誰かの笑顔のために、腕を磨く——家族を守り、信頼と“ありがとう”を積み重ねてきた大工職人の物語

古賀工務店 古賀宏隆

伝統大工

佐賀県佐賀市

誰かの笑顔のために、腕を磨く——家族を守り、信頼と“ありがとう”を積み重ねてきた大工職人の物語

 

あなたは、自分の腕を、誰のために磨いているだろうか。

もっと稼ぐため。
もっと認められるため。
もっと大きな仕事をするため。

もちろん、それも大切なことかもしれない。

けれど、佐賀市で古賀工務店を営む大工職人・古賀宏隆さんの言葉を聞いていると、仕事の原点はもっと静かで、もっとあたたかい場所にあるのだと感じる。

古賀さんは、自分を大きく語る人ではない。

「すごいことをしてきた」とも言わない。
「これが自分の哲学です」と声高に語るわけでもない。
むしろ、言葉の端々には「ですかね」「なんとなく」「語るほどでもない」という控えめな響きがある。

でも、その奥には、長い時間をかけて磨かれてきた職人の芯があった。

誠実に向き合うこと。
手を抜かないこと。
お客様に「ああ、頼んでよかった」と思ってもらうこと。
そして、その仕事の積み重ねで、家族を守っていくこと。

古賀さんにとって大工とは、ただ家を建てる仕事ではない。

自分の腕を磨き、その腕で誰かの暮らしを支える。
誰かが笑顔になり、「ありがとう」と言ってくれる。
そのありがとうが信頼になり、紹介になり、また次の誰かの暮らしへつながっていく。

お金は、その後についてくるもの。
時間を惜しまず、誠実に向き合った先に生まれるもの。

そんな仕事の在り方を、古賀さんは淡々と続けてきた。

一番根本にあるのは、家族だった。

夫婦がいて、子どもがいて、守りたい暮らしがある。
だからこそ、生半可な仕事はできない。
だからこそ、目の前の一軒に誠実でありたい。
だからこそ、今日も腕を磨き続ける。

派手な成功物語ではない。
大きな夢を叫ぶ物語でもない。

ここには働くことの尊さがある。
誰かのために誠実に腕を磨くことが、生きた証となり、誇りとなっていく。

これは、佐賀の大工職人・古賀宏隆さんが、家族を守り、地域の暮らしを支えながら、“ありがとう”を積み重ねてきたIKIGAIの物語である。

第1章|「もっと、手に職をつけたい」——ものづくりに惹かれた少年時代

古賀さんは、幼い頃から「将来は家を建てる」と決めていたわけではない。

父は公務員だった。
家庭は、安定した暮らしの中にあった。
「こうしなさい」「この道に進みなさい」と強く干渉されることもなく、比較的のびのびと過ごしてきたという。

その環境の中で、古賀さんの心を自然と惹きつけていたものがある。
ものをつくることだった。
「プラモデルを作ったり、そういうのは好きでしたね」

古賀さんは、当時をそう振り返る。
活発に外を走り回り、目立つことを好む少年というよりも、手を動かしながら、目の前のものが少しずつ形になっていく時間に惹かれる少年だった。

小さな部品を一つずつ切り離す。
説明書を見ながら、順番に組み立てる。
最初はただのパーツだったものが、手の中で形を持ちはじめる。

そこには、言葉にならない喜びがあった。

 ただ、好きだった。
ただ、自然とものづくりに心が向いていた。

進路を考える年齢になると、古賀さんは工業系の道へ進む。

当時、興味があったのは自動車や電気だった。

 

