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食べるのは悪いことだと思ってた——20年のダイエット地獄を越えた管理栄養士が届ける“笑顔の食卓”
内山智美 Coo栄養学ダイエット
20年のダイエット地獄を越え、真の愛と美で食べる喜びを伝える人
東京都世田谷区
食べるのは悪いことだと思ってた——20年のダイエット地獄を越えた管理栄養士が届ける“笑顔の食卓”
「足太くね」
その一言が、彼女を20年以上苦しめることになる。
それが、自分に向けられた言葉だったのかは分からない。
誰かが何気なく言っただけだったのかもしれない。
それでも、中学2年生だった内山智美さんはその言葉で人生が変わった。
太っていることは、いけないことなんだ。
太ったら、笑われる。
価値がなくなる。
そこから、内山さんの長いダイエット人生が始まった。
周りから見れば、内山さんは褒められる人だったのかもしれない。
努力できる。
学べる。
管理できる。
食の知識も身につけ、やがて管理栄養士になる。
それなのに、どれだけ周りから褒められても、自分だけが自分を認められなかった。
痩せても満たされない。
知識を得ても安心できない。
誰かに認められても、心の奥ではずっと自分を責めている。
20年間、お腹いっぱいに食べることは、ほとんどなかった。
口に入れた瞬間、胸の奥に罪悪感が広がる。
体重計の数字が怖い。
鏡に映る自分が許せない。
誰かの何気ない一言が、何年も心に残り続ける。
食べることは、本来、生きることだったはずだ。
誰かと食卓を囲むことは、温かい時間だったはずだ。
「おいしいね」と笑い合うことは、人が人として生きている証のようなものだったはずだ。
経営者向けのダイエットコンサルであり、管理栄養士の内山智美さんは、そんな声と20年以上向き合ってきた人である。
彼女は、食の専門家でありながら、誰よりも食べることに苦しんできた。
栄養を学びながら、自分の食欲を責めてきた。
人の健康を支える知識を持ちながら、自分自身の心はなかなか救えなかった。
その人生を変えたものがあった。
守るべき命だった。
自分のためには食べられなかった人が、子どものために食べた。
自分の身体を責め続けてきた人が、お腹の中の命を守るために、食べる意味をもう一度受け取り直した。
その時、内山さんは知っていく。
食べることは、悪ではない。
食べることは、命をつなぐこと。
自分を生かし、誰かを守り、愛を育てることなのだと。
今、内山さんが届けているのは、ダイエット指導だけではない。
笑顔の食卓である。
食べることに苦しんだ人が、もう一度「おいしい」と笑えるように。
自分を責めながら生きてきた人が、自分の身体と仲直りできるように。
過去の苦しみを、誰かのために使う力へと変えられるように。
これは、食べることを悪だと思っていた管理栄養士が、20年のダイエット地獄を越えて、誰かの食卓に笑顔を取り戻していく物語だ。
第1章|たった一言で、世界の見え方が変わった——食べることが悪になった少女時代
内山さんは、もともと食べることが好きな子だった。
食べることは、楽しいことだった。
ごはんを食べる時間は、怖いものではなかった。
家族と食卓を囲むことも、目の前のものを味わうことも、最初から苦しみだったわけではない。
幼い頃の内山さんの心には、少しずつ「太っていることはいけないことなんだ」という感覚が入り込んでいく。
きっかけのひとつは、姉だった。
姉が体型のことで周囲から何かを言われている姿を見た。
体型のことで言われている。
太っていることは、笑われることなのかもしれない。
太っていることは、よくないことなのかもしれない。
自分もそうなったら、同じように言われるのかもしれない。
「太っていることは、いけないことなんだ」
その思いは、やがて内山さん自身の身体を見る目を変えていく。
決定的だったのは、中学2年生の頃だった。
後ろから聞こえた言葉。
「足太くね」
自分に向けられたものだったのかは分からない。
それでも、内山さんの心は、その言葉を自分のものとして受け取ってしまった。
「それが私に向けられた言葉だったのかは分からないんです。でも、その時から、自分の足が太いんだと思うようになりました」
その日から、
食べることも変わっていった。
食べることは、太ること。
太ることは、恥ずかしいこと。
