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誰も守ってくれなかった——捨てられ、飢え、自殺の淵を越えた僕が、「身体の真実」に辿り着くまで【前編】
靭トレ協会 加藤久弦
死の淵から這い上がった武道家
東京都杉並区
誰も守ってくれなかった——捨てられ、飢え、自殺の淵を越えた僕が、「身体の真実」に辿り着くまで【前編】
「子どもは、大人に守られて育つものだ」
多くの人は、そう信じている。
お腹が空けば食べさせてもらえる。
学校で困ったことがあれば、親や先生が気づいてくれる。
寂しければ抱きしめられ、傷つけば「大丈夫」と言ってもらえる。
そうして人は少しずつ、自分はここにいていいのだと覚えていく。
守られること。
満たされること。
助けを求めれば、誰かが手を差し伸べてくれること。
それが、生きる土台になる。
今では靭トレ創始者であり代表として独自の身体論を打ち立て、数々の格闘技を極めながら、“真”を追い続ける達人・加藤久弦。
だが、その原点には、日本で当たり前に持っているはずの土台がなかった。
両親に育てられず、幼い頃から寺や宗教関係者のもとを転々とした。
小学校2年生からは新聞配達をしながら生きた。
クレヨンも、習字道具も、給食費もない。
ただ貧しかっただけではない。そこには宗教があり、周囲の大人たちも事情を知らなかったわけではないはずなのに、どこか一線を引いていた。家庭訪問にも来ない。町内のつながりからも外れる。助けてもらえなかったというより、“踏み込まれない場所”に置かれていたのである。
だから加藤さんは、早くから知っていた。
本気で自分を守ってくれる世界は、最初から与えられていないのだと。
欲しいものを欲しいと言えない。
腹が減っても飲み込む。
守ってくれる人がいないなら、自分が強くなるしかない。
そうして生きるうちに、別の問いが大きくなっていく。
生きるとは何か。
死ぬとは何か。
なぜ自分だけが、みんなと違う場所に立っているのか。
やがて加藤さんは、生と死を対立するものとして感じなくなっていく。
最初から一本の線の上にあり、そのどこに立っているかが違うだけ。
死は絶望の象徴ではなく、その先に何があるのかを知りたいという感覚すら伴っていた。
けれど、何度そこへ近づいても死ねなかった。
死なせてもらえなかった。
その経験が残したのは、「自分は一度死んで、それでもなお生きろと言われているのかもしれない」という感覚だった。
「僕は最初から、守られる側の人間じゃなかったんですよね」
加藤さんは、そう言った。
その一言の中に、飢えも、孤独も、死の境界も、そしてその果てに辿り着いた“身体の真実”の原点も、すべて含まれているように思えた。
いま加藤さんは、「身体の真実」を追っている。
それは健康法でも成功哲学でもない。誰にも守られなかった人間が、自分の感覚と身体、生と死を、自分で確かめ続けた果てに辿り着いた一つの答えである。
これは、不幸を乗り越えた男の話ではない。
守られなかった少年が、なぜ身体の本質へ向かったのか。
その原点を辿る物語である。
第1章:僕は最初から、“守られる側”の人間じゃなかった——複雑な出生と“預けられる人生”の始まり
「両親に育ててもらってないんですよ、僕」
父方も母方も、家柄は良かったという。
だが、その“良い家”であることが、かえって話を複雑にした。
父とされる人は長男。
兄が生まれ、しばらくして、母は突然家を出た。何の手がかりもない中で、家族の一人が探しに行き、遠く名古屋で母を見つけた。だが、戻ってきた時には、母のお腹には加藤さんがいた。
「その子が誰の子なのかって話になるわけですよね」
加藤さんは、生まれた瞬間から、待ち望まれていた存在ではなかった。
やがて母方に預けられる。
だが、そこで安定した暮らしが始まるわけではない。
育てきれない事情があり、寺や宗教関係者のもとを転々とする日々が始まる。母と会った回数も、ごくわずか。
幼稚園の卒園式、小学校の入学式、卒業式——そうした節目に親がいる、という感覚はない
「普通の感覚が、もともとなかったんですよね」
守られることが特別に少なかった、というより、そもそもそれが“あるもの”として認識されていなかったのだろう。
