「木とセックスする感覚なんです」——技術と祈りを極める木こりの樹藝

「木とセックスする感覚なんです」——技術と祈りを極める木こりの樹藝

高力恒次 株式会社柳沢林業・高力樹藝研究所

一本の木と交わり、生業を深める木こり

長野県松本市

「木とセックスする感覚なんです」——技術と祈りを極める木こりの樹藝

私たち人間は、忘れてしまっている。
雨が降り、土に染み込み、木が水を抱く。その水が川となり、田畑を潤し、私たちの暮らしを支えてきた。
目の前にある水も、食べものも、生活も、長い命の循環の中にある。
そしてその源泉は、ずっと山から流れてきた。
それなのに、いつからだろう。
私たちは、日々の暮らしが、どれほど多くの命と時間に支えられているのかを感じられなくなってしまった。
株式会社柳沢林業 に所属し、個人では「高力樹藝研究所」を掲げながら、木との関係を探究する高力恒次さんは、こう語る。 

「概念より、リアルなんです」

その言葉は、実際に山へ入り、木に触れ、一本一本の命と向き合ってきた人の叫びだった。
木は、ただそこに立っているわけではない。何十年、何百年という時間をかけて根を張り、雨を受け、風に耐え、季節を越えながら、その場所で生き続けてきた存在である。
二十二、三歳の頃、高力さんは初めて木を伐るよう命じられた。
目の前に立っていたのは、木材ではない。長い時間を生きてきた、一本の命だった。

「意味がわからなかったんですよ。なんで、この木を伐らなきゃいけないんだろうって。涙が出てきて、もう一生できないんじゃないかと思いました」

人間の暮らしのために、その命を終わらせる。その事実が、高力さんの身体の奥へ深く沈んだ。
簡単には伐れなかった。
それでも高力さんは、その痛みから目をそらさず、やがて木を伐る仕事を自らの生業として選んだ。
なぜ伐るのか。どう伐るのか。伐った命を、どのように次の場所へ渡すのか。
技術を磨くほど、問いは深くなっていった。
そして今、高力さんはこう言う。

「木を伐っているとき、一体になっている感覚があります」

さらに、その感覚を飾らずに表すなら、「木とセックスする感覚」なのだという。
木の重心を受け取り、風を読み、その木が生きてきた時間へ入り込む。伐る前から何度も会いに行き、地域の人たちの記憶を聞き、伐ったあとにどこへ渡すのかまで考える。
それは、木を倒す技術だけを極めて辿り着ける場所ではない。
朽ちる木にも、曲がった木にも、燃える木にも、まだ見ぬ美しさを見いだす。人間にとって扱いやすいかどうかよりも、まず、その木の存在を見る。
そこにあるのは、命へのまなざしであり、職人としての祈りである。

「山とつながることで、日本人は豊かさを取り戻す」

今ここにある叡智を、もう一度感じ直す。
そして、自分が選んだ仕事を、生活のために繰り返すだけで終わらせず、その技術を何のために使い、何を未来へ残すのかを問い続ける。
これは、山に入り、木の命に触れ、一本一本の声を聞きながら、自らの生業を技術から祈りへ、仕事から樹藝へと深めてきた、一人の木こりの物語である。

高力恒次さんの活動の様子

第1章|概念より、リアル——自由に育った少年が、自分の道を外れずに歩けた理由

高力さんが人生で大切にしている価値観を尋ねたとき、返ってきた言葉は短かった。
「概念より、リアルなんです」

そのあと、高力さんは続けた。
「概念って、いろんな人の価値観が混ざってしまうんです。レッテルもあるし、お金とか権威とか、そういうものも入ってくる。直感をないがしろにして、みんなが当たり前とされる方へ進まなきゃいけないような時代になっている気がします」

高力さんが信じているのは、誰かから与えられた正解よりも、自分の身体が実際に受け取ったものだった。
幼少期を過ごしたのは、長野県松本市。地方都市としての暮らしがあり、その近くには山や自然があった。
家庭では、自分の考えを強く否定されることが少なかったという。

