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22歳の起業家は、なぜ人に支えられるのか——正直さと行動量で、不可能の壁を越えていく生き方
株式会社キャリアコネクト・岩橋綾士
人と人をつなぎ、未来を拓く起業家
福岡県福岡市
22歳の起業家は、なぜ人に支えられるのか——正直さと行動量で、不可能の壁を越えていく生き方
不可能だと思える壁を前にしたとき、人は何を選ぶのだろう。
諦めるのか。
誰かのせいにするのか。
それとも、その壁さえも楽しみながら、前に進むのか。
22歳という若さで起業し、採用支援の領域に挑む一人の事業家がいる。
株式会社キャリアコネクト代表取締役・岩橋綾士。
彼が人生で最も大切にしている価値観は、とてもシンプルだった。
「楽しむこと」
その言葉は決して、楽な道だけを選ぶという意味ではない。
楽しくないことを、どう楽しみに変えるか。
苦しい状況を、どう前に進む力へ変えるか。
先の見えない不安の中で、どう行動し続けるか。
創業初期、2か月で約2400件の架電をしても、成約はゼロ。
人件費やツール費が重なり、思い描いていた計画は大きく崩れた。
さらに、共に挑戦していたインターン生たちの稼働を止めざるを得なかったことは、岩橋さんにとって大きな挫折だった。
それで彼は、格好つけることをやめた。
「正直きついです」
「助けてください」
そう周囲に頭を下げ、プライドを捨てた。
たくさんの人が助けてくれた。
事業も軌道に乗った。
そして、彼が作ったのは経営者紹介サービス。
お金はかからない。2人紹介してくれたら3人紹介するというもの。
ギブする姿勢を貫いたからこそ、ものすごいスピードで彼の事業は広まっている。
岩橋さんの強さは、特別な資格や肩書きではない。
誰よりも動くこと。
分からないからこそ動くこと。
そして、苦しささえも“冒険”に変えていくこと。
楽しむ力で道を拓き、不可能の壁を越え続ける22歳の起業家だ。
その歩みには、挑戦するすべての人に向けた、まっすぐなメッセージが込められている。
この物語は、“楽しい人生”とは与えられるものではなく、自分でつくりにいくものだと教えてくれる一人の挑戦の記録だ。
第1章|自由に生きたかった少年——校則への違和感と、家族に支えられていた日々
岩橋さんは、幼い頃からサッカーが好きな少年だった。

体を動かすことが好きで、友達と過ごす時間も多かった。
家庭は、父が大手企業に勤める、どちらかといえば堅い空気のある環境だったという。
その中で、岩橋さんの中には早い頃から、学校の制度や校則に対する違和感があった。
「こうしなければならない」
「みんなと同じようにしなければならない」
そうした空気に対して、素直に納得できない部分があった。
「自由に生きたいという気持ちは、昔から強かったです」
岩橋さんはそう振り返る。
ただ、その一方で、無茶苦茶に反発するタイプでもなかった。
人に迷惑をかけたいわけではない。
親を心配させたいわけでもない。
自由に生きたい。
でも、家族には迷惑をかけたくない。
その両方が、岩橋さんの中にはあった。
学校のルールや、周囲の「普通」に対して違和感を抱きながらも、どこかで真面目さも残っていた。
自由に振る舞いたい気持ちと、ちゃんとしなければならない感覚。
そのあいだで、岩橋さんは過ごしていた。
大学生になってから、家族への見方にも変化があった。
それまでは、自分の好きなように動いている感覚が強かった。
ただ、大学3年生頃、両親や兄たちが自分の見えないところで支えてくれていたことに気づいたという。
「家族が裏で支えてくれていたことに気づいて、この人たちのためにも成功したいと思うようになりました」
その気づきは、岩橋さんの中に残った。
自由に生きたい。
自分の人生を、自分で選びたい。
けれど、その自由は、家族の支えと無関係にあるものではなかった。
支えてくれた人たちがいる。
見守ってくれた人たちがいる。
心配してくれた人たちがいる。
だからこそ、ただ好きに生きるだけではなく、結果を出したい。
成功したい。
そう思うようになっていった。
岩橋さんの原点には、自由への思いがある。
そして、その奥には、家族への感謝がある。
その二つが重なったとき、岩橋さんの中で「自分で人生を切り拓きたい」という思いが強くなっていった。
第2章|「事業をつくる側に行きたい」——大学時代に触れた、挑戦の入口
大学に入ってから、岩橋さんは少しずつ事業の世界へ近づいていく。
