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木が森になるように、人は志で束になる——私たちは「好き」で森を守る、日本の森と「和」の精神
宮浦英樹.片岡伸介 合同会社 木生活
木を暮らしに戻し、日本の森を未来へつなぐ人たち
愛媛県松山市
木が森になるように、人は志で束になる——私たちは「好き」で森を守る、日本の森と「和」の精神
あなたの周りに、こんな仲間はいないだろうか。
性格も違う。得意なことも全然違う。仕事のスタイルも、物事の捉え方も、人生における価値観でさえも違う。それなのに、一緒にいると不思議と前に進む。
現代社会では「足並みを揃えろ」「同じ方向を向ける」という圧力が強い。チームとは統一されたものであるべきで、みんなが同じ価値観を持ち、同じ目標に向かってしっかり進んでいくことが「強さ」だと思われている。
しかし、本当に強いチームとは何なのだろうか。
愛媛県松山市・三津浜の街。木の香りが漂う小さな店舗で商いを始めた彼らは、木製の腕時計、スマホケース、ブックカバーが並ぶ店内で、日本の森の未来を語る。
合同会社木生活は、2020年に三津浜のチャレンジショップとして産声を上げた。木材業界に身を置く3人の男性——片岡伸介さん、宮浦英樹さん、平野大輔さんが、木材青年協議会での15年来の縁で集まって立ち上げた会社だ。
この会社の本質は、単なる木製雑貨店ではない。
「木を暮らしに戻すことで、森・地域経済・人の感覚をつなぎ直す」という強い考えを持った場所である。
この記事では、3つの問いを立てている。
なぜ木材のプロが「建築材」ではなく「雑貨」を作るのか。
3人がなぜ15年間、同じ方向に向かって長く続けられるのか。
そして「木を使うこと」が「森を守ること」になるとは、どういうことなのか。
木が一本では森にならない。
しかし、それぞれが根を張って、空に向かって伸びていけば、いつか森になる。
同じ志があれば、それは「和」になる。
あなたには今、同じ志を持って共鳴し合える仲間がいるだろうか。
第1章|「木を使うこと、森を救う」——その真実が、すべての始まりにある
「そもそも、今の日本の森林は木を切らなければいけないタイミングなんですよ」
片岡さんの口からこの言葉が出た瞬間、私はハッとさせられた。環境保護と聞けば、多くの人が「木をそのまま残すべきだ」「森をそのまま残すべきだ」と考えている。
日本の森林が抱える構造的な課題
日本には、戦後に植林されたスギ・ヒノキの人工林が広く存在する。
木は生き物だ。若い木ほど旺盛に光合成をして二酸化炭素を吸収し、酸素を排出する。
「光合成なんかでも、二酸化炭素を吸うのはやっぱり若い木ですね。老木になってきますと、その二酸化炭素の吸収量が減ってくるわけですよ」
だからこそ、適切な時期に木を切り、使い、そして新たに若い木を植える。
この「伐って、使って、植える」というサイクルを回してこそ、50年後の健康な森がつくられ、地球環境も守られていく。
ここで重要なのは、「伐って終わり」ではなく、「伐って、使って、植える」という循環だ。若い木は二酸化炭素の吸収量が多く、環境負荷の低減に貢献する。老木は吸収量が減り、森林としての機能が落ちていく。伐った木は木材として炭素を固定し、植林によって新たな苗木を植えることで、次の50年に向けた森づくりが始まる。
この循環が止まると、森は老齢化し、土砂災害リスクの増大や生物多様性の低下など、さまざまな問題が起きる。
知られざる木材価格の構造問題
さらに深刻なのは、木材の価格構造の問題だ。片岡さんはこう指摘する。
「家が1軒建てば量的には動くんですけど、今の家の値段の中で、木材の価格って上がってないんですよ。価値がきちんと考えられていない。キッチンとか、そういうものはだんだん高くなっても、それが現実なんですよね」
物価が上がる中で、住宅のキッチンやさまざまな設備の価格はどんどん上がっているのに、構造を支える木材の価格は上がっていない。
