上げてからの数年は、振り返るとあっという間だった。
小さなブランドから、誰もが名前を知っているような企業のECも任されるようになっていた。
プロとして、ECの売上を上げるのは、もう前提になっていたし、
自分の中である程度の再現性が持てるようになっていた。
そして、独立して数年が経つころ、
彼の中で、もう一つ「絶対に外せない条件」が浮かび上がってきた。

 inc.で働いてくれる人、クライアント、そしてクライアントのお客様
——関わる全員が、みんな幸せにならないといけない。

 子どもの頃に親から教わったこと。
前職で味わった悔しさ。
自分がこの商品に惚れ込んだきっかけ。
自分でも忘れかけていた原点に気づいたとき、人は自然と笑う。

気づけば、inc.は自然と今までとは違う形になっていった。
正社員だけのピラミッド型ではなく、
それぞれが自分の専門や生き方を持ちながら、繋がる集まり。

誰かの下につくというより、
「同じ方向を向けるかどうか」で一緒にやるかを決める。

合わなければ、いつでも離れていい。
依存させるのではなく、自立を前提にする。
新しい組織を「ギルド型法人」と呼んだ。
その中心にあるのは、スキルや肩書きよりも、
「何を大事に生きているか」という価値観だった。

 そうやって、「何を大事にしているか」が合う人たち同士が出会い、
想いが共鳴して、仕事をしていく。
最初は「そんなやり方で会社が成り立つのか」と言われた。
しかし、気がつけば、inc.のまわりには同じような感覚を持った会社や人たちが集まってきた。

 そこから生まれたのが、レゾナンスドリブンに基づくEC支援だった。
想いや信念、人生こそ差別化が難しい現代での唯一無二の打ち方として開発した。
レゾナンスドリブンとは「共鳴を起点に進んでいく」という意味だ。
多くの人が、本当は気づいているはずだ。
もっと自分の幸せを追っていいのだと。
ずっと胸の中にあった「きれいごと」を追いたいと。

 もう一度、あの頃の自分に問いかけてみる。

太っていて、いじられていた小学生の自分。
ギャル男に憧れて、men’s eggを握りしめていた高校生の自分。
パソコンの画面の前で、夜な夜な数字と向き合っていた会社員の自分。
「お前は今、幸せか?」

 そう聞かれたら、今の自分は、はっきりと答えられる。
「幸せだよ。自分の人生を生きてるよ」

 そして、画面の向こうの、まだモヤモヤしている誰かにも、伝えたい。
あなたが胸の中で「きれいごと」だと思っているその想いは、
これからの仕事を変える種かもしれない。

 それを笑う人もいるだろう。
理解されないことも、きっとある。
それでも、その種を捨ててしまわないでほしい。

 そして、
一緒に、あなたの中に眠っている「きれいごと」を「価値」にしていこう。
あなたの価値を求めている人がいる。
それが、「レゾナンスドリブン」。
あなたの人生だけは、誰にもコピーされない。

 あとがき

編田さんの人生を綴るにあたり、
私自身にも問いかけた。
「お前は、本当に自分の人生を生きているのか」と。

 みなさんはどうだろうか。
自信を持って、「自分の人生を生きている」と言えるだろうか。
外側をどれだけ整えても、
内側が空虚ならば、人は幸せにはなれない。
私はそれを、自分の人生で思い知った。

 だからこそ、編田琢也という男の物語に、強く震えたのである。
「デブ」といじられた少年。
それでも存在を肯定してくれた家族。
自分を変えたくて飛び込んだ、ギャル男という世界。
一見、突拍子もないその選択に、
彼は人生を懸けた。

自分を好きになるために。
自分を裏切らないために。
世の中は「きれいごと」を笑う。
理想論だと言う。
甘いと言う。
現実を見ろと言う。

だが、編田さんの人生はこう問いかけてくる。
本気で生き抜いた人間のきれいごとは、
美しいし、パワーがあるのだと。

 なぜならそこには、
劣等感も、悔しさも、葛藤も、孤独も、
すべてが血肉として刻まれているからだ。

 私は営業という世界で、多くの経営者と向き合ってきた。
そこで確信したことがある。

 最後に勝つのは、
最も器用な人間ではない。
最も合理的な人間でもない。
「自分の想いを、最後まで捨てなかった人間」である。

自分のカップを満たすことは、わがままではない。
それは、責任である。
自分を満たせない人間が、
誰かを本気で満たすことなどできない。

 IKIGAIは、
自分の真実に向き合い、進んでいく瞬間に生まれるのかもしれない。
もちろんIKIGAIは形がないし、人それぞれ違う。
だが、生まれるのは偶然ではない。
覚悟の積み重ねである。

 編田さんは、それを体現している。
だからこそ、その色に魅せられた者たちが集まってくるのだろう。

 AI時代。物が溢れている現代。
人は何を求め、何のために働くのか。
その答えの一つが、
編田さんの人生と、これから広がっていく組織にあるのかもしれない。
そして、その働き方が日本に広がっていけば、
もっと幸せな人が増えるだろう。

あなたのきれいごとは、
必ず誰かの希望になる。
私はそれを、何度も見てきた。
だからこそ、信じている。
あなたを。

さあ、IKIGAIを生きよう。
進もう。
自分の人生を。

 IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

 

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