恥ずかしい身体になることは、自分の存在まで否定されるような怖さがあった。
そうして食べることは、怖いものになっていった。
内山さんは言う。
「食べることは好きだったんです。でも、太ることが怖くなっていきました」
この言葉の中には、ひとつの喪失がある。
食べる喜びを失っていく喪失。
自分の身体を信じられなくなっていく喪失。
誰かの何気ない一言で、自分の人生の見え方が変わってしまう喪失。
あの言葉は、毎日の食事のたびに顔を出す。
鏡を見るたびに蘇る。
体重計に乗るたびに、自分を責める理由になる。
内山さんにとって、「足太くね」という言葉は、ただの悪口ではなかった。
それは、自分の身体を疑い始める始まりだった。
内山さんは少しずつ、自分の身体を管理しようとするようになっていった。
ただ、痩せたかった。
ただ、太りたくなかった。
ただ、自分の身体を責められるような気がして怖かった。
ここから、内山さんの長いダイエットが始まる。
「太ってはいけない」
「食べてはいけない」
「もっと痩せなければいけない」
少女の胸に刻まれたその声は、やがて人生の進路まで変えていくことになる。
第2章|痩せたい気持ちは、人生の中心になった——ダイエットを極めようとした学生時代
中学から始まったダイエットは、高校に入っても終わらなかった。
むしろ、生活の中心になっていった。
何を食べるか。
どれだけ食べるか。
何を避けるか。
どうすれば太らないか。
食事は楽しむものではなく、管理するものになっていった。
内山さんは、自分の食事を自分で管理するようになる。
そして、自分だけではなく、姉や両親のお弁当まで作るようになった。
理由は、母の料理では太ると思っていたからだった。
「母の料理だと太ると思って、自分でお弁当を作っていました」
この言葉には、料理好きでは片づけられない切実さがある。
料理をすること自体に、興味もあったのかもしれない。
でも根っこには恐怖があった。
太りたくない。
食べるものを自分で決めたい。
自分の身体を自分でコントロールしたい。
食べることを誰かに委ねることが怖かった。
食べるものを自分で管理することで
自分の身体を守っているような気がした。
食べ物を管理すればするほど、食べることへの不安は強くなる。
知識を入れれば入れるほど、食べてはいけないものが増えていく。
太らないための努力は、いつの間にか、食べる喜びを奪っていった。
その一方で、食事が身体に与える影響も、身近なところで感じていた。
祖母が糖尿病になった。
「祖母が糖尿病になったこともあって、食事や栄養に興味を持つようになりました」
食べるものが、身体に影響する。
毎日の食事が、健康を左右する。
ダイエットへの執着と、家族の病気を通して感じた栄養への関心。
その二つが重なりながら、内山さんは少しずつ、食を学ぶ道へ進んでいった。
食に関わる仕事。
栄養を学ぶ道。
身体のことを知る管理栄養士の道に進むことを決める。
自分が苦しかった。
自分を変えたかった。
自分を救いたかった。
だから、学んだ。
そして、綺麗でいたかった。
「最初は、人を健康にしたいというより、ダイエットをもっと知りたい気持ちが強かったんです」
内山さんは、そう正直に話してくれた。
誰かのために、という綺麗な理由だけではなかった。
もっと痩せたい。
もっと綺麗になりたい。
自分を変えたい。
その切実な思いが、食を学ぶ道へ向かわせた。
周りから見れば、内山さんはきちんとしている人だった。
努力できる人。
頑張れる人。
自分を管理できる人。
でも、その内側は満たされていなかった。
「痩せても、満足できなかったんです。もっと、もっとって思っていました」
知識を身につけても、食べることへの怖さは消えない。
むしろ知れば知るほど、食べるものを選ぶ基準が増えていった。
これは食べていい。
これは食べない方がいい。
この量ならいい。
これを超えたらだめ。
これを食べたら太る。
食べ物を見るたびに、頭の中で判断が始まる。
食事は、楽しむものではなく、評価するものになっていた。
「食べたいのに、食べたらダメだと思っていました」
自分を変えるために学んだ知識が、時に自分を責める材料にもなる。
知れば自由になれると思っていた。
でも実際には、知れば知るほど、縛られていくこともあった。
内山さんの学生時代は、ただ夢に向かって進んだ時間ではない。
食べることへの恐怖を抱えたまま、食を学び続けた時間だった。