「家を買う人にも知識がないので、そういう流れになってしまうし、そこに対価が払えないから、ハウスメーカーもそこは上げられず、安く買う流れになったのかなと思いますね」
実は、筆者もこの事実を知らなかった。
この「知らない」という現実こそが、木生活が生まれた最大の理由でもある。知ってもらえれば、変わる。気づいてもらえれば、動く。人は本質を理解した時、自然と行動が変わる。木生活が目指しているのは、この「気づき」を日本の中に届けることだ。
あなたは今日、木に触れましたか。
そして、その木がどこから来たのか、考えましたか。
第2章|「量より接点」——なぜ建築材ではなく雑貨・日用品なのか
木材業界のプロフェッショナルである彼らが、なぜ消費量の多い建築材ではなく、あえて雑貨や小物を作るのか。
宮浦さんは、まず冷静に現実を整理する。
「建築材はもちろんたくさん使うんですけど、大型の物件なんかも含めて、使用量としてはやっぱり大きいんです」
家1軒を建てれば、構造材・下地材・内装材まで含めて、数十〜数百本分の木材が一気に動く。公共建築や大型の商業施設になれば、その量はさらに大きくなる。これに比べれば、木製腕時計やスマホケース、森のブックカバーで使う木材の量はほんのわずかだ。
業界の内側だけの視点で見れば、「建築材や構造材に注力していく方が、木を大量に動かせる」という判断は、ある意味では妥当だろう。
しかし、宮浦さんはその先を見ている。
「結局、木を使うことが森を救うって知ってもらうことが難しい。皆さんの身近なものにもっと木を使ってもらって、意識してもらうことが、森を守ることにもつながっていきます。量としては少ないですが、身近にあるもので知ってもらうために、雑貨という形で発信しているということです」
木生活は「翻訳装置」として機能している
木生活は、この「業界の論理」と「生活者の認識」のギャップを踏まえた「翻訳装置」として機能している。現在の木生活では、愛媛県産材「媛ひのき」「媛すぎ」を使った100種類を超える木製雑貨を展開している。
木生活は既製商品を売っているのではない。日々の暮らしの中に「木との関係性」を届け、「木の価値」を「日常のうれしさ・心地よさ」として翻訳しているのだ。
「国産だからいい」ではなく「適材適所でいい」
さらに片岡さんは、「国産材だから良い」「外材だから悪い」という単純な二分論は取らない。
「僕自身は、外材だろうが国産材だろうが、木は一緒っていう感覚なんですよね。その木が持っている特性を踏まえた商品を作ることが一番大事だと」
今後、国や自治体を挙げて「国産材・県産材を使おう」という動きは前向きだ。しかし、片岡さんはここに一つの落とし穴を見ている。
「今、国も県も県産材に重点を置いて、それを何とか売り込もうとしているのは分かるんですけど、必要じゃないところに持っていって、結果としていいパフォーマンスが出なかったら、消費者に国産材の悪いイメージを与える可能性がある」
国産材だから無条件に素晴らしい、という考えで無理に合わない用途に使えば、消費者に悪いイメージを与えてしまう。それは業界全体にとってマイナスでしかない。
「価格で言うと、国産材の方が安くなりがちです。ただ、杉や檜でも、例えばすごく特殊なものだったら高いでしょうし、いろんなものがあるので、それぞれです」
外材は密度が高いため、ダイニングテーブルや椅子といった家具・カウンターなどの「付加価値の高い一点物」に向いている。その分、価格も高くなりやすい。
一方、スギやヒノキなどの国産材(特に針葉樹)は軽くて柔らかく、加工がしやすい。日本の木造住宅の構造材・内装材としては非常に優れているが、硬さやキズのつきやすさなどから、テーブルなどの家具には向かないケースもある。
木生活は、この「素材の本質」を踏まえながら、国産材の特性が活きる「雑貨・日用品」というフィールドで価値を考えている。
