夢の続きは、清掃の中にあった——元バンドマン社長が貫く“仕事への誇り”

合同会社ピカリ 成田健太

仕事の誇りを磨くハウスクリーニング経営者

神奈川県相模原市

夢の続きは、清掃の中にあった——元バンドマン社長が貫く“仕事への誇り”

中学時代からバンドに打ち込み、三十歳頃まで本気で音楽を続けた。メジャーの話もあった。それでも、自分たちのやりたいことを曲げてまで進む道は選ばなかった。多くの人がそこを「夢を追っていた時代」と呼ぶのかもしれない。けれど、成田さんの感覚は少し違う。

「扱ってるものが変わっただけで、追ってるものは同じ」

「自分の世界を作りたい」

今、成田健太さんが向き合っているのは音楽ではない。清掃、ハウスクリーニングだ。

そこでやっていることは、自分のやりたいことを、自分のやり方で形にすること。自分が信じる価値を、目の前の世界に少しずつ実装していくこと。誰かに決められた正解に従うのではなく、自分の感覚で「こっちだ」と思う方へ進み続けること。

合同会社ピカリの代表として、成田さんは今、清掃という仕事に真正面から向き合っている。

そしてこの仕事の誇りを少しでも取り戻したい。

「タオル1枚、雑巾1枚あればやれる仕事」

「ただ拭いていればお金になる仕事」

そんなふうに思う同僚に対して、成田さんはずっと違和感を抱いてきた。いや、もっと言えば、怒りを抱いていた。何もできないから清掃の仕事をしている。だから誇りを持てずにいる。その空気が、どうしても許せなかったのだ。

だから独立した。

だから理想を形にしようとした。

だから今もなお、清掃を「かっこいい仕事」にしようと本気で挑み続けている。

仕事に誇りをもつこと。

それは、対外的に認められるだけではない。

職業の肩書きで価値を決めることでもない。

自分の仕事の本質を、自分自身が信じ抜けるかどうか。

成田さんの生き方は、その問いに真正面から挑む。

あなたは自分の仕事に誇りをもっていますか?

 

第1章|髪型が自由だったから入った——でも、その仕事の奥に“本質”を見てしまった

成田さんが清掃業に入った最初の理由は、いわゆる「志」や「使命感」ではなかった。

当時の成田さんは、バンド活動の真っ只中にいた。中学の頃から好きなバンドに憧れ、自分でも音楽を始めた。ライブをして、チケットを売って、ノルマをこなしながら、自分たちの表現を磨いていく。髪も派手にして、見た目も含めて自分のスタイルをつくっていた。

だからこそ、普通の会社員のように、見た目や髪型に厳しい環境は合わなかった。

「髪の色とか髪質とか色々問われないので、清掃の会社に入った。きっかけはそれですね」生活との折り合いの中で選んだ仕事が、結果として人生の形をつくっていく。成田さんにとっての清掃業も、まさにそうだった。

しかも、そこには夢を追いながら働いている人間がいた。プロボクサーの仲間もいたという。どこか、同じ匂いがあったのだと思う。何かを本気で追いながら、現実も生きている人たちの場所だった。

そうして入った現場で、成田さんは思っていた以上のものを見ることになる。

前職では、工場やビルメンテナンス系の清掃に約十年携わった。建物の管理、床の清掃、衛生の維持、劣化との向き合い方。そこには、外から見ているだけでは分からない奥行きがあった。

一見すると、清掃は単純作業に見える。
汚れを落とす。
拭く。
磨く。
きれいにする。
確かに、動作だけ見ればそうかもしれない。

だが現場に入れば分かる。
どの洗剤を使うか。
どの素材にどう触れるか。
どの力加減で、どの手順で処置するか。
それによって、結果はまったく変わる。

その場だけきれいに見せることはできる。
けれど、それが本当に「いい仕事」かどうかは別だ。

成田さんは、そこに気づいてしまった。

本来清掃とは、ただ汚れを落とすことではない。
建物や空間の価値を守ること。
使う人が気持ちよく過ごせる状態を保つこと。
そして何より、劣化させず、長くいい状態を維持すること。