そして加藤さんの幼少期をさらに特殊なものにしていたのが、宗教の存在だった。
身を置いていた環境には宗教が深く関わっており、周囲の大人たちも、どこかで線を引いていたという。家庭訪問にも来ない。町内の役割も回ってこない。
「あそこの宗教のところには行かない、みたいな空気があったんですよね」
困っている子どもがいれば、普通なら誰かが気づく。
先生が、近所の大人が、町の誰かが、「どうしたの」と声をかける。
けれど加藤さんの周囲では、その回路が働きにくかった。
貧しさだけなら、まだ手を差し伸べられたかもしれない。
だが宗教があることで、大人たちの善意も途中で止まる。
踏み込まない。
深く関わらない。
そういう見えない壁の中で、少年は育っていった。
だから加藤さんにとって、「守られる」という感覚は最初からない。
誰かが見つけてくれる。
事情を汲んでくれる。
そういう前提がない。
「自分一人で生きてきたっていう感覚なんですよね」
家という一つの場所ではなく、曖昧で、頼りなくて、それでもどこかにある社会全体の中で、なんとか生き延びてきた。
その感覚が、加藤さんの原点なのだろう。
加藤さんは、最初から「守られる側」の人間ではなかった。
だからこそ、早くから「自分のことは自分で何とかするしかない」という感覚を、身体の芯にまで刻み込んでいくことになる。
第2章:クレヨンも、給食費も、習字道具もない——欠乏の中で育った“観察する目”
守られない人生は、そのまま欠乏の人生でもあった。
「小学校2年生から新聞配達してたんですよ」
いまの感覚では驚く。
だが当時は、それが成立してしまう時代でもあった。
同じ教室に座っていても、自分だけが少し違う場所にいる。
そんな感覚が、日常のあらゆる場面にあった。
象徴的なのは、公園で絵を描く授業だった。
「クレヨンがないから、葉っぱとか土で色作って描いたんですよ」
紙はある。
けれど、クレヨンがない。
誰にも言えない。
提出しなければ責められる。
だから加藤さんは考えた。葉をちぎって汁を出し、土を水で混ぜて色を作り、それで絵を塗った。
小さな子どもが、周囲にあるものでなんとか“色”を作ろうとする。
現実は残酷だ。乾けば落ちる。残ったのは汚れの跡のようなものだけだった。先生には「クレヨンで塗らなきゃだめだ」と言われ、周囲からは「家から持ってきてずるい」とまで言われた。
「言えないんですよね。持ってないって」
ない、と言えない。
持っていない、と説明できない。
説明したところで、わかってもらえる気がしない。
だから、自分の中で処理するしかない。
給食費も同じだった。
「集金袋、出せないわけですよね」
「そしたら先生は、使っちゃったんだろうって思うんですよ」
事情を知ろうとする人は、いない。
見えない壁で、加藤さんは孤立していた。
そんな環境の中で、加藤さんは周囲の人間を異様なほど観察するようになっていく。
「欲しいって言ってるもの、すぐ変わるじゃないですか」
同級生たちは何かを欲しがり、手に入れる。
けれど、しばらくすると別のものを欲しがる。
この前まで死ぬほど欲しがっていたものが、数ヶ月後には隅に転がっている。
「あれが不思議だったんですよね」
「一生のお願いって言ってたのに、また一生のお願いするんですよ」
欲しいものは変わる。
人は、あれほど欲しがっていたものすら簡単に手放す。
ならば、本当に欲しいものとは何なのか。
物がないからこそ、物そのものより、人の欲望の移ろいが見えた。
そしてその視線は、やがて自分自身へ向かう。
何もないとは、どういうことなのか。
持っていない自分は、空っぽなのか。
その問いが、加藤さんの中で形を持ち始めた。
第3章:無いということは、全部持っていること——欠乏の中で芽生えた哲学
加藤さんは、ただ「自分には何もない」と嘆いていたわけではない。
むしろ、小学校4年生か5年生の頃には、すでに“無い”という状態そ
ものを考え始めていたという。
「無いってことは、全部持ってるのと同じなんじゃないかって思ったんですよね」
何かを持っていれば、守らなければならない。
失うことが怖くなる。
執着も生まれる。
でも、何も持っていなければ、失うものがない。守るものもない。
だから、どこへでも行ける。何でも耐えられる。
「守るものもないし、失うものもないんですよ」