「何かをやりたいと思ったときに、頭ごなしに否定される感じではなかったです。『そういう考えもあるよね』という感じで、受け止めてもらえていたと思います」

気になることがあれば、まず触ってみる。自分でやってみる。行ってみる。高力さんには、幼い頃からそうした気質があった。
進学校へ通っていた頃、強く惹かれたのは写真だった。周囲には大学進学や安定した進路を考える人が多かったが、高力さんの心は、カメラを持って世界を見る時間へ向いていた。
光の入り方。古い建物の質感。人の表情。山の輪郭。目の前にあるものを、自分の目で確かめていく。

「やっていて楽しかったんです」

高校卒業後、高力さんは建築や大工の仕事に触れた。材料に触れ、道具を使い、自分の手を動かすことで、目の前に一つの形が生まれていく。木を使って、人が生活する場所をつくる。その仕事は、高力さんの中にあった「自分の手で暮らしをつくりたい」という思いと重なった。
同時に、写真への思いも消えていなかった。カメラを持ち、誰かが価値を決める前の世界を、自分の感覚で受け取っていく。
働きながら、高力さんが憧れたのは、会社に勤めて生活費を得ることだけで完結する人生ではなかった。住む場所を整え、火を使い、水を使い、必要なものを自分の手で生み出す。自然の近くで身体を動かしながら、暮らしそのものをつくっていく。

「普通に働いて、普通に生活していく道もあると思います。でも、自分には、写真を撮ったり、自分たちで暮らしをつくったり、山の近くで生きていくような世界の方が面白く見えたんです。そっちの方が楽しいじゃん、と思ったんですよね」

高力さんは、そのとき自分にとって面白く見えた方へ動いた。
二十二歳の頃、友人から声がかかった。向かった先は、高知県の山あいにある廃校だった。
そこで高力さんは、自分が憧れていた暮らしの輪郭に、初めて身体で触れていく。

高力恒次さんの活動の様子

第2章|山村で知った、本当の豊かさ——受け入れる暮らしと、初めて伐った一本の命

高知県の山あいにある廃校では、街とはまったく違う時間が流れていた。
必要なものは自分たちでつくる。わからないことは、地域の人に尋ねる。火を使い、水を使い、壊れた道具を直し、食べるものを整えながら暮らしていく。
便利とは言えなかった。人間の予定どおりに進まないことも多い。それでも、そこには、自分たちが生きているという手触りがあった。
高力さんは、地域のおじいさんやおばあさんから多くのことを教わった。その人たちは、自然の中で暮らす術を、説明ではなく身体で知っていた。
雨が続くことがある。雪が積もる。作物が育たない。機械が壊れる。何かが起きるたびに犯人を探すのではなく、「しょうがないよね」と受け止め、次にできることへ手を動かしていく。
高力さんは、その姿から一つの価値観を受け取った。

「受け入れる、ということだと思います。辛いことも、悲しいことも、受け入れる。そこにすごく価値があると思っています」

自然は、人間の都合に合わせてはくれない。雨も、風も、土も、火も、自分の予定に従っては動かない。
「今の時代は、そこが少ない気がします。何かが起こると、過剰に反応して、誰が悪いのかという話になってしまう。自然の中で暮らしていると、起こったことを受け入れながら進むしかない場面がたくさんあります」

「しょうがないよね」という言葉には、投げやりではない強さがあった。起きたことから目をそらさず、その現実の上で今日できることを続ける。高力さんは、山村の暮らしの中で、その姿勢を身体に染み込ませていった。

地域との信頼関係も、すぐには生まれなかった。
外からやってきた若者が、いつまでいるのかはわからない。山村での暮らしを珍しがり、短期間で帰る人かもしれない。地域の人が距離を置くのは、自然なことだった。
高力さんは、その土地で暮らし続けた。頼まれたことを手伝い、わからないことを教わり、少しずつできることを増やしていった。