それは、決して雑に扱っていい仕事ではなかった。
むしろ逆だ。
とても繊細で、知識と技術が問われる仕事だった。

夢を追いながら続けるための「仮の仕事」のつもりで入ったはずの業界で、成田さんは、仕事の本質に触れてしまった。
その瞬間から、清掃はもう「食うためだけの仕事」ではなくなっていたのだと思う。

そしてその気づきは、次第にモヤモヤへと変わっていく。
なぜなら、その本質を、業界の中の人たち自身が十分に大事にしていないように見えたからだ。

第2章|「雑巾1枚あればできる仕事」じゃない——成田さんが業界に抱いた、静かな怒り

清掃業界には、ある種の軽さがある。
少なくとも成田さんは、そういう空気をずっと感じてきた。

「タオル1枚、雑巾1枚あればやれる仕事」
「本当にもうタオル1枚持って拭いてればお金が発生する仕事みたいな」

そういう言い方をする人がいた。
しかもそれは、業界の外側だけの話ではない。
中にいる人間まで、どこかそんなふうに思ってしまっている場面があった。

もちろん、すべての人がそうではない。
少なくとも成田さんが現場で感じていたのは、仕事の本質を見るよりも、与えられたことをこなして終わる空気だった。

「本質を見るんじゃなくて、与えられた仕事ただやってるような」

成田さんが嫌だったのは、仕事が地味なことでも、きついことでもない。
誇れるだけの価値がある仕事なのに、それを誇りを持たずにこなしてしまっていること。
その空気の方だったのだと思う。

本来、清掃は“今だけ”きれいならいい仕事ではない。
「今綺麗になればいい話でもなかったり」

これも、成田さんの中にずっとある基準だ。

強い洗剤で無理に落とす。
力づくで削る。
その場では確かにきれいになる。
見た目だけ見れば成果が出ているように見える。
でも、そのやり方が素材を傷め、建物を劣化させることもある。

「やってないほうが全然劣化してないのに、毎年僕らが触ってるから変わってるところの方がどんどん痛んでいってしまう」

本当にプロなら、目先の仕上がりだけで満足しないはずだ。
“きれいにしたように見せること”ではなく、
“長くいい状態を守ること”まで含めて責任を持つはずだ。
そこに知識が要る。
経験が要る。
判断が要る。
つまり、本来かなり高度な仕事なのだ。

なのに、それが「誰でもできること」のように扱われる。
そして働く側もまた、「掃除くらいしかできないから」という感覚で入ってきてしまう。
成田さんは、その構造そのものに違和感を持っていた。

本当は違う。
この仕事はもっと誇れる。
もっと価値がある。
もっと丁寧に扱われるべきだ。
もっとプロフェッショナルな仕事であるはずだ。

その思いが、現場経験の中で少しずつ確信になっていった。

「もっといいものが出せるんじゃないかな」

独立の原点は、たぶんこの一言に尽きる。
本当にやりたい仕事の仕方があった。
本当に届けたい価値があった。
なのに、それを今のままでは実現できない。
だったら、自分でやるしかない。

そう思うまでに、時間はかかったのかもしれない。
ただ、気づいてしまった以上、もう元の感覚には戻れなかった。

 

 

第3章|清掃を“かっこいい仕事”にしたかった——独立は、誇りを取り戻すための挑戦だった

2014年、成田さんは独立する。

そこに至るまでには、もう一つ大きな流れがあった。
三十歳頃まで続けてきたバンド活動が、一つの区切りを迎えたことだ。

音楽は本気だった。
ただの趣味ではない。
自分たちの表現にこだわり、メジャーの話もあった。
けれど、そこで求められるものと、自分たちが本当にやりたいことにはずれがあった。売れるために、自分たちのこだわりを曲げる道は選ばなかった。