きっかけの一つは、学生団体やインターンでの活動だった。
企業の課題を見つける。
その課題に対して、どうすれば解決できるのかを考える。
そして、実際に提案する。
ただ授業を受けて、単位を取り、就職活動に向かうだけではない時間だった。
自分で考えたことが、誰かの事業に関わる。
自分の提案が、会社の課題に触れる。
そこには、学校の中だけでは味わえない手触りがあった。
岩橋さんには、もともと大きな目標があった。
「100億円規模の企業をつくりたい」
ただ、当時の岩橋さんは、何もできなかった。
パソコンも十分に触れなかった状態だった。
それでも、動いた。
サッカースクールをした。
バーを間借りして事業をした。
中古車販売にも挑戦した。
どれも、成功の道ではなかった。
むしろ、分からないことだらけだった。
それでも、自分で何かを始めてみることで、少しずつ見えてくるものがあった。
何が売れるのか。
どうすれば人が動くのか。
自分には何が足りないのか。
いまの自分の視野は、どれくらい狭いのか。
岩橋さんは、そうした経験の中で、自分のビジネスの幅の狭さを感じるようになった。
「もっと広い世界を見ないといけない」
そう感じた。
本気で大きな事業をつくるなら、すでに成長している会社の中で、事業のつくり方を学ぶ必要がある。
その頃、学生団体やインターンで企業課題の発見・解決提案に関わっていた岩橋さんに、ある会社から声がかかった。
その会社は、Amazon、楽天、YahooショッピングなどのECモールを通じて、ペットサプリなどの商品を販売していた急成長企業だった。
岩橋さんは、そこで「起業家育成枠」として、取締役直下で働くことになる。
ただ商品を売る仕事ではない。
どの商品を、どのモールで、どう見せ、どう売上につなげるのか。
広告、販売ページ、数字の分析、改善施策。
EC事業の現場で、売上をつくるための動きを実践しながら学ぶ環境だった。
それは、岩橋さんにとって大きな機会だった。
数字を見ること。
データで考えること。
目標に対して、本気で向き合うこと。
「主観ではなく、データで考える」
その姿勢を、岩橋さんは前職で学んでいく。
何を見て、どう判断し、どこに打ち手を入れるのか。
その現場に、岩橋さんは入っていった。
そして、その先で、結果に対する熱量と、数字で考える厳しさを叩き込まれていく。
第3章|数字で考え、熱量で動く——前職で叩き込まれた事業家としての土台
その取締役の存在は、岩橋さんにとって大きなロールモデルになっていく。
「この人みたいになりたい」
そう思える大人に出会った。
その人の近くで、事業の考え方を学べたこと。
厳しい環境でありながら、ただひたすらに動き続けた。
「行動力なら俺よりもあるな」と取締役に一目置かれるほど、行動した。
それを繰り返していった。
そして岩橋さんは、その仕事の中で年間2.3億円ほどの売上を一人で作ったという。
大きな数字であり、揺るぎない実績となった。
「クリティカルシンキングやロジカルシンキング、主観ではなくデータに基づいて考える姿勢を学びました」
岩橋さんは、そのときの学びをそう語る。
思いつきで動かない。
感覚だけで判断しない。
「こうだと思う」ではなく、数字を見て考える。
そして、目標に対して本気になる。
岩橋さんがロールモデルとして尊敬している取締役は、売上目標への熱量が強い人だったという。
どこまで本気で数字を追うのか。
どこまで考え抜くのか。
どこまでやり切るのか。
近くで見ていると、その基準が自分の中に入ってくる。
「事業家としての在り方を学びました」
その言葉の中には、単なる業務経験ではなく、働き方そのものへの影響がある。
これまで思いついたら動いてみる力はあった。
だが、それだけでは足りないことを学んだ。
動くこと。
考えること。
数字を見ること。
改善し続けること。
結果に責任を持つこと。
事業は、勢いだけでは続かない。
楽しいだけでも続かない。
思いだけでも、数字だけでも足りない。
熱量と論理。
行動と検証。
主観とデータの切り分け。
その両方を、現場で叩き込まれた。
その後、岩橋さんは独立する。
個人事業ではなく、最初から株式会社として。
株式会社キャリアコネクト。
採用支援の領域で会社として立ち上げた。
採用支援は、もともと未経験。
だが、前職の取締役から「採用市場は売り手市場で、相性が良いのではないか」と提案されたこともあり、挑戦することを決めた。
知らない領域だった。
それでも、岩橋さんは進んだ。