「信頼されるまでには、時間がかかりました。少しずつです。こいつらはすぐ帰る人じゃないんだな、本気でここにいるんだなと、だんだん感じてもらえたんだと思います」

何かを頼まれる。手伝う。ありがとうと言われる。また別のことを覚える。その積み重ねの中で、高力さんは、外から来た若者から、地域の中で役割を持つ一人へ変わっていった。
「人に必要とされることが、すごく嬉しかったんです。自分がその場所の一部になれている感じがありました」

誰かに教わり、誰かに助けられ、自分も誰かの役に立つ。土地や自然との関係の中で、自分も生かされている。
「お金じゃない世界で生きていたと思います。でも、豊かさはありました。それは断言できます」

その山村で、高力さんは初めて木を伐ることになる。
林業の現場を手伝った際、親方から一本の木を「伐れ」と言われた。
木を伐る理由も、技術も、山の循環も、まだ十分には理解していない時期だった。目の前に立っていたのは、その土地で長い時間を生きてきた木だった。
道具を持ち、その木を伐ろうとしたとき、涙が出た。

「意味がわからなかったんですよ。なんでこれを伐らなきゃいけないんだろうって。もう一生やれないんじゃないかと思うくらいでした」

自然に生きているものを、人間の都合で伐る。その事実を、身体が先に感じ取った。
ただ、目の前の木が命として迫ってきた。
一方で、山の暮らしは、命をいただくことの連続でもあった。薪にするために木を伐り、食べるために自然の恵みを受け取る。
人は、自然の外側で生きているわけではない。ほかの命に支えられ、その循環の中で生かされている。
高力さんは、その当たり前を、山での暮らしを通して身体で知っていった。

高力恒次さんの活動の様子

第3章|土に還る命を前にして——家族が教えた、逃げられないリアル

山村での日々は、高力さんの人生に深く根を張っていった。
自分たちの手で暮らしをつくる。火を使い、水を使い、土に触れ、土地の人たちと関わりながら生きていく。その時間の中で、高力さんはのちに妻となる女性と出会い、家庭を築いた。
彼女は助産師だった。命が生まれる現場に立ち会ってきた人である。その彼女とともに、高力さんは山の近くで暮らし、子どもを育てていった。
その後、行政の方針が変わり、高知の拠点を移す必要が生じた。高力さんたちは、次の生活の場所として福島へ移住する。
そこで、二人目の子どもを失った。

「絶望でした。どうしたらいいのか分からなかった。命が生まれることも、命が失われることも、頭では分かっているつもりだったんです。でも、自分の子どもとなると、まったく違いました」

その集落には、土葬の文化が残っていた。
高力さんたちは、その場所で生まれた子どもを、その土地へ還すことを選んだ。
「その子はこの場所で生まれたから、この場所に埋めるのが自然だと思いました。ここで生まれた命だから、ここに還す。それが、自分たちには自然なことだったんです」

土葬をすると村の人たちに伝えると、地域の人たちが手伝いに来てくれた。
冬だった。土地は白い雪に覆われていた。
「雪が積もっている中で、みんなで土を掘って、その子を土に還しました」

命が土に還るということを、言葉では知っていた。山の中では、さまざまなものが生まれ、死に、次の命へ渡されていく。
その日、高力さんは雪の中で、知識では受け止めきれない現実に触れた。
家族を持ち、命が生まれる喜びを知り、その命を自分の手で土へ還す。高力さんが語る「概念より、リアル」という言葉は、この景色の中にもあった。
その出来事は、そこで終わらなかった。
高力さんたちは、やがてその土地に居続けることが難しくなり、離れることになった。
時間が経ったあと、高力さんは、その土地である噂が流れていることを知る。
子どもの泣き声が聞こえる。