第3章|「バラバラだから、強い」——15年間続いた3人の「和」の正体
出会いは「愛媛木材青年協議会」——15年という時間の重み
3人が出会ったのは、「愛媛木材青年協議会」という団体だった。
全国組織として木材青年協議会があり、都道府県ごとに支部がある。愛媛では、木材関連の事業に携わる若手が集まり、勉強会や見学会、情報交換を行っていた。
宮浦さんは森林組合の職員として、山の現場から木材を前に出す立場で参加していた。片岡さんは、ハウスメーカー向けの住宅部材を製造する会社にいて、「切ったり貼ったりして作る特殊な材料」を担当する技術者として参加していた。
「その会の中では、顔とか名前を知っていたくらいだけど、どんなことに興味があるかは、その時点でだいたい分かってたので」
「大丈夫」と言うだけで、何もしない側に回らないために
「よくあるんだけど、その現状に対して不満を言っているのに何も行動しないことにモヤモヤしてました。特に私たちは当時まだ経営者じゃなかったので、もっとこうしたら良いのにって言う人はいっぱいいて、それをお互い持ち寄って色々話し合ってたんですけど、その中で実際にやってみようか、ということで動き出しました」
この「志」と「タイミング」が重なったことが、木生活立ち上げの直接のきっかけになった。偶然のような、必然のような出会いの重なりだった。
現在の役割分担と「折れない」構造
現在、木生活の運営は、3人それぞれの得意分野を軸にした形で自然に動いている。
重要なのは、この役割分担が「決められたもの」ではなく、「自然に生まれたもの」だという点だ。それぞれが自分の得意なことを自然に担い、気づけば補い合っている。
第4章|「楽しい」と「自由」が、社会を変える——それぞれの魂が交差する場所
インタビューの終盤、それぞれの「IKIGAI」を聞いた。
片岡さん:「嫌なことも、どうせやるなら楽しんで」
「やっぱり毎日、楽しいことが一番ですよね。楽しむにはそれなりにお金も必要ですし、かといって大金持ちになりたいわけでもない。自分がやりたいこと、商品を作ることもそうやし、山の手入れをすることもそうですし、木材に関わることの中で、自分がやりたいことを楽しくやれるのが一番だと思います」
前提にあるのは、「ものづくりが好き」という感情。
その上で、「やると決めたことは楽しむ」という姿勢を意識的に選んでいる。
「事業は、自分がやりたいことが先にあるべきだという考えです」
という一貫した価値観がある。
さらに片岡さんには、業界全体への夢がある。
「この木材業界で、山主さんから木を伐って、製材して、加工して、プレカットして、家を建てる人、また木製製品を作る人まで、すべての人が補助金を使わずに事業として営めるようになるのが夢ですよね。補助金に縛られるのではなく、価値を生んで世の中に提供して、残していきたい」
純粋なビジネスとして、木材業界全体が自立していく未来を目指している。
宮浦さん:「自分を自由にする」
宮浦さんは、「自由」という言葉で自分のIKIGAIを表現した。
「私は自分の思い通りにしたいんですよね。それを突き詰めていくと、多分、自分を自由にしたいんですよね。自由にするために会社も辞めて仕事も見つけたし、木生活という、いろんなことが受け入れられる自由な組織も、この3人だから今のところうまくいってるし。それが楽しい」
「私は広く浅くのスタンスなんですよ」
宮浦さんは木生活の「翻訳者」としての役割を支えている。山側・製材側・建築側・生活者側、どの立場の人が来ても会話できる。その上で、正しい専門家や協力者につなぐこともできる。
違うIKIGAIが、一つの志で束になる
片岡さんは「楽しいこと」。宮浦さんは「自由であること」。IKIGAIの言語化は違うが、二人とも「木材に関わる仕事」を大切にしながら、それを実現している点では共通している。