この時の内山さんは、まだ知らない。
自分を責めるために集めた知識が、いつか誰かを守る力に変わることを。
痩せたかった過去も、認められたかった痛みも、食べることが怖かった時間も、いつか誰かの食卓に笑顔を戻すために使われることを。
この時はまだ、苦しみの中にいた。
ただ、痩せたかった。
ただ、認められたかった。
ただ、自分の身体を好きになりたかった。
内山さんは、食の専門家としての道を歩みながら、さらに深いダイエット地獄へと進んでいく。
第3章|知識が増えても、心は救われなかった——社会に出ても終わらなかったダイエット地獄
管理栄養士の資格は取った。
ただ、職場実習に行った時、内山さんの中に違和感が残った。
学校で学ぶ食事指導は、正しい。
塩分、砂糖、出汁の量まで細かく測る。
身体に必要な栄養を考え、数値で整えていく。
でも、内山さんはそこで思った。
「家庭料理と違う」
毎日の台所は、もっと生活に近い。
家族がいて、仕事があって、忙しさがあって、その中でごはんを作る。
食事は数字だけで成り立っているものではない。
「これは、私が行きたい道じゃないと思ったんです」
資格は取った。
でも、そのまま管理栄養士として働く道は選ばなかった。
卒業後、内山さんはジュエリーショップで働き始める。
「すっごく楽しかったです」
その言葉には、当時の明るさがそのまま残っていた。
美しいものに触れる。
お客様に似合うものを一緒に選ぶ。
誰かが鏡の前で少し嬉しそうな顔をする。
その瞬間に立ち会えることが、内山さんにとっては楽しかった。
仕事では結果も出した。
好きなものに囲まれ、人と関わり、成果も出る。
周りから見れば、順調な日々だった。
その時期に、後に結婚相手となる人とも出会う。
仕事は楽しい。
認められる場面もある。
人生は前に進んでいるように見える。
それでも、内山さんの中にあった苦しみは、消えていなかった。
特に大阪時代。
その苦しみは、誰にも見せられない形で出ていた。
仕事が終わる。
コンビニでお菓子を買う。
それを食べながら、スーパーへ向かう。
さらに菓子パンやカップラーメン、お菓子を買い込む。
そして、吐く。
「自分でもおかしいと分かっていたんです。でも、止められませんでした」
この言葉は重い。
管理栄養士の資格を持っている。
食事や身体の知識もある。
身体に悪いことも分かっている。
それでも、止められなかった。
周りから見れば、内山さんはちゃんとしている人だった。
仕事もできる。
結果も出す。
努力もできる。
自分を管理できているように見える。
でも、夜になると、誰にも見せられない自分がいた。
食べて、吐く。
またやってしまったと思う。
それでも、また繰り返してしまう。
仕事で結果を出しても、心は満たされない。
誰かに認められても、自分を認められない。
美しいものに関わっていても、自分自身の身体には厳しい目を向けてしまう。
管理栄養士の資格があっても、食べることの苦しみから抜け出せなかった。
ジュエリーの仕事で結果を出しても、内側の空白は埋まらなかった。
この矛盾は、内山さんを長く苦しめた。
そして、この時はまだ知らなかった。
自分が隠したかった過去が、いつか誰かを救う力に変わることを。
食べて吐いていた夜の苦しみさえ、同じように苦しむ人の痛みを分かる力になることを。
人生には、痛みの意味が変わる瞬間がある。
内山さんにとって、その瞬間は、守るべき命とともに訪れる。
第4章|守る命ができた時、食べる意味が変わった——母になって取り戻した幸せと、食事指導の本質
内山さんは、不妊治療を4年経験した。
その時間の中で、これまでのダイエットと自分の身体を、初めて深く結びつけて考えるようになった。
「ずっとダイエットをしてきて、食べることを我慢して、自分の身体に厳しくしてきたんです。だから、不妊にも影響していたんじゃないかと感じる部分がありました」
自分を綺麗にしたくて続けてきたこと。
自分を変えたくて必死に積み重ねてきたこと。
「身体って、ちゃんと食べないと命をつくる力も弱くなってしまうんだなと思いました」
そして34歳で、妊娠する。
「本当に運よく、授かることができたんです」
内山さんは、そう振り返る。
4年の不妊治療を経て、ようやくお腹の中に命が宿った。
その出来事は、内山さんにとって、ただ子どもを授かったというだけではなかった。
ここで、食べる意味が変わった。