そんな話だった。
「子どもの泣き声が聞こえる、みたいな話になっていると聞いて。これは迎えに行かなきゃいけないと思ったんです」

高力さんは、もう一度その土地へ向かった。
一度土へ還した子どもを、迎えに行くためだった。
「一回、土に還した子を、もう一回掘り起こしたんです」

土に還すことだけでも、言葉にできない経験だった。
その子を、時間が経ってから、もう一度土の中から迎えに行く。
受け入れたはずの現実を、自分の手でもう一度抱え直す。
起きてしまったことを、起きてしまったことのまま抱えて、それでも次の一日を生きていく。
高力さんは、その後、新しい土地へ移った。すべてがすぐに癒えたわけではない。何かを完全に乗り越えたと言い切れるほど、簡単な時間でもなかった。
人と出会い、土地に慣れ、山の近くで自分の手を使って暮らす時間が、もう一度始まった。
その新天地での日々には、確かな幸せがあった。山の中で暮らし、生活を自分で整えていく。その道を歩み続ければ、幸せに生きていく未来が見えた。

「このままいけば、幸せになる未来が見えたんです」

だからこそ、高力さんの中に別の思いが生まれた。
「未来が想像できた。その上で、もっと社会に貢献できる技術を身につけたいと思いました」

山で受け取った豊かさと、命をめぐる経験を抱えたまま、高力さんは社会の中で役に立つ技術を求めた。
その先にあったのが、職人として木と向き合う道だった。

高力恒次さんの活動の様子

第4章|職人とは、腕と祈りだ——一本の木と交わるまでに磨いた技術

もっと技術を身につけたい。
高力さんの中にあったのは、以前から関心を持っていた大工の仕事だった。木を使い、手を動かし、人の暮らしを形にする。自分の手で生活に必要なものを生み出していく仕事である。
しかし、現実は厳しかった。
「三十歳で未経験から大工をやろうと思っても、なかなか仕事がなかったんです」

ならば、木を使う前の場所へ行こう。
家や家具になる前の木。人間の暮らしへ届く前の木。山に立つ一本の木と向き合うところから、技術を身につけよう。
高力さんは林業を選んだ。
「どうせやるなら、技術をちゃんと身につけたいと思いました」

技術を学ぶなら、本当に腕のある人のもとへ行きたい。高力さんは、地元で一番腕がいいと評判だった林業会社へ入った。
高知で初めて木を伐ろうとしたときの衝撃は、心のどこかに残っていた。一方で、二十代の山暮らしを通して、命をいただかなければ人の生活は成り立たないということも、少しずつ身体で理解していた。
高力さんは、木を安全に伐るための技術を学んだ。
木の重心を見る。枝の張り方を確認する。風が吹く方向を読む。幹の状態、周囲の地形、作業する人の位置を捉え、一本ごとに倒す方向を決める。
判断を誤れば、自分や仲間の命に関わる。
正確な技術と、迷いのない判断が必要だった。
高力さんは職人として腕を磨き、いつかは独立したいという思いも持ちながら、木と向き合い続けた。

その一方で、技術だけでは整理できない疑問も残っていた。
なぜ、この木を伐るのか。
伐った木を、どこへ渡すのか。
長い年月を生きてきた命を、人間はどのように扱うのか。
「木を伐る理由が理解できなかったり、美しいなと思うものを取っておいたり、そういうことはずっとありました」

曲がりがある。節がある。虫が入っている。割れている。腐朽が進んでいる。
木材として効率よく使えるかどうかという尺度では、価値が低いとされる木もあった。
高力さんには、その木にしかない表情が見えていた。伐採した木の中から美しいと感じたものを残し、いつか何かに活かせないかと考え続けた。

「人間の都合で伐ってしまう部分はあります。だからこそ、どうせ伐るなら、その命を正しく価値のあるものに変えてあげたいと思うんです」

高力さんが一本の木の伐採を任されたときは、作業当日より前から、その木との時間が始まる。何度も現地へ通い、木のそばに立つ。作業の段取りを考えるだけでなく、木を眺め、その姿に入り込んでいく。
何百年生きてきたのか。どんな風景を見てきたのか。根はどこへ伸びているのか。なぜ今、この形になっているのか。

「切る前に通って、一緒にいたり、眺めたりする時間は、日本の中でも屈指なんじゃないですかね」

地域で長く大切にされてきた木であれば、住民から思い出を聞く。昔の写真を集める。伐採を迎える前に、集落の人たちと、お葬式のようなお別れの時間をつくることもある。
会社の業務時間だけでは足りず、休日を使って準備することもあった。
それは、高力さんにとって残業という感覚ではない。仕事と人生を分ける前に、自分の生業として木に入り込んでいる。
高力さんは、木を伐るときの感覚について、こう話した。