「だから何でも耐えられるし、どこへでも行けるんですよね」
この感覚は、加藤さんの人生を貫く原型になっている。
守るものがないから怖くない。
しがらみがないから極限へ行ける。
足りないからこそ感覚が濁らない。
誰にも頼れないからこそ、自分で確かめるしかない。
加藤さんの話を聞いていると、“欠乏”は単なる不幸ではなく、感覚を研ぎ澄ませる装置のように働いていたことがわかる。
大事なのは、加藤さんが“無い”ことを悲惨さだけで終わらせなかったことだ。
そこから逆転の哲学を掴んだことだ。
ないから弱いのではない。
ないからこそ、何者にも縛られない。
ないからこそ、自分の感覚は研ぎ澄まされる。
ないからこそ、自分を自分で成立させるしかない。
そして、何も持っていないということは、誰も自分を守ってくれないということでもある。
ならばどうするのか。
答えは一つしかなかった。
「強くなるしかないんですよね」
小学4年生のときには腹をくくっていた。
第4章:守ってくれる人がいないなら、自分が強くなるしかない——武道への執着は、生き残るために始まった
加藤さんが“強さ”に取り憑かれていった理由は、守ってくれる人がいなかったからだ。
多くの子どもにとって、武道や格闘技は習い事の一つかもしれない。
だが、加藤さんにとってそれは趣味ではなかった。
生きるための準備だった。
「守ってくれる人がいないから、強くなるしかなかったんですよね」
本当は剣道をやりたかった。
だが、防具が必要だと言われる。そんな金はない。
そこで、柔道着一つで始められる柔道に向かった。
しかも、すぐに道場に通えたわけではない。
「道場の外でずっと真似してたんですよ」
6歳頃から、外から見て真似る。
中に入るでもなく、ただひたすら見よう見まねで身体を動かす。
そして少しずつ金を貯め、小学校5年頃、ようやく柔道を始める。
だが、そこは子どものための場所ではなかった。
今のような少年部はない。夕方5時に道場へ行っても、しばらく誰も来ない。
広い道場に、ひとり。
その中で、ひたすら受け身を繰り返す。
「受け身、受け身、また受け身ですよね」
夜7時頃になってようやく大人たちがやってくる。
相手は警察官や刑務官。
身体は大きく、重い。投げられれば痛い。自分から投げようとしても到底持ち上がらない。
「たまに“いいぞ、惜しいぞ”って言われるんですけど、余計きついんですよね」
それでも加藤さんはやめない。
道場までは走って行き、帰りも走る。
ブルワーカー、鉄下駄、走り込み。
向かう先はただ一つ、強くなることだった。
「柔道着より先にブルワーカー買いましたからね」
この一言が、すべてを物語っている。
普通の子どもが遊びや持ち物に向かうエネルギーを、加藤さんは全部“強くなること”へ注ぎ込んでいた。
強くなければ舐められる。
奪われる。
だから強くなる。
強くなることでしか、自分がここに立っていていい理由を作れなかった。
加藤さんにとって強さとは、勝利ではない。
存在証明だった。
自分がまだ“生きている側”にいると確かめる方法だった。
「強さがないと、自分がなくなる感じがあったんですよね」
強さを求めることは、自分を保つことだった。
けれど、強くなればすべてが解決するわけではない。
むしろ、強さを手にし始めた時、加藤さんの中では別の問いが膨らみ始めていた。
生きるとは何か。
死ぬとは何か。
自分はいったい、どこに立っているのか。
第5章:生と死は、最初から一本の線の上にあった——“死にたい”ではなく、“死の先が知りたかった”
「生と死って、一本の線なんですよね」
加藤さんはそう言った。
普通なら、生と死は分かれている。生きることはプラスで、死ぬことはマイナス。こちら側と向こう側は、はっきり別れている。
けれど加藤さんの感覚は、最初から少し違っていた。
名古屋に預けられていた場所が住めなくなり、加藤さんは山梨へ移る。
その頃にはすでに「自分はみんなと違う」という感覚が濃くなっていたが、環境の変化はそれをさらに強めた。
言葉が違う。
喋れば笑われる。
家庭も違う。持ち物も違う。守られ方も違う。
ただでさえ“普通の側”に立てていない感覚があったのに、方言まで違うことで、そのずれはもっとはっきりしたものになった。