その意味で、成田さんは音楽を「やめた」のではない。
やり切ったのだと思う。
そして、そこに注いでいたエネルギーが、そのまま事業へと流れ込んだ。

「この感覚は理解されなくてもいいし、綺麗ごとに感じるかもしれないですが、僕の感覚では同じものを追ってるんです」


情熱の対象が、音から空間に変わった。
「自分の世界を創っていく」

独立当初はもちろん大変だった。
ゼロからの立ち上げ。
仕事を取ること。
仕組みをつくること。
理想を現場に落とし込むこと。
簡単なことではなかったはずだ。

それでも、成田さんの口から出てきたのは、苦労話より先に「楽しかった」という言葉だった。

「0から1はやっぱ楽しい」

そして、成田さんがつくりたかったのは、単に“自分の会社”ではなかった。
もっと明確に、“清掃の仕事に誇りを持てる現場”だった。

「高い技術であったり、高い知識を持ったプロとして」

この仕事を、そういうものとして成立させたかった。
ただ体を動かして、汚れた場所をきれいにするだけではない。
素材を理解し、建物を理解し、長期的な維持を見据えて判断できる。
そんな知的で技術的な仕事として、清掃を成立させたかった。

いわゆる3Kの仕事、きつい・汚い・危険、そんなイメージのまま終わらせたくなかった。
成田さんは、清掃を「かっこいい仕事」にしたかったのだ。

世間から称賛されるような派手な仕事じゃなくてもいい。
でも、やっている本人たちが「これ、かっこいいよ」と言える仕事にしたい。

さらに成田さんは、清掃を「誰もやりたくないことを代わりにやる仕事」としてではなく、
「俺たちしかできない、やれない掃除をやれるプロフェッショナル」として捉えていた。

押し付けられた仕事ではない。
仕方なくやる仕事でもない。
自分たちにしかできない価値を出す仕事。
その認識の違いが、現場の質を変え、会社の空気を変え、働く人の姿勢を変えていく。

成田さんは、業界全部を変えるとまでは言わない。
だけど少なくとも、「自分の前にある世界から」変えたいと考えている。

目の前のお客さん。
目の前の床。
目の前の建物。
目の前で働く仲間。
そこに理想を落とし続ける。
本当の変化は、その積み重ねの先にしか生まれない。

成田さんは自分の理想と責任を背負った。

第4章|「自分には何もない」から来た人が、誇りを取り戻していく

清掃業は、最初から「ここで人生を切り拓きたい」と思って入ってくる人ばかりの業界ではない。
むしろ逆かもしれない。

成田さんの会社に来る人の中にも、最初は自信を失っている人が多いという。
「何も無いですよって言う人が多いんですよね」

自分にはスキルがない。
誇れるものがない。
他にできることがない。
そう思っている人が、「これなら自分にもできるんじゃないかな」と清掃の仕事を選ぶ。

それは、決して前向きなスタートではないのかもしれない。
でも、ここで得られるものは絶対にある。

成田さんの会社は、離職率がかなり低いという。
この五年で辞めたのは一人。
その背景にははっきりした理由があるように思う。

この仕事は、感謝が返ってきやすいのだ。
きれいになる。
空気が変わる。
使う人が喜ぶ。
そして何より、お客さんから直接「ありがとう」と言われる。

成田さんは、それが大きいと言う。

「やっぱり嬉しいっすね」
作業が終わったあとの現場には、独特の静けさがある。
汚れが落ちた、というだけではない。
光の反射が変わる。
空気が変わる。

「こんなに変わるんですね」
「助かりました、ありがとうございます」

たったその一言かもしれない。
でも、自分には何もないと思っていた人にとって、その言葉は小さくない。
自分の手で、誰かの空間を整えた。
自分の仕事で、誰かの気持ちを少し軽くできた。
その実感が、少しずつ人を変えていく。

たぶん、人は役に立てたと感じた時に、初めて自分の存在価値を実感できる。
特別な能力があるから誇りを持てるのではない。
誰かに必要とされ、自分の仕事がちゃんと届いたと感じられた時に、少しずつ誇りは育っていく。

だからこそ、成田さんの会社では、自己肯定感の低かった人が変わっていく。
何もないと思っていた人が、自分の仕事に意味を見出していく。
感謝されることで、自分にも誰かを喜ばせる力があると知っていく。

仕事は、生活のための手段でもある。
けれどそれだけでは、人は長くは続かない。
心のどこかで「これがいい」と思えるものが必要になる。
成田さんの会社には、その「これでいい」を、少しずつ「これがいい」に変えていく力がある。