「木とセックスする感覚なんです。それぐらい一体になっている」

同じ会社で働く女性スタッフからは引かれたという。
それでも、その言葉が最も自分の感覚に近い。
木の形を一方的に人間の都合へ押し込めるのではなく、木の重さや癖を受け取る。木の状態へ自分の身体と意識を合わせ、一本の命と交わるように作業する。

「痛くないように伐ってあげたい、という感覚もあります。少しでも美しく、ちゃんと活かせるように伐りたい。そのために技術を磨いてきたところがあります」

高力さんの仲間である職人が、ある言葉を語ったという。
「職人とは、腕と祈りだ」

高力さんは、その言葉をとても気に入っている。

高力恒次さんの活動の様子

木を安全に伐るための腕がある。木が生きてきた時間を受け取る祈りがある。腕だけでも、祈りだけでも届かない。
純粋に技術を追い求める職人は大勢いる。高度な技術を身につければ、仕事は増え、収入にもつながる。
高力さんが問い続けているのは、その腕を何のために使うのかということだった。
伐採が終わった後も、木との関係は続いていく。
依頼主や地域の人から、「あの木はいまどうなっているのか」「どこに置かれているのか」と連絡が来る。木を通じて出会った人たちとの関係も、伐採の日だけで終わらない。

「人とのご縁、木とのご縁、それがすべてです」

一つの仕事を素早く終わらせ、すぐ次の現場へ向かえば、効率は上がるかもしれない。
だけど、高力さんは「この木は」と感じた一本には、とことん入り込む。
技術を極めるほど、問いは深くなった。何のために伐り、その腕で何を残すのか。
その問いの先で、「樹藝」を極める道へと進んでいく。

高力恒次さんの活動の様子

第5章|樹藝という祈り——木の存在から始まる、百年先の共存

高力さんは現在、「樹藝」という言葉を掲げている。
一般的に広く知られた言葉ではない。樹木を管理する意味で使われる場合もあるが、高力さんが込めているものは、それだけでは収まらない。
きこりとして木を伐る。伐採技術を磨き、伐った木の活かし方を考える。それが高力さんの仕事の土台にある。
その視点を、伐採という行為の外側まで広げたものが樹藝である。

「きこりという仕事は、木をうまく倒すところがメインになってきます。でも、そこだけじゃなくて、もっと広い意味で木や自然を見ることを、一つの樹藝として捉えているんです」

柳沢林業の事業として、廃牛舎をリノベーションしたアトリエ「woodstock」と、古木・巨木の伐採から保続へとつなげる取り組みを行っている。これらの取り組みは、「高力樹藝研究所」として活動する高力さんを中心に、柳沢林業の仲間たちとともに進められている。木を集め、眺め、活かし方を探りながら、木との関係を探究し、新たな事業の形に挑戦している。
高力さんが樹藝の入り口として語るのは、木の使い道ではない。

「木の存在を、しっかりまず見るということです」

一本の木が立っている。
「千年生きてきた木なら、千年見てきた風景があるわけじゃないですか」

木は、格好よく見られるために形をつくってきたわけではない。風、雪、光、水、土壌、その場所にある環境へ適応しながら、生きてきた結果として現在の姿がある。
大きく曲がった幹。裂けた部分。腐朽。複雑に張り出した根。
従来の木材業界の尺度では、製材しにくい、歩留まりが悪い、利用価値が低いと判断されることがある。
高力さんは、そこにこそ、その木が生きてきた時間を見る。

「機能がなくても、存在だけで十分だと思うんです」

高力さんは木を見るとき、その木がどんな世の中を見てきたのか、どんな景色の中で今の形になったのかへ思いを巡らせる。
その木が一番見てほしい面はどちらなのか。根はどこへ向かっているのか。巨大な身体がどのような力学で立っているのか。