「喋れば笑われるし、喋ってみろって言われるから、余計に自分の中へ入っていったんですよね」
言葉を引っ込めるほど、自分の内側へ潜っていくしかなくなる。
誰にも教わらず、自分をどう成立させるかを考えるようになっていたのだろう。
そんな中で、やがて一つのものが自分の輪郭になっていく。
強さである。
「初めて手を出したら、むちゃくちゃ強かったみたいなんですよね」
中学1年の頃、いじめられている人をかばいに入った。
その時、初めて本気で手を出し、自分でも驚くほど相手を制することができた。
柔道や武道で鍛え、守ってくれる人がいないなら自分が強くなるしかないと作ってきた身体が、現実の場面で形になった瞬間だったのかもしれない。
「それで、思い当たる敵は全部倒したんですよね」
舐められなくなった。
自分は強い側に行けるのだとわかった。
けれど、それで人生が完成したわけではない。
「それで、目標がなくなっちゃったんですよね」
「その先が、なくなっちゃった」
全部倒した。
強い側に行った。
なのに、まだ終われない。
そこで初めて、加藤さんの視線は“死”の方へ向いていく。
ここで誤解してはいけない。
それは、単純な絶望ではない。
「死にたいんじゃないんですよ」
「その先がどうなるのか、知りたかったんですよね」
生きることと死ぬことは、対立していない。
最初から一本の線の上にある。
だから死は、絶望の象徴ではなく、その先に何があるのかを確かめたい領域でもあったのだ。
「中学2年の時に、薬局で睡眠薬買ったんですよね」
「一箱全部飲んだんですよ」
「でも、量が多すぎて戻しちゃったんですよね」
家の人に見つかった。
「何やってるの」と言われて、風呂に入れと言われる。
「お風呂入れって言われて、そこまでは覚えてるんですよ」
「で、そのあと沈んじゃってたらしいんですよね」
死の淵から戻ってきてしまった。
次はタバコだった。
「タバコも食べましたね」
「でもすぐ吐きましたね」
さらに醤油も飲んだ。
「醤油100cc飲んだ時は、悶絶しましたね」
「死ぬっていうより、死にかけるってこういうことかって」
身体で、死の境界を確かめていたのである。
「何度やっても死ねなかったんですよね」
「まだ生きろって言われてる感じがあった」
「あの時、一回死んでる感覚なんですよね」
死なせてもらえなかった。
その体験の先で、加藤さんは自分の人生を“一度死んだ上でなお続いているもの”として生き始める。
だからこそ、その後どれだけ過酷な場所に行っても、「一度死んだ感覚でなお生きている」という独特の価値観が、ずっと土台にあり続ける。
この経験があったからこそ、加藤さんはさらに“本物の強さ”を求めるようになる。
第6章:もっと強いものを探して——柔道、少林寺、極真、ボクシング、キックへ続く終わりなき検証
死の境界に触れ、それでも生きる側に戻されたあとも、加藤さんの探究は終わらなかった。
むしろそこから、さらに強くなっていく。
「本当に強いって何なんだろうって、ずっとあったんですよね」
加藤さんが求めていたのは、単なる勝利ではない。
誰よりも強く見られたいというだけでもない。
もっと根本的に、それは本当に強さなのかを知りたかったのだと思う。
だから一つの競技で満足しない。
少しでも違和感があれば、次へ行く。
少しでも“本物ではない”と感じれば、そこに留まらない。
原点は柔道だった。
だが実際の試合になると、自分より大きく技術を持った相手に見事に投げ飛ばされる。
「柔道では足りなかったんですよね」
ただ鍛えてきたから勝てるわけではない。
強さには種類がある。
身体の使い方、構造、技術、間合い。
力だけでは説明できない何かがある。
その違和感が、少林寺拳法へ向かわせる。
だが、そこも理想郷ではない。
自分をさらに強く成立させたい。
そこから今度は極真空手へ向かう。
極真空手が山梨に入ってきた時、最初は200人近く集まった。
けれど、固定の道場ができると一気に減った。
残ったのは、ほんの数人。
「本当にやる人間だけが残るんですよね」
そういう濃い世界の方が、加藤さんにはしっくりきたのだろう。
だが、極真でも終わらない。
そこでまた一つの違和感にぶつかる。
「顔面なしじゃだめだなって思ったんです」
首から下だけを打ち合っている限り、どうしても現実から切り離された強さになる。