片岡さんは木材の現場・加工・商品開発を「楽しく」続けている。宮浦さんは木材の川上から川下まで自由に動ける立場を選んでいる。その二人が、「木材の価値をもっと認めてもらって、どんどん使ってもらえるようにする」という志で束になっている。それが木生活だ。
あなたの「IKIGAI」は、今の仕事とどうつながっているだろうか。
そして、そのIKIGAIは、誰かのIKIGAIと重なり合っているだろうか。
第5章|「木が森になるように」——補助金に頼らない木材業界と、その先のビジョン
木生活には、こんな目標もある。
「最終的には、全国の人に木生活の名前を知ってもらえるまでになれば」
そのためには、現状の「店舗+限定的なオンライン販売」から一歩進めて、「販売力」の強化が必要だという。
現在は三津浜の店舗での対面販売、一部オンラインでの販売、東京など都市部のイベントへの出展が主な販売チャネルだ。
「国産材を使って、みんなに広める商品の開発をしたい」
「でも、職人の手仕事では量産ができない。価格とのバランスなど、現実的な壁があります」
その現実の中でも、諦めない
片岡さんは素材と加工の知識で本質を支え、宮浦さんは関係者を巻き込んでいく。そして平野さんは外に向かって扉を開く。3人がそれぞれの方向に力を発揮しながら、同じ場所へ向かっていく。
3人は共鳴し合っていると感じる。
「木材の価値をもっと認めてもらって、どんどん使ってもらえるようにするということが、共通の目標かなって思ってますね」
日々「木材に関わることは何でもあり」という立ち位置で現場の課題に向き合っている。3人それぞれが本業や生活も抱えながら、「無理のない範囲で続けられる形」を選んでいる。
木は一本ではただの木だ。
だけど、それぞれの木が自分の根を張り、自分のペースで空へ伸びていく。隣の木と同じ形にしなくてもいい。同じ速さで伸びなくてもいい。それぞれが自分の場所で懸命に生きることで、気づけば豊かな森になっている。
一人でも多くの人がその宝に気づくことで、その宝は次世代へも残っていく。IKIGAIとともに。

あとがき|違ってもいい。同じ志があれば、それは「和」になる
今回のインタビューは、環境問題や木材業界の構造といった大きなテーマを含みながら、終始「自然体」の空気の中で進んだ。そこにあったのは、きれいごとではなく、3人がそれぞれの立場から見てきた現実と、「それでも自分たちにできること」を具体的に形にしてきた歴史だ。
これらの積み重ねが、「木生活」という一つの場をつくっていた。
片岡さんと宮浦さんの話を聞いていて、私は日本の昔ながらの「和」の精神を思い出した。和とは、全員が同じになることではない。それぞれが違う個性を持ち、違う強みを持ち、違うIKIGAIを持ちながら、同じ志のもとに共鳴し合うことだ。
昔の日本には、剣の道、茶の道、花の道——それぞれが違う道を極めながら、あり方の違いを尊重し、一つの文化を守ってきた人たちがいた。
今の木生活の3人も、そういう関係に通ずるものを感じた。
片岡さんのIKIGAIは「楽しむこと」。
宮浦さんのIKIGAIは「自由であること」。
二人の性格も、得意分野も、ものの見方も違う。
しかしその二人が「木材の価値を広め、日本の森を守る」という一点で束になった時、一人では生み出せない力が生まれた。
彼らが15年間ブレなかった理由は、自然だった。
「好き」を続け、「楽しい」から磨き、「自由」だから動き続けた。
誰かに言われたからではなく、心から面白いと思ったから動いていた。
木生活の雑貨に込められた温もりの奥には、日本の森の未来と、自由でかっこいい大人たちの生き様が詰まっている。
あなたには今、違いを認め合いながら、同じ志で共鳴できる仲間がいるだろうか。
そして、あなた自身の「志」は、言葉にできるだろうか。
違っていてもいい。
同じ志があれば、
それは「和」となり、
大きな力となる。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師