それは成田さん自身が本気で仕事を誇っているからこそ、生まれる空気だ。

第5章|やりたいことをやること——清掃の先に見ている未来

インタビューの終盤で、成田さんのIKIGAIについて、率直に話してくれた。

「やりたいことをやること」
「綺麗事ではなく、自分のやりたいことをやってるだけ」

まず、自分が本気でやりたいことをやる。
その結果として、人の役に立つのが理想。

自分が本当にやりたいことを突き詰めた人の仕事ほど、強い。
嫌々やっている人より、好きで誇りを持ってやっている人の方が、いい仕事をするに決まっているからだ。

今、成田さんは清掃という形で、建物や空間を守っている。
きれいにするだけではない。
劣化させず、価値を維持し、いい状態を残していく。
その感覚は、掃除そのものを超えている。

だからこそ成田さんは、将来的に「ハウスクリーニング」という枠に収まり続けるとは限らないとも感じている。

軸はそこではない。
もっと深いところにある。

それは、いいものを残したいということだ。

地域の個人店や企業。
ちゃんと価値のあるもの。
長く残ってほしいもの。
人が大切にしてきたもの。
そうしたものが、雑に扱われ、壊れ、消えていくのではなく、きちんと維持され、次に渡されていくこと。
今はそのために掃除をしている。
でも方法は、これから変わっていくかもしれない。

この感覚もまた、音楽とよく似ているのかもしれない。
表現する対象や手段は変わる。
でも、追っているものの核は変わらない。
自分の世界をつくること。
好きなものを残すこと。
本当に価値があると思うものを、目の前の現実の中で守り抜くこと。

だから成田さんにとって、夢は過去のものではない。
今も続いている。
ただ、舞台が変わっただけだ。

音楽をやっていた頃の情熱と、今清掃に注いでいる情熱は、切れていない。
一直線につながっている。

やりたいことをやる。
それを仕事として成立させる。プロとしてやる。
その結果、人の役に立ち、周囲を少しずつ良くしていく。
成田さんはもう、実際にそれを始めている。

夢の続きは、清掃の中にあった。
だけどそれは、清掃で終わる夢ではない。
これから先も形を変えながら、成田さんの「やりたいこと」は、もっと広い世界へ伸びていく。

IKIGAIと共に。

 

あとがき|仕事に誇りをもつとは、自分の仕事の本質を信じ抜くこと

今回、成田さんの話を聞いていて、何度も考えたことがある。
仕事に誇りをもつとは、いったいどういうことなのか、ということだ。

立派な肩書きがあることだろうか。
人からすごいと言われることだろうか。
収入が高いことだろうか。

成田さんの話を聞いていると、それだけではまったく足りないと思わされた。

仕事に誇りをもつとは、
自分の仕事の本質を、自分自身が信じていることだ。

見下されることがあっても、
軽く扱われることがあっても、
その仕事の中にある本当の価値を、自分は知っている。
だから磨ける。
だから貫ける。
だから人にも伝わる。

成田さんは、清掃という仕事を無理に美化しようとしているわけではない。
ただ、本来誇れるはずの仕事を、誇れる形でやろうとしているだけだ。
そして、その姿勢が、周りの人の尊厳まで少しずつ回復させていく。

自分には何もないと思っていた人が、
感謝されることで、自分の仕事に意味を見出していく。
見下されがちな仕事が、実は高い技術と知識を要するプロの仕事だったと気づかされる。
そんなふうに、ひとりの経営者の誇りが、周囲の景色を変えていく。

私は今回、成田さんの話を通して、改めて感じた。
仕事とは、単なる労働ではない。
そこにどんな意味を見出し、どんな姿勢で向き合うかによって、仕事はその人の生き方そのものになる。

「やりたいことをやること」
その言葉は、一見すると自分本位にも聞こえる。
でも、本気でやりたいことを貫いている人の仕事は、結果として誰かの役に立つ。
むしろ、そういう人の方が強い。
誇りがあるから、妥協しない。
好きだから、磨き続ける。
本気だから、人の心を動かす。

成田健太さんが貫いているのは、まさにそういう仕事のあり方だった。

仕事に誇りをもつこと。
それは、世間の評価を待つことではない。
自分の仕事の本質を信じて、磨き続けることだ。
そしてその誇りは、いつか必ず、目の前の誰かを救う力になる。


IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

 

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