「自動車関係か、電気関係か、どちらかかなと思っていました」
手を動かす仕事。
機械や仕組みに触れる仕事。
目の前のものを扱い、技術を身につけていく仕事。

そうした世界に、自然と惹かれていた。

工業高校へ進み、専門学校へ進む。
そして、地元の電気関係の会社に就職する。

ごく自然な流れだった。

手の中で何かが形になることへの喜び。
機械や電気、自動車への関心。
手を動かしながら、自分の感覚で何かをつくっていくことへの憧れ。

古賀さんは腕一本で食べていける技術が身に付く道を選んだつもりだった。

第2章|「これは違う」——二度の転職と、腕一本で生きる道への入口

最初に勤めたのは、地元の電気関係の会社だった。

手先を使う仕事であり、技術にも関われる。
自動車や電気に興味があった古賀さんにとって、最初の就職先として大きな違和感があったわけではない。

けれど、実際に働き始めてみると、少しずつ胸の奥に引っかかるものが生まれていった。

仕事が嫌だったわけではない。
職場が悪かったわけでもない。
社会に必要な仕事であることも分かっていた。

それでも、古賀さんの中には、どうしても満たされない感覚があった。

「思っていたよりも、技術が必要な仕事ではなかったんです」

自分は、もっと手に職をつけたい。
もっと、自分の腕で勝負できる仕事がしたい。
誰でも同じようにこなせる作業ではなく、自分が磨いた技術で人の役に立てる仕事がしたい。

その思いが、少しずつ大きくなっていった。

古賀さんは、一度目の会社を辞める。

そして次に選んだのも、同じく電気や消防設備に関わる会社だった。
仕事内容は、設備の点検業務が中心だった。

もちろん、その仕事も社会に必要な仕事だった。
建物の安全を守るうえで欠かせない仕事であり、決して軽いものではない。

ただ、古賀さんが求めていたものとは、やはり少し違っていた。

点検業務をこなしていく日々。
決められた項目を確認し、現場を回る。
アルバイトの人たちと一緒に作業。

その中で、古賀さんの中に、また同じ感覚が戻ってくる。

「これを一生するのは、ちょっと違うかなと思ったんです」

一社目も、二社目も、悪い仕事ではなかった。
でも、どちらも古賀さんの中にある“技術で生きたい”という欲求には、ぴったりとは合わなかった。

自分の心だけが、どこか別の方向を向いている。

このままでいいのか。
自分は本当に、この仕事を一生続けたいのか。
もっと、自分の腕を使う仕事があるのではないか。

古賀さんは二社目も辞めることを選んだ。

その決断を、古賀さんはこう語る。

「逃げる、というのも少しあったのかもしれないですね。今の環境が嫌だから、何か行動に移さないといけないというか」

古賀さんは、二度の仕事を通して、自分が何に満たされないのかを少しずつ知っていった。

自分は、ただ安定したいだけではない。
ただ給料をもらいたいだけでもない。
もっと深く、技術を磨きたい。
自分にしかできないものを身につけたい。
腕一本で、人から必要とされる仕事がしたい。

「やりたいことがあったわけでもなく、ただ単純に、もうちょっと人ができないような技術を目指したかったんです」

夢が先にあったのではない。
明確な目標が、最初から見えていたわけでもない。

ただ、「このままではない」という感覚だけはあった。

だから、考えた。

自分は何をしたいのか。
どんな働き方なら、納得できるのか。
何を身につければ、自分の人生に誇りを持てるのか。

その時間の中で、古賀さんは自分の奥にある欲求を掘り起こしていった。
その先に見えてきたのが、大工だった。

「大工で腕一本で食べていくことに、かっこよさを感じていました」

そして古賀さんは、建築の大工を目指すことにした。

そう思って問い合わせた先が、たまたま伝統的な大工仕事をしている会社だった。

27歳、28歳頃。
大工の世界に入るには、決して早い年齢ではなかった。

周りには、10代や20歳前後で修行を始めている若い弟子たちがいた。
自分より年下なのに、先に仕事を覚えている。
現場では、その人たちが先輩になる。

気まずさもある。
焦りもある。
悔しさもある。

「遅かった分、取り戻さないといけない。負けられないという気持ちでした」

遅れて始めたからこそ、取り戻さなければならない。
若い人たちに負けていられない。
覚えるしかない。
食らいつくしかない。

そこから、古賀さんの本当の修行が始まった。

 