前職で学んだことがあった。
動きながら考えること。
数字を見て改善すること。
そして、分からないからこそ、誰よりも動くこと。
独立は、理想の始まりだった。
同時に、ここから岩橋さんは、創業初期の厳しい現実に向き合うことになる。
第4章|成約ゼロ、赤字、仲間を止めた痛み——プライドを捨てて、助けを求めた日
株式会社キャリアコネクトを立ち上げた岩橋さんは、採用支援の領域に挑んだ。
ただ、始めてすぐに現実は甘くなかった。
創業初期、2か月で成約ゼロ。
人件費もかかっていた。
ツール費もかかっていた。
計画通りには進まない。
赤字。
数字として苦しいだけではなかった。
岩橋さんにとって、もっと大きかったのは、一緒に挑戦していたインターン生たちの稼働を止めざるを得なかったことだった。
10人ほどのインターン生がいた。
岩橋さんは、ただ人を使いたかったわけではない。
起業させてあげたい。
挑戦の機会を渡したい。
若い人たちが、自分の可能性を試せる場所をつくりたい。
そう思っていた。
でも、自分の能力不足で、その機会を止めることになった。
「インターン生の稼働を止めざるを得なかったことが、一番きつかったです」
岩橋さんにとって、それは売上が立たないこと以上に苦しい出来事だった。
自分が結果を出せないことで、誰かの挑戦の場まで止まってしまう。
それは、巻き込んだ経営者として、避けられない痛みだった。
そこから、岩橋さんはやり方を変えた。
格好つけることをやめた。
プライドを捨てた。
顧客や周囲の人に、正直に伝えた。
「結果が出ていません」
「正直きついです」
「助けてください」
強がらなかった。
うまくいっているふりをしなかった。
大丈夫ですと言い切らなかった。
見栄を張らなかった。
その正直さに、周囲の反応が変わっていく。
月額で支援してくれる顧客が現れた。
一緒にやろうと言ってくれる人が現れた。
岩橋さんは、人に助けを求めたことで、もう一度事業を動かしていった。
もう一つ、大きな変化があった。
当初、岩橋さんは競合にノウハウを隠すことが正義だと思っていたという。
自分たちのやり方を守る。
情報を出さない。
競合に取られないようにする。
そう考えていた。
しかし、実際に市場を見ていく中で、考え方が変わった。
競合も、高いレベルでPDCAを回している。
自分たちだけが特別なノウハウを持っているわけではない。
隠すより、連携した方がいい。
そう考えるようになった。
岩橋さんは、競合の人材会社とも提携していく。
クライアントをシェアしてもらう。
顧問として入る。
敵として見るのではなく、協力先として見る。
そこから、事業は少しずつ立て直されていった。
創業から4か月後に、ようやく損益分岐点に乗った。
たった数か月の出来事かもしれない。
けれど、その数か月の中で、岩橋さんは何度も現実を突きつけられた。
売れない。
お金が減る。
仲間の稼働を止める。
自分の力不足を認める。
周囲に頭を下げる。
競合への考え方を変える。
その一つひとつが、岩橋さんの経営を変えていった。
うまくいったから人が集まったのではない。
正直に苦しさを出したから、助けてくれる人が現れた。
隠すことをやめたから、連携が生まれた。
岩橋さんの事業は、正直さと行動量で少しずつ前に進んでいった。
うまくいっているふりをしない。
結果が出ていないことを認める。
助けてほしいと伝える。
そして、止まらずに動き続ける。
最初からうまくいったわけではない。
特別な資格や肩書きで突破したわけでもない。
自分の弱さを認め、人に頼り、それでも動くことをやめなかった。
その経験の先で、岩橋さんは採用支援だけにとどまらず、人と人をつなぐ新しい取り組みへと進んでいく。

第5章|不可能の壁を越えろ——楽しむ力で未来をつくる、22歳の冒険
現在、岩橋さんが力を入れている取り組みの一つに、経営者紹介サービスがある。
仕組みは、とてもシンプルだ。
お金は取らない。
2人紹介してくれたら、3人紹介する。
紹介料をもらって終わるのではなく、まず自分が紹介する。
相手の事業にとって必要な人をつなぐ。
そして、そのつながりがまた次のつながりを生んでいく。
岩橋さんは、経営者同士の縁を増やしていくことに可能性を見ている。
採用支援をする中で、企業の課題に触れてきた。
創業初期には、自分自身も周囲の人に助けられた。
顧客に支えられ、競合とも連携し、人とのつながりの中で事業を立て直してきた。
だからこそ、今度は自分が人をつなぐ側に回っている。