それでは足りない。
もっと現実に近い強さを知りたい。
そうしてボクシングへ向かう。
顔を打たれる。
怖さが直接くる。
その中で、強さの意味がまた変わる。
さらに、キックボクシングのチャンピオンとスパーリングする機会があった。
相手は王者。
普通なら気後れしてもおかしくない。
だが、やってみると通用した。
「だったら自分でチャンピオン取ろうって思ったんですよね」
名声への憧れというより、名声とは何かを確かめようとする感覚だったのかもしれない。
チャンピオンになれば満たされるのか。
肩書きを取れば答えになるのか。
だったら自分でそこへ行ってみよう。
そういう発想だ。
ずっと同じ問いを、自分の身体で追っていたのである。
表面的に強そうなものでは納得できない。
それが本物かどうか、自分で触れ、自分で試し、自分の身体を通さないと気が済まない。
そしてその探究は、格闘の世界の外へも広がっていく。
次に向かったのは、勝ち負けよりも、人間そのものが剥き出しになる場所だった。
第7章「一流」の顔が、少しも幸せそうに見えなかった——地位の幻想が崩れ、自衛隊へ向かった理由
強さを求めて競技を渡り歩き、ついには日本一にまで上り詰めた。
普通なら、その時点で「自分はここまで来た」と思ってもおかしくない。
だが、加藤さんはそこで終わらなかった。
むしろ、強さや肩書きが形になればなるほど、逆に別の問いが大きくなっていった。
それで、人は本当に満たされるのか。
強さがあれば、肩書きがあれば、人生は終われるのか。
当時、加藤さんは大手総合商社が近くにある喫茶室で働いていた。
世間から見れば、そこに集まっているのは“日本の一流”である。頭がよくて、仕事ができて、給料も高い。社会的地位もある。多くの人が「勝ち組」と呼ぶ側の人たちだろう。
「でも人間性に問題のある人もいて」
何十人分ものコーヒーを運ぶ。
一巡して終わりではない。
「お代わり」と呼ばれ、また取りに行く。
今度は下げに行く。
すると、灰皿でもないカップの中にタバコが押し込まれていたりする。
「一流って何なんだろうって思いましたよね」
「地位があって、頭が良くて、商社マンで、でも中はこんなに荒れてるんだって」
この時、加藤さんの中で一つの幻想が崩れた。
「地位って、関係ないんだなって思ったんですよね」
自分はどこへ向かえばいいのか。
その時に加藤さんが選んだのは、肩書きのある世界ではなく、もっと剥き出しの現場だった。
そこで思い浮かんだのが、自衛隊だった。
「自衛隊は天国でしたね」
「ご飯食べられるし、風呂入れるし、寝れるし」
周囲の隊員たちは「辞めたい」「しんどい」とこぼす。
だが、加藤さんにはそれが理解しきれなかった。
「なんで辞めたいのかわかんなかったですね」
「こんなに恵まれてる場所あるんだって思ってました」
だがもちろん、加藤さんが“普通に”自衛隊生活へ馴染んでいったわけではない。
最初の時期は
班の空気は張りつめ、先輩の前ではまともに息もつけない。
自分たちの食事すら落ち着いて取れない。
靴を磨く。
寝具を整える。
一つひとつに意味があり、一つでも乱れれば叩き直される。
狭い空間の中で、常に誰かの目がある。
だが、加藤さんはその“みんなが言う地獄”は大したことなかった。
なぜなら、そこには少なくとも「生きていくための最低限」があったからだ。
訓練もまた過酷。
装備を背負い、長距離を行軍する。
一〇〇キロ行軍のような、聞いただけで気が遠くなるような訓練もある。
荷物は重い。
銃もある。
途中で誰かが倒れれば、その分まで背負うことになる。
けれど加藤さんは、その重さの中に、むしろ“生きている感じ”を見ていたのだろう。
「きついんですけどね」
「でも、そのきつさの方が、自分にはしっくりきてたんですよ」
きつい方が、自分の輪郭がはっきりする。
苦しい方が、生きている実感がある。
身体が限界に近づくほど、「今ここにいる」という感覚が濃くなる。
自衛隊一期目は、徹底的に鍛えられ、苦しみ、削られる。
だが、二期目に入ると、少しずつ立場が変わっていく。
階級も上がる。
楽になる。
将来のための資格取得や専門訓練へ移っていく。
多くの人にとっては、そこから先が“安定”であり、“未来”になる。