それまで食べることは、自分を太らせるものだった。
自分を責める理由だった。
罪悪感を生むものだった。
でも、お腹の中に守るべき命ができた時、食べることは「太ること」ではなく、「命を育てること」になった。
人は、守るべきものができた時に変われる。
自分のためには食べられなかった。
自分のためには、どうしても許せなかった。
自分のためには、食べることを幸せだと思えなかった。
でも、子どものためなら、食べなければならなかった。
お腹の中にいる命を守るために食べる。
育てるために食べる。
自分の身体を通して、子どもに栄養を届けるために食べる。
同じ「食べる」という行為なのに、意味がまったく変わった。
それまで避けていたものを口にした。
つわりの時には、柔らかいパンや菓子パンまで食べたくなった。
かつての内山さんなら、怖くて遠ざけていたものだった。
それを食べた時、内山さんの中で何かがほどけていく。
「それまでは、食べることにずっと罪悪感があったんです。食べたら太る、食べたらダメ、食べたら自分が弱いみたいに思っていました。でも妊娠して、お腹の中に子どもがいると思った時に、初めて“食べなきゃ”と思えたんです。自分のためには食べられなかったけど、この子のためなら食べなきゃいけない。そう思った時に、食べることの意味が変わりました」
それは、ただ食事量が増えたという話ではなかった。
内山さんにとって、食べることは長い間、自分を責める行為だった。
その食べることが、初めて誰かを守る行為になった。
内山さんは続ける。
「つわりの時に、今までだったら絶対に避けていたような柔らかいパンとか、菓子パンみたいなものが食べたくなったんです。今までなら“こんなの食べちゃダメ”って思っていたものを、罪悪感なく食べられた。その時に、食べるってこんなに幸せだったんだって思いました」
長い間、自分に許してこなかったことを、初めて許せた時間だった。
食べることを、罰ではなく幸せとして感じられた瞬間だった。
「食べる幸せを思い出させてくれたのは、息子のおかげです。息子がお腹にいてくれたから、私は食べることをもう一度、幸せなものとして受け取れたんだと思います」
守る命が、内山さんに食べる幸せを思い出させてくれた。
ただ、それですべてが綺麗に整ったわけではない。
食べることの楽しさを取り戻した内山さんは、その後、20キロ太った。
「食べることが楽しくなったんです。今までずっと我慢していたものを、やっと食べられるようになって。そしたら、今度は20キロ太りました」
20年間、食べることを抑えてきた。
お腹いっぱい食べることを許してこなかった。
食べたいものを食べるたびに、自分を責めてきた。
その蓋が開いた時、食べることは一気に喜びになった。
罪悪感なく食べられる。
おいしいと思って食べられる。
誰かのためにではなく、自分も食べていいと思える。
それは大きな回復だった。
同時に、身体は大きく変わった。
産後、内山さんはダイエットをした。
体重は戻した。
でも、その時にはもう、昔の自分には戻りたくなかった。
「産後ダイエットで体重は戻したんです。でも、もうあの頃みたいには戻りたくないと思いました」
あの頃。
食べることを怖がっていた頃。
お腹いっぱい食べることを許せなかった頃。
痩せても満たされず、食べては責めていた頃。
誰にも見せられない夜を繰り返していた頃。
体重を戻すことはできた。
でも、心まで昔に戻ってしまったら意味がない。
内山さんには、守るべき子どもがいた。
自分の身体を責め続ける母でいたくなかった。
食べることを悪だと思う姿を、子どもに見せ続けたくなかった。
食卓が罪悪感の場所になるのではなく、笑顔が生まれる場所であってほしかった。
ここで、内山さんの過去の苦しみは、少しずつ別の意味を持ち始める。
痩せたい人の気持ちが分かる。
食べることが怖い人の気持ちが分かる。
知識があっても変われない人の苦しさが分かる。
体重を戻したいけれど、昔のように自分を壊したくない人の痛みが分かる。
自分が20年以上苦しんできたことは、誰かのために使えるのではないか。
その思いが、少しずつ形になっていった。
ちょうどコロナの時期だった。
人と直接会うことが難しくなり、世の中の働き方も大きく変わっていった。
オンラインで人とつながることが、当たり前になり始めていた。
内山さんは思った。
オンラインでも、ダイエットはできる。