第3章|背中で覚えた職人の世界——変わり者の親方と、後から分かった感謝

今では少なくなった職人の空気。

伝統的な仕事をする親方。
物凄い技術。
見て覚える文化。
言葉よりも背中で示す現場。

その親方について、古賀さんは少し笑いながらこう話す。

「技術に関してはものすごく突出しているんですけど、社交性とかを含めると、どうだったのかなと。周りから見ても、少し変わっていたと思います」

腕はある。
技術はすごい。
でも、社交的ではない。
話も長い。
人がついてくるタイプかと言われると、そうではなかったかもしれない。

古賀さんは、親方をそんなふうに振り返る。

でも、
「その親方に教わって、結果的には良かったと思っています。後悔はしていません」


厳しかった。
変わっていた。
だから嫌いだ。
だから意味がなかった。
そう切り捨てる方が、簡単だ。

でも古賀さんは、そうしなかった。

当時は分からなかったことがある。
その場にいるときは、しんどかったこともある。
耐えきれずに辞める形になったこともある。

それでも、時間が経って、別の現場を知り、他の大工たちと出会い、自分自身も職人として経験を重ねるうちに、見え方が変わっていった。

「5年、10年して、経験した仕事内容や技術が全然違うと分かりました。当時は普通だと思っていたことが、実はものすごく特殊だったり、すごい技術だったりしたんです」

本当に大切なものは、その瞬間には分からないことがある。
苦しい場所にいるときは、ただ苦しい。
厳しい人のそばにいるときは、ただしんどい。
理不尽ではなかったとしても、簡単ではない。

愛は、時間が経ってから初めて分かるものがある。

あのとき見ていた技術は、特別だった。
あの現場で当たり前だった基準は、高かった。
あの親方の背中には、言葉にはならないプロ意識があった。

そう気づいたとき、苦しかった記憶の中に「感謝」が生まれる。

「自分も立場が変わってくると当時の親方の気持ちも分かってきたり、感謝だったりですかね」

この言葉を聞いたとき、私は仕事における継承とは、こういうものなのだと思った。
教えてもらった瞬間に、すべてを理解できるわけではない。
むしろ、本当に深い教えほど、すぐには分からない。