このサービスには、岩橋さんらしさが出ている。
先に与える。
見返りを急がない。
人と人の間に入り、必要な縁を渡していく。
その考え方は、ただの営業手法ではない。
岩橋さんがこれまで動き続ける中で得てきた、人との関わり方そのものでもある。
岩橋さんに、自分の強みを尋ねると、こう返ってきた。
「人より動くことです」
分からないからこそ動く。
先が見えない恐怖があるからこそ、誰よりも動く。
一つひとつの行動が、事業の広がりになっていく。
岩橋さんにとって、事業は仕事でありながら、どこか遊びにも近い感覚がある。
仕事とプライベートの境目は薄い。
事業をしている感覚そのものが楽しいという。
岩橋さんのIKIGAIを尋ねたとき、返ってきた言葉がある。
「将来の自分が、生き生きとしている姿を思い浮かべて行動することです」
時間に縛られない。
お金に縛られない。
自由に縛られない。
そういう生き方に憧れがあるという。
その姿になるために、今、頑張っている。
自分で選ぶために、力をつける。
自分が生き生きする未来へ行くために、今の自分を動かす。
岩橋さんの言う「楽しむこと」は、ここにつながっている。
楽な道を選ぶことではない。
苦しさを避けることでもない。
うまくいかない自分を否定することでもない。
苦しい状況も含めて、自分の人生にしていくこと。
不安も、失敗も、赤字も、断られることも、助けてくださいと言う時間も、全部を前に進む材料にすること。
岩橋さんは、自分のあり方を「挑戦」というより「冒険」に近いと語る。
もがいている自分も、かっこいい。
その感覚がある。
成功した自分だけを見せたいわけではない。
スマートに勝つ自分だけが、かっこいいわけでもない。
岩橋さんの経営者としての冒険は始まったばかり。
彼は進む。
楽しむ力で道を拓く。
正直さで人に支えられる。
行動量で未来を変えにいく。
その歩みには、これから挑戦しようとする人の背中を押す熱がある。
楽しい人生は、どこかから与えられるものではない。
目の前の壁をどう見るか。
苦しさをどう受け止めるか。
不可能に見える現実の中で、今日どれだけ動くか。
その積み重ねの先に、自分の人生はつくられていく。
岩橋さんは、そのことを、自分の事業と生き方で示そうとしている。
あとがき
岩橋さんの話を聞き終えたあと、私は少し、自分を見つめ直した。
うまくいっていないときに、ちゃんと「うまくいっていない」と言えること。
本当は苦しいときに、「助けてください」と頭を下げられること。
その正直さ。
弱さを隠し、不安を見せず、いつも大丈夫な顔をする。
特に、自分で事業をしていると、なおさらそうだ。
「大丈夫です」「順調です」「問題ありません」と言っている方が、経営者らしく見えるのかもしれない。
でも、岩橋さんの話を聞いて、そうではないのだと感じた。
本気で動いている人が、弱さを隠さずに差し出す。
結果が出ていない現実から逃げず、それでも前に進もうとする。
その姿に、人は信用を寄せるのだと感じた。
岩橋さんは、ただ助けを求めたわけではない。
成約ゼロでも動いた。
赤字でも動いた。
プライドを捨てて頭を下げたからこそ、人が助けてくれた。
そして、今の経営者紹介サービスにも、その生き方が表れている。
お金を取るのではなく、まず人を紹介する。
相手が喜ぶことをする。
人のために動く。
必要な縁をつなぐ。
自分が助けてもらったから、今度は自分が誰かをつなぐ。
人のために動くから、また人が動いてくれる。
その循環の中で、事業も人生も広がっていくのだと感じた。
私は、自分にも問いかけた。
自分は、誰かのために動けているだろうか。
弱さを隠さず、正直に生きられているだろうか。
うまくいっていないときほど、格好つける方へ逃げていないだろうか。
楽しい人生とは、ただ明るく生きることではない。
苦しい現実の中でも、正直でいること。
弱さを隠さず、それでも動くこと。
そして、人のために動き続けること。
その先で、人は支えられ、また誰かを支える側になっていく。
あなたは今、誰のために動いているだろうか。
本当は助けてほしいのに、強がっていることはないだろうか。
不完全な自分を隠すことに、力を使いすぎてはいないだろうか。
弱さは、隠すものではない。
正直さは、人を遠ざけるものではない。
本気で誰かのために動く人には、必ず誰かが手を差し伸べてくれる。
岩橋さんの生き方は、そのことを私にまっすぐ教えてくれた。
IKIGAIコネクター
尾﨑弘師