だが、加藤さんにはそれが違った。
「苦しさが足りないんですよね」
いちばんきついところを抜け、少し先が見え始めた時、逆に自分が鈍っていく感じていた。
「一番きついところだけ味わって、辞めちゃうんですよね」
合理性だけで見れば、もったいない。
自衛隊に残れば、資格も取れる。将来も開ける。
だが加藤さんの人生を動かしていたのは、そういう合理性ではなかった。
地位では埋まらない。
安定でも終われない。
楽になれば満たされるわけではない。
だったら、自分が本当に生きていると感じられる場所へ行くしかない。
そうして加藤さんは、身体そのものを極限まで追い込む世界へ向かっていく。
第8章:鍛えれば終わると思った。だが、鍛えてもまだ足りなかった——ボディービル研究所とトレーニングジムの地獄
「もっと体力つけるには、ボディビルだなと思ったんですよね」
究極まで身体を使い切った先に、何があるのか知りたいという欲求だった。
ボディービルの研究所。
どこをどう鍛えるか。
どれだけ追い込むか。
どれだけ管理できるか。
筋肉も、食事も、回復も、時間の使い方も、全部が問われる。
ごまかしが効かない。
身体が、そのまま答えになる。
「鍛えたら、どこまで行けるのかなって思ってたんですよ」
「まだやれるだろうって、ずっと思ってましたね」
そうやって次の地獄へ、自分から足を踏み入れる。
その研究所には、当然ながら“出来上がった身体”を持つ人たちが集まっていた。
いわゆるチャンピオン。
名前の知られた人。
プロレスラー。
身体一つで名を売った人たち。
そういう人たちが出入りしている場所だった。
だが、加藤さんがそこで見たものは、単純な憧れだけではなかった。
「あんなチャンピオンでも、あんなふうになっちゃうんだなって思ったんですよね」
落ち込んでいたり、疲れ切っていたり、何かを失っていたりする。
頂点を知った人間が、その先で空っぽになっていくような感じ。
その姿を見て、加藤さんはまた一つ学ぶ。
鍛えても、勝っても、頂点に行っても、それで終わりにはならない。
だったら今度は、自分の身体でその世界を中から通るしかない。
そうして紹介もあり、新橋のトレーニングジムへ入ることになる。
「かなり優遇されて入ったんですよね」
ここだけ切り取れば、ようやく恵まれた場所に入れたように聞こえる。
だが、当然それで楽になるわけではない。
むしろここから先の方が、別の意味で厳しい。
トレーニングジムは、ただ筋トレを教えればいい場所ではない。
古くからいる会員たちがいる。
先輩がいる。
その世界なりの序列がある。
そこへ新しく入った人間が「コーチです」と言ったところで、簡単に認められるはずがない。
口先だけでは通らない。
経歴だけでも通らない。
だったら何で示すのか。
身体しかない。
「先輩たちを超える運動量やらないと、コーチとして認めないって感じなんですよね」
誰よりも動く。
誰よりも追い込む。
誰よりも苦しいことを、自分から先に引き受ける。
そうやって、ようやく“ここにいていい理由”を身体で証明する。
そして、ここでもまた加藤さんはやり切ってしまう。
認められる。
「あいつは違う」と思わせるだけの運動量を、自分でやってしまう。
だが、そこでまた同じことが起きる。
「認められちゃうと、今度はまた足りなくなるんですよね」
「地獄みたいなところの方が、生きてる感じがするんですよね」
極限の方が、むしろ自分が立ち上がる。
だから、地獄の方へ行く。
不安定な方へ行く。
危うい方へ行く。
そこではじめて、自分の輪郭がはっきりする。
そして、ある名門トレーニングセンターから声がかかり、加藤さんはそこへ入る。
普通なら「憧れの場に呼ばれた」と喜ぶところだろう。
だが、そこで待っていたのもまた夢ではなく、容赦のない現実だった。
給料が出ない。
それも一ヶ月二ヶ月ではない。
一年半近く、まともに給料が支払われない状態で働き続ける。
仕事はある。
移動もある。
責任もある。
けれど金は出ない。
渋谷から池袋まで、移動の交通費すら出ない。
だから走る。
「交通費も出ないんですよ」
「だから走るんですよね」
「試食でしのいでましたね」
普通なら、逃げる。
辞めるのがそれが正しい。
けれど加藤さんは、そこに留まる。
なぜか。
その先にしか、自分が見たいものがない気がしたからだろう。