食事のことも、身体のことも、画面越しに伝えられる。
自分の経験と管理栄養士の知識を使えば、同じように苦しんでいる人の力になれるかもしれない。
「オンラインでダイエットを伝えられると思ったんです。私自身がずっと苦しんできたからこそ、同じように悩んでいる人の役に立てるんじゃないかと思いました」
管理栄養士の資格。
20年以上のダイエット経験。
食べることに苦しんだ日々。
妊娠と出産を通して取り戻した食べる幸せ。
産後ダイエットで感じた、もう昔には戻りたくないという思い。
それらが、一本の線につながっていく。
内山さんは、開業する。
それは、ただダイエットを教えるための開業ではなかった。
自分が抜け出したかった苦しみの中にいる人へ、もう一つの道を届けるための始まりだった。
食べることを責めなくていい。
体重を戻しても、心まで昔に戻らなくていい。
綺麗になることは、自分を傷つけることではない。
守るべきものができた時、人は変われる。
そして、過去の苦しみはすべて、誰かのために使う力に変えられる。
内山さんの仕事は、ここから始まっていった。
第5章|ダイエットを終わらせるために、食卓に笑顔を増やす——真の愛と美を追求する生き方
内山さんのゴールは、一時的に体重を落とすことではない。
体重が減ったから成功。
リバウンドしたから失敗。
そんな単純な話ではない。
本当の卒業は、ダイエット中の生活習慣が、その人の当たり前になることだ。
無理に我慢しなくても整う。
食べた自分を責めない。
自分に合った選び方ができる。
特別な努力としてではなく、暮らしの中に自然と根づいていく。
そして、食卓に笑顔が戻る。
「笑顔の食卓を作りたいんです」
内山さんの言葉は、まっすぐだった。
笑顔の食卓。
それは、ただ栄養バランスの整った食事が並ぶ場所ではない。
高価な食材が並ぶ場所でもない。
完璧な献立がある場所でもない。
食べる人が、自分を責めなくていい場所。
家族と「おいしいね」と言い合える場所。
食べることが、管理や罪悪感ではなく、安心や喜びにつながる場所。
内山さんがつくりたいのは、そういう食卓だ。
ダイエットで苦しむ人は、食べることを敵にしてしまうことがある。
体重を減らすために、食べる喜びを削る。
綺麗になるために、自分の身体を責める。
健康になるための努力が、いつの間にか心を苦しめる。
本当は、幸せになるために始めたはずだった。
綺麗になりたいのも、健康になりたいのも、自信を持ちたいのも、その先に幸せがあると信じているからだ。
なのに、その途中で食べることが怖くなり、自分を嫌いになり、毎日が苦しくなるなら、何かが違う。
内山さんは、その苦しみを知っている。
だからこそ、言う。
「ダイエットは、なくなればいいと思っています」
その言葉の奥には、食べることを敵にしなくていい世界をつくりたい、という願いがある。
体重の数字だけで自分の価値を決めなくていい世界をつくりたい。
女性が、母親が、働く人が、誰もが、食事で自分を責めなくていい世界をつくりたい。
そんな食卓を増やそうとしている。
内山さんが見ているのは、目の前の体重だけではない。
健康寿命。
人間関係。
家族の会話。
子どもたちの未来。
日本の食卓。
食事は、身体をつくる。
同時に、心もつくる。
食卓の空気は、家族の関係をつくる。
日々の選択は、その人の人生の土台をつくる。
笑顔の食卓が増えれば、健康な人が増えるかもしれない。
自分を責める人が減るかもしれない。
家族の会話が増えるかもしれない。
医療費が減り、社会も少しずつ変わるかもしれない。
内山さんの視線は、個人のダイエットを超えている。
一人の人が、自分を責めずに食べられるようになる。
その人の食卓に笑顔が戻る。
家族が変わる。
周りの人が変わる。
その積み重ねが、社会を変えていく。
大きなことを声高に語るのではない。
目の前の一人の食卓から始める。
そこに、内山さんらしさがある。
内山さんにとってのIKIGAIは、「真の愛と美を追求すること」だ。
「私にとって大事なのは、真の愛と美なんです。美しさって、ただ痩せることではないと思っています。外側だけを整えても、心が苦しかったら、本当の意味で美しいとは言えない。自分を大切にしながら、周りの人も大切にできること。自分の身体をちゃんと整えて、食卓に笑顔があること。そういう内側から満たされる美しさを、私は伝えていきたいんです」
美しさとは、ただ痩せることではない。