「木は三百六十度どこからでも見えますけど、どちらが一番見てほしい面なのかを考えるんです」

腐朽している場所にも、時間が流れている。
「腐朽って、よくないものにも思われます。でも、それも時間の流れの中で推移していく一過程なんです。今、ほかの菌や動物、植物、昆虫とどういう関係になって、どうなろうとしているのか。そういうことを考えます」

事情によって伐らざるを得なくなった古い木もある。地域や神社で長く大切にされてきた木が、切られた瞬間に「なくなった木」として終わってしまう。
高力さんは、木の終わり方を変えようとしている。
伐った木を単なる材木として流通させるのではなく、その存在を受け取れる形にする。高級旅館や高級ホテル、都市の象徴的な場所へ置き、人が畏怖や時間を感じられる存在として渡していく。

「地元ですごく大事にしてきた木が、切られて、なくなっちゃったねで終わるんじゃなくて、それがホテルに入っているとか、東京のこういう場所にあるとか。そこで生まれたお金で、元々その木があった神社のほかの木を手当てしていく。そういうサイクルをつくりたいんです」

一本の木が持つ時間を正しく受け取ってもらい、そこで生まれた収益を、ほかの古木を守る活動へ戻していく。
古い木の手当てには、大きな費用がかかる。守りたいという気持ちがあっても、財源がなければ作業を続けられない地域や神社は多い。
伐らざるを得なかった一本に価値を与え、その収益を、残された木を守るために使う。
伐ることと守ることを、一つの循環にする。
それが、樹藝の事業として目指している形である。
そして、高力さんは、木に惚れるような木こりを育てたいと考えている。

「純粋に木に登って、伐採の技術を求める人は大勢います。でも、そこだけじゃないだろうというのが自分の中にはあります。技術を使って、自分が何を成し遂げたいのか。その先の選択肢を示したいんです」

こんなに楽しそうな仕事ならやってみたいと、若い人が感じる。
腕を磨いた先に、木を守り、人と木の関係をつくり直す道がある。その姿を見せることができれば、木こりの見え方も変わっていく。
最後にIKIGAIについて尋ねたとき、高力さんは答えた。

「初めて見る木の表情です」

高力さんは、一本の木を見つめる。
木の存在を受け取り、技術によってその命を次の場所へ渡す。自分の腕を何のために使うのかを問い続け、人と山の関係を一本ずつ結び直していく。
それは、高力さんが自らの生業を深め続けた先で辿り着いた樹藝である。

高力恒次さんの活動の様子

あとがき

高力さんの話を聞きながら、私は、自分の生業を深めるということについて考えた。
「職人とは、腕と祈りだ」

高力さんは木を伐ることに涙を流し、山の暮らしの中で命をいただくことを知り、職人として技術を磨いた。伐る理由を理解できない木に出会い、美しいと思った木を残し、何度も現地へ通い、地域の人の記憶を聞いた。
その積み重ねの中で、木こりという仕事の意味が深まっていった。
技術は、木の命を次へ渡すための技術になった。一本の木を高い価値で届ける仕事は、ほかの木を守る循環へつながろうとしている。
私たち一人ひとりにも、それぞれの生業がある。
その生業には、まだ自分が受け取りきれていない意味が眠っているのかもしれない。
高力さんは「木とセックスする感覚」と笑いながら語った。
その言葉が伝えているのは、単なる木への愛情ではない。人生と仕事の境界が薄くなるほど入り込み、目の前の存在を理解し、その生業をどこまでも深めていく姿勢だった。

仕事は、最初から特別な意味を持っているとは限らない。
目の前の技術を磨き、違和感から逃げず、何のためにこの力を使うのかを問い続ける。その積み重ねによって、生業は少しずつ、その人にしか辿り着けない領域へ深まっていく。
あなたは、どう生きるか。
腕の先に何を置くのか。
そこに祈りを持てるのか。

その問いを胸に、私たちは自らの生を深めていく。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

柳沢林業ウェブサイト

WRITER PROFILE

尾﨑弘師 (おざき ひろし)

IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役

これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。

掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。

さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。

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