もっと追い込まれたい。
もっと削られたい。
もっと身体の底まで行きたい。
そうしないと、自分が何でできているのかが見えない。
そういう感覚が、加藤さんの中にはずっとあったのだと思う。
だが、そんな地獄を味わってもまだ満たされなかった。
だったら次は何か。
次は、身体ではなく、人間そのものを動かす力を見に行くしかない。
そうして加藤さんは今度、“営業”という別の世界へ入っていく。
第9章:売れるまで帰るな——営業の世界と不動産の修羅場で知った、人が動く本当の理由
「嫌なことをやりたかったんですよ」
この言葉が、加藤さんの営業人生の出発点として一番しっくりくる。
今度は、人を動かす力そのものを見に行くしかない。
そうして加藤さんは、営業の世界へ足を踏み入れる。
最初に飛び込んだのは、布団の訪問販売だった。
「布団担いで、ピンポンして回るんですよ」
「売れるまで帰ってくるなって言われてました」
営業にもいろいろある。
わざわざ一番泥臭くて、一番嫌がられて、一番しんどいものから入っていく。
重い布団を持つ。
知らない家の玄関を叩く。
顔を見ただけで嫌がられる。
追い返される。
断られる。
それでもまた次の家へ行く。
売れなければ帰れない。
結果だけが求められる。
嫌でもやる。
苦しくてもやる。
そして、やり切ってしまう。
しかし、その時に手に入ったのは達成感だけではなかった。
「思いだけで、相手がそうよねって納得してくれるんですよね」
「営業力で押してると思ってたけど、そうじゃなかったんですよ」
熱意。
必死さ。
この人のためなら、と思える何か。
そういうものが、本当は人を動かしている。
それを決定的に感じたのが、あるおばあさんとの出来事だった。
布団を売り、納品に行く。
押し入れを開ける。
すると、中にはすでに布団が何組も入っていた。
その家に本当に必要だったのは、新しい布団ではなかった。
それでも買ってくれた。
「そこで、全部わかった気がしたんですよね」
「人は物から買うんじゃないんだなって」
「人から買うんだなって」
そのおばあさんは、商品に納得したから買ったのではない。
加藤さんという若者の“必死さ”に反応したのだと思う。
この子を助けたい。
この子の熱に応えたい。
そういう、人間の情が動いていた。
「おばあさんの顔が忘れられなかったんですよね」
この言葉が苦い。
売れたことが嬉しかったのではない。
数字が立った、では終われなかった。
その商品が必要かどうかではなく、自分の生き様に反応して買わせてしまった。
その事実を知ってしまったからこそ、加藤さんは、その仕事を続けることができなかった。
そして、様々な業種の営業を渡り歩き、
不動産営業に興味を持つ。
「これからは不動産だよって言われたんですよね」
加藤さんは、そこでまた動く。
しかも、ただ「やってみようかな」ではない。
宅建を二ヶ月で取ってしまう。
「二ヶ月で取ったんですよね」
「普通はもっとかかるのに、もうやるしかないって」
一気に詰める。
追い込む。
地獄の密度でやる。
そして取ってしまう。
そうして入った不動産の世界は、営業の中でも特に剥き出しだった。
時代はバブル。
金が動く。
土地が動く。
人が変わる。
マンション反対運動。
差し押さえ。
銀行との競争。
ヤクザ。
立ち退き。
恫喝。
ここではもう、善意だけでは済まない。
「金のために、人ってここまでなるんだなって思いましたね」
金と肩書きと欲望の正体も見てみるしかない。
だが、ここでもまた、最後の答えは出ない。
営業で結果を出しても終わらない。
不動産の世界を見ても終わらない。
情を見ても、欲望を見ても、なお掴みきれない“何か”が残る。
人を動かしているのは、もっと深くて、もっと根っこにある何かだ。
その何かを、加藤さんはまだ掴めていなかった。
だから次に向かう。
営業でもない。
地位でもない。
金でもない。
もっと根っこのもの。
感覚。
中心。
重力。
生きることの土台そのもの。
加藤久弦が、なぜ“身体の真実”を語る人になったのか。
その核心は、ここから先で明かされる。
後編執筆中
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師