愛とは、ただ誰かのために我慢することでもない。
自分を大切にしながら、誰かを大切にすること。
命を整えながら、食卓に笑顔を増やしていくこと。
外側の美しさだけではなく、内側から満たされて生きること。
そのすべてが、内山さんの言う「真の愛と美」につながっている。
20年もの間、食べることを悪だと思ってきた苦しみは、今、誰かの未来の食卓を照らす力に変わっている。
食べてもいい。
あなたの身体を責めなくていい。
過去の苦しみは、誰かを救う力に変えられる。
内山さんの言葉が届くのは、知識があるからだけではない。
資格があるからだけでもない。
自分自身が、食べることに苦しみ、食べる幸せを失い、もう一度取り戻してきた人だからだ。
食べることは、悪ではない。
食べることは、命をつなぐこと。
食べることは、自分を生かし、誰かを守ること。
食卓に笑顔が戻る時、人はもう一度、自分の人生を生き始める。

あとがき|生業の奥にある、本質
内山さんの話を聞きながら、私は何度も考えていた。
人は、自分の生業を何のために営むのだろうか。
生活のため。
家族のため。
自分の夢のため。
誰かに認められるため。
きっと、どれも間違っていない。
私たちは現実の中で生きている。
売上も必要だ。
生活もある。
守るべき人もいる。
綺麗ごとだけでは、事業は続かない。
それでも、人のため、社会のため、次世代のため。
そう考えた時、仕事はただの仕事ではなくなる。
自分の生業の奥にある本質が姿を現しはじめる。
内山さんは、ダイエットを教えている。
管理栄養士として、食事や身体のことを伝えている。
表面だけ見れば、そういう仕事に見えるかもしれない。
けれど、話を聞けば聞くほど、そこにあるのは単なるダイエット指導ではなかった。
20年以上、食べることに苦しんだ。
お腹いっぱい食べることを許せなかった。
食べては吐き、自分を責め、知識があっても自分を救えなかった。
守るべき命ができた時、ようやく食べることの意味が変わった。
そして、もう昔のようには戻りたくないと決めた。
そのすべてを通って、内山さんは今、笑顔の食卓をつくろうとしている。
私は、ここに生業の本質があるのだと思う。
自分が傷ついた場所で、誰かを守る。
自分が苦しんだテーマで、社会に問いを立てる。
自分が取り戻したものを、今度は誰かに手渡していく。
仕事とは、本来そういうものなのかもしれない。
最初は、自分のためだったかもしれない。
痩せたかった。
綺麗でいたかった。
認められたかった。
自分を変えたかった。
でも、その痛みを深く見つめた時、同じように苦しんでいる誰かの顔が見えてくる。
誰かのために使おうとした時、自分だけの経験だったものが、社会へ開かれていく。
内山さんの仕事は
愛がある。
家族がある。
笑顔の食卓がある。
そして次世代へ残したい願いがある。
「笑顔の食卓を増やしたい」
人は、自分の痛みを誰かのために使うと決めた時、本質へ向かうのかもしれない。
それは、簡単なことではない。
痛みを語ることは、自分の弱さをさらすことでもある。
過去を誰かのために使うには、もう一度その過去に触れなければならない。
それでも、その先にしか届かない人がいる。
食べることが怖い人。
体重の数字に人生を支配されている人。
周りから褒められても、自分を認められない人。
守るべきものがあるのに、自分自身を大切にできない人。
内山さんの言葉は、そういう人に届く。
あなたは悪くない。
食べることは悪じゃない。
美しくなりたいと願ったあなたも、間違っていない。
ただ、自分を傷つけるやり方ではなく、自分を生かすやり方を選んでいい。
私は、内山さんの生き方に、IKIGAIのひとつの形を見た。
IKIGAIとは、最初から立派な使命として現れるものではないのかもしれない。
むしろ、自分の弱さや痛みや、誰にも見せたくなかった過去の中に眠っていることがある。
それを自分のためだけで終わらせず、誰かのため、社会のため、次世代のために差し出した時、生業は、IKIGAIに変わる。
あなたの仕事は、何のためにあるだろうか。
あなたが積み重ねてきた痛みは、誰の力になるだろうか。
あなたが守りたい食卓は、どこにあるだろうか。
あなたが越えてきた苦しみも、いつか誰かを支える力になるのかもしれない。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師