自分が同じ立場に近づいたとき。
誰かに何かを伝える側になったとき。
責任を背負う側になったとき。
初めて、あの人の厳しさや不器用さの奥にあったものが見えてくる。

古賀さんが親方から受け継いだものは、技術だけではない。

職人としての基準。
仕事への向き合い方。
簡単に妥協しない姿勢。
そして、時間が経ってからでも感謝できる心。

それらが、古賀さんの中に残った。

腕があるだけでは足りない。
技術があるだけでは、人は安心して任せられない。
職人として高い基準を持ちながらも、人と人との信頼を大切にすること。

古賀さんの中で、伝統的な職人の厳しさと、地域の人に寄り添う誠実さが、少しずつ結びついていった。

最初の親方のもとで5年。
その後、別の工務店でさらに5年。

合わせて10年。

古賀さんは、その10年を経て独立する。

「10年学んだら、独立しようとはなんとなく決めていました」

10年学ぶ。
腕を磨く。
そして、自分の名前で仕事をする。

その先にあったのが、古賀工務店だった。

第4章|「お客様と共につくる家」——いい家とは、誰かの納得と笑顔でできている

独立したからといって、すぐに仕事があるわけではない。

知人の仕事を手伝う。
大工仲間の応援に行く。
建設会社の下請けをする。
そうしながら、少しずつ自社の仕事を増やしていった。

派手な営業をしたわけではない。
大きな広告を打ったわけでもない。
SNSで一気に広がったわけでもない。

仕事は、紹介と口コミで少しずつつながっていった。

一つの仕事が、次の仕事を呼ぶ。
「あの人に任せたら大丈夫だった」という声が、また別の誰かに届く。
信頼が、次の現場を連れてくる。

古賀さんの仕事は、そうやって積み重なってきた。

その背景には、古賀さんが大切にしている家づくりの考え方がある。

「古賀さんにとって、いい家とは何ですか?」

そう尋ねると、古賀さんは少し考えて、こう答えた。

「お客様と共につくって、そのお客様がいいと思った家ですかね。自分が一方的に『この家はいい』と思うのではなく、お客様が納得して、ああ良かったなと思える家です」

お客様が何を望んでいるのか。
どんな暮らしをしたいのか。
限られた予算の中で、何を優先すべきなのか。

そこに向き合う。

もちろん、現実は簡単ではない。

予算がある。
理想がある。
できることと、できないことがある。
全部を叶えようとすれば、費用は膨らむ。
だからといって、安易に削れば、家の質が落ちる。

その間で、職人として何ができるのか。

古賀さんは、そこに頭を使う。

「予算がないからといって、簡単に手を抜くのではなく、確実にいくというところですかね」

この一言に、誠実さがある。

安くするために、見えないところを雑にする。
早く終わらせるために、工程を軽くする。
お客様には分からないからと、都合よく済ませる。

そういう仕事は、きっとできるのだと思う。

でも、古賀さんはそこへ行かない。

限られた条件の中で、何を守るべきかを考える。
どこなら調整できるのか。
どこは絶対に削ってはいけないのか。
お客様が本当に求めているものは何なのか。

その問いに向き合うことを、古賀さんは「楽しい」と言った。

「予算内なら予算内で、どうしようかと考える。その方が楽しいですね」

ここが、古賀さんの大工としての面白さだと思う。

条件があるから、苦しい。
予算があるから、制限される。
そう考える人もいるだろう。

でも古賀さんは、その中で最善を探すことに、職人としてのやりがいを感じている。

ただ高い材料を使えばいいわけではない。
ただ立派に見せればいいわけではない。
大切なのは、その人にとっての「よかった」を形にすること。

そのために腕を使う。
そのために知恵を使う。
そのために、誠実に向き合う。

そして、その先にお客様の笑顔がある。

「お客様に、最後は喜んでほしいじゃないですか。ああ、よかったって。できてよかったって。それがやっぱり、こっちも嬉しいんです」

古賀さんは、あるお客様から言われた言葉を忘れていない。

「あいつに任せとけば大丈夫だから」

すべてを任せてもらえるような信頼。
それを感じたとき、古賀さんは大きな喜びを覚えたという。

「それ以上の喜びはないですね」

信頼とは、すぐには生まれない。
一度の会話で完成するものでもない。
一軒の仕事を誠実に積み重ねる。
約束を守る。
手を抜かない。
相手の暮らしを考える。
困ったときに頼れる存在でいる。

その繰り返しの先に、ようやく「あいつに任せとけば大丈夫」が生まれる。

そして、その信頼は紹介になる。
紹介は次の仕事になる。
次の仕事はまた、別の誰かの暮らしを支える。

ありがとうが循環していく。

「お金も必要ですけど、お金以上に、お金じゃ買えないものがあります。お金は後でついてくるかなと思っています」

この言葉は、古賀さんの仕事観そのものだ。

まず、誠実に向き合う。
まず、喜んでもらう。
まず、信頼を積み重ねる。

その後に、お金がついてくる。

それは、綺麗ごとのようでいて、実は一番強い商売の土台なのかもしれない。

なぜなら、人は本当に信頼した人に、大切な家を任せたいからだ。
人生の時間が流れる場所を、適当な人には預けられないからだ。

古賀さんは、その信頼を、腕で積み重ねてきた。

第5章|家族を守るために、腕を磨く——ありがとうの循環が生んだIKIGAI

インタビューの最後に、古賀さんに尋ねた。

「古賀さんにとってのIKIGAIとは何ですか?」

少し考えたあと、古賀さんはこう答えた。

「今で言うと、夫婦とか家族とか、そのために頑張っているような感じですかね。お客さんもですけど、家族のために、子どもを育てないといけないとか、そういうのがあったから頑張れたのかなと思います」

古賀さんがなぜ、誠実な仕事を続けてきたのか。
なぜ、予算の中でも手を抜かず、最善を考えるのか。
なぜ、お金よりも先に、お客様の喜びや信頼を大切にするのか。

その根本には、家族があった。

夫婦がいる。
子どもがいる。
守りたい暮らしがある。

だから、仕事に手を抜けない。
だから、生半可なことはできない。
だから、目の前の一軒に誠実であり続ける。

家族を守るということは、ただお金を持って帰ることだけではない。

どんな仕事をしている背中を見せるのか。
どんな姿勢で人と向き合っているのか。
誰かに必要とされる人間であるか。
信頼される仕事を積み重ねているか。

それらすべてが、家族を守ることにつながっている。

古賀さんは、 ただ、当たり前のことのように言う。

でも、その当たり前を続けることが、どれほど大変なことか。

家族を守るために働く。
お客様に喜んでもらうために腕を磨く。
信頼を裏切らないために誠実でいる。

それを一日、また一日と積み重ねていく。

そこに、古賀さんのIKIGAIがある。

自分の腕が、誰かの安心になる。
自分の仕事が、誰かの笑顔になる。
自分の誠実さが、誰かの「ありがとう」になる。

その積み重ねが、自分の生きた証になる。

「最近はAIだったり、外国人だったりありますけど、やっぱり信頼関係とか、人との気持ちいい関係が一番大切だと思っています」

効率や数字はとても大切だ。
AIも進化し、仕事の形も変わっていく。
外国人労働者も増え、建築業界も大きく変わっていくだろう。

でも、どれだけ時代が変わっても、失ってはいけないものがある。

信頼関係。
気持ちのいい仕事。
任せてよかったと思ってもらえる関わり。
人と人との間に生まれる、ありがとうの循環。

古賀さんは、それを残したいと語った。

昔が良かったという話ではない。
新しいものを否定しているわけでもない。

ただ、便利になっていく時代だからこそ、人が人に向き合う誠実さを忘れてはいけないということだ。

困ったときに相談できる人。
見えないところでも手を抜かない人。
「あいつに任せとけば大丈夫」と思える人。

古賀さんは、そんな大工であろうとしてきた。

そして、その姿勢はきっと、家族にも伝わっている。

お父さんが、どんなふうに働いてきたのか。
どんな人に必要とされてきたのか。
どんな「ありがとう」を積み重ねてきたのか。

それは、言葉以上に強いものとして、家族の記憶に残るのではないだろうか。

古賀さんが残してきたものは、技術だけではない。

誠実に対応すること。
お客様と共につくること。
お金より先に、ありがとうを積み重ねること。
信頼を裏切らないこと。
家族を守るために、腕を磨き続けること。

その信念こそが、継がれていくべきものなのだ。

誰かに誇示するものではなく、黙々と積み重ねてきた“ありがとう”の中に。

腕を磨くことは、誰かのために生きること。
そして、誰かのために誠実であり続けることは、自分の人生を誇りに変えていくことなのだ。

あとがき

古賀さんの話を聞き終えて、私は何度も「仕事の本質」とは何かを考えていた。

仕事とは、誰かに感謝されること。
そして、その感謝の先に、お金がついてくる。

もちろん、経営においてお金は欠かせない。
家族を守るためにも、事業を続けるためにも、利益は必要だ。
けれど、古賀さんの言葉に触れていると、順番を間違えてはいけないのだと感じた。

お金が先なのか。
ありがとうが先なのか。

そのわずかな順番の違いが、仕事の在り方を変え、人との関係を変え、街や地域、ひいては日本全体の幸せの総量にまで関わってくるのではないかと思った。

今は、情報が溢れている。
どうすれば稼げるのか。
どうすれば効率よく集客できるのか。
どうすれば短期間で成果を出せるのか。

そんな言葉が、毎日のように目に飛び込んでくる。

もちろん、それらも大切だ。
綺麗ごとだけでは、事業は続かない。
想いだけでは、家族も社員も守れない。

ただ、経営だけを見つめて、ありがとうを忘れてしまえば、仕事はどこかで空洞になる。
反対に、綺麗ごとだけを語って、現実の数字から目を背けても、誰かを守り続けることはできない。

綺麗ごとと経営。
理想と現実。
ありがとうとお金。

その両方を、逃げずに抱えていくところに、仕事人としての覚悟があるのだと思う。

自分を裏切らない覚悟。
自分の腕を磨き続ける覚悟。
そして、その腕を誰かのために使い続ける覚悟。

古賀さんは、目の前のお客様に誠実に向き合い、家族を守るために働き、ありがとうを積み重ねてきた。

その姿を見て、私は思った。

人は、自分の生きてきた時間が、誰かの役に立ったと感じられたとき、自分の人生に誇りを持てるのではないだろうか。

自分が磨いてきた技術が、地域のためになる。
自分の仕事が、誰かの暮らしを支える。
自分の誠実さが、次の信頼へとつながっていく。

生きた証となる。

何でもすぐに答えが分かった気になれる時代、
だからこそ人は、答えのない答えを追い続けていくのかもしれない。

何のために働くのか。
誰のために腕を磨くのか。
どんな仕事を残したいのか。
自分は、何に誇りを持って生きていきたいのか。
その問いに、簡単な正解はない。

古賀さんの生き方は、一つの答えを教えてくれた。

誰かの笑顔のために、自分の能力を使うこと。
誰かの「ありがとう」のために、自分の腕を磨き続けること。
そして、その積み重ねで、大切な家族を守っていくこと。

そのとき人は、仕事の中に幸せを見つける。
自分の人生に誇りを持てる。
そして、そこにIKIGAIが宿ることもある。

あなたは、自分の腕を、誰のために磨いているだろうか。
そしてその覚悟を持てているだろうか。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

古賀工務店ウェブサイト

 

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