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過去を無くした僕が、まっすぐに歩き始めた町——多久
小川三郎
地域復興 多久未来プロジェクト 代表
佐賀県多久市

はじめに
九州・佐賀の中央部、山々に囲まれた静かな町、多久市。人口はわずか1万7千人。
「何もない」と言われ続けたこの町で、小川三郎は、誰よりも未来を見つめていた。
だが、彼の人生は、一度——完全に終わった。
「お祭りの片付けの時、山の一番上から落ちたんです。頭から、真っ逆さまに。」
2018年、地元のお祭り最終日。片付け作業中に起きた一瞬の事故が、小川さんの記憶をすべて消し去った。
半年間、動けなかった。ただ病院のベッドの上で、時だけが過ぎていった。
目覚めたとき、親の顔すらわからなかった。
「もう運転は無理でしょう」
「話すこともできないでしょう」
医師たちは、未来を閉ざすように告げた。
それでも小川さんは前を向いた。
「死にかけている時、皆さんのサポートや『頑張れ』っていう声が、一番大事だったんです。だから、もう死なないって決めました。やりたいことをやるって。」
失った記憶。それでも心に残ったのは、町の人たちの無償の温かさだった。
過去をすべて無くしたからこそ、小川さんは、未来を信じた。
「後ろを考えないんです。前しか見えないんです。」
15年勤めたケーブルテレビ会社を辞め、
立ち上げたのは、「多久未来プロジェクト」。
同時に、市議会議員にも立候補した。
原動力はただひとつ。——「町を元気にしたい。」
「何もない」と言われ続けた町。十軒あった酒蔵も、いまや一軒だけ。かつての炭鉱の賑わいも遠い記憶となり、町は静かに、そして確実に縮小していた。
それでも、小川さんは言う。
「災害もない。事故もない。本当に、住んでいくにはいい町なんです。ただ、それを誰も伝えられていないだけなんです。」
記憶を失った男が、もう一度、町の未来を力強く信じ直した。「自分を大好きにならないと、前には進めない。自分を好きになれば、周りの人を好きになれる。そして、町をもっと大切にできる。」
この物語は、過去に縛られず、未来をまっすぐ信じる勇気を、私たちに問いかけてくる。
——これは、IKIGAIを抱き、町と向き合い続ける、ひとりの男の物語。

第1章:過去を失った日——ゼロから始まった人生
多久市の夏祭りも最終日を迎え、山の上では片付け作業が進んでいた。
小川さんは仲間たちと共に、一日の余韻を感じながら、慣れた手つきで資材を運んでいた。穏やかな夕暮れの中、彼の人生を変える瞬間は、音もなく近づいていた。
「お祭りの片付け中、山の一番上から頭から落ち、大事故となりました。」
だが、その一言の裏には、すべてを奪われるほどの衝撃があった。
意識を失った彼が次に目を開けたのは、病院のベッドの上だった。そこから半年に及ぶ、長い闘いが始まった。
「目が覚めても、親の顔すらまったくわかりませんでした。」
目覚めた世界は、すべてが見知らぬものだった。家族の顔も、友人の存在も、自分が歩んできた道のりすら、記憶の彼方へと消えていた。
医師は告げた。
「病院に入っておかないと、一般的な生活はできませんよ。」
「もう運転もできないだろうし、話すことすら難しいでしょう。」
絶望を突きつけるような言葉。
しかし、小川さんはそこに飲み込まれなかった。
病室の窓からこぼれるわずかな光。
そっと声をかけてくれる看護師の笑顔。
ふとした時に触れる手の温もり。
リハビリは、医師たちの予想を超える速さで進んだ。
歩き、話し、笑うことを、ひとつずつ取り戻していった。
だが、過去の記憶はあまり戻らなかった。
「過去の記憶がないからできたっていうのもあるんです。なかったから、新しい記憶を入れていくしかなかった。」
過去に縛られないという自由。それは、「できない」という恐れや、無意識のブレーキから解放された状態だった。
小川さんは、過去ではなく、未来だけを見ていた。
失ったものにすがるのではなく、これから自分の手で何を積み上げるかだけを考えた。それが、彼の選んだ生き方だった。
退院から数週間後、小川さんは夕暮れの多久の街を歩いていた。知っているはずの風景が、まるで初めて見るように新鮮だった。
道ですれ違う人々が「おう、元気になったか」と声をかけてくれる。誰なのか思い出せないまま、小川さんは笑顔で応えた。
そんな日々の中で、彼の心に新たな決意が芽生えていった。
「もう死ぬことはない。だったら、やりたいことをやろう。自分にできることで、誰かの力になろう。」
胸に宿ったのは、失った記憶の代わりに手に入れた、人への温もりだった。
それが、小川さんを未来へと押し出していく。
未来は、まだ誰にも見えない。だが、過去という重荷を持たない男が、まっさらな目で——多久の町を、もう一度、見つめ直す旅に、歩き出していた。
第2章:支えられた記憶——恩が胸に灯したもの
多久の町に戻った小川さんを待っていたのは、懐かしいはずなのに、どこか新鮮な日常だった。
過去の思い出も、懐かしさも持たないまま、まっさらな目で町を歩いた。
知らないはずの自分に、町の人たちは当たり前のように微笑み、声をかけた。
「おう、久しぶりやな」「元気しとったか?」
名前も、顔も、思い出せない。それでも、小川さんの胸に、じんわりと温かさが広がった。
言葉にならない安堵。帰る場所が、ここにあるという確信。
過去がないからこそ、目の前の優しさを、ただ純粋に受け取ることができた。
ある雨の日、小川さんは偶然、病院に見舞いに来てくれていた隣家の老婦人と出会った。彼女は小川さんの顔を見るなり、両手で彼の手を握りしめ、涙を流した。
「よかった。本当によかった。あんた、生きとってよかった。」
小川さんは彼女の名前も、どんな関係だったのかも思い出せなかった。それでも、その温かな手の感触と、安堵に満ちた表情は、彼の新しい記憶として刻まれた。
「あの時、私は何も覚えていなかった。でも、その方の温かさだけは、体が覚えていたんです。」
そんな出会いが、日々、小川さんの周りで起こっていた。記憶を失っても、町の人々との絆は失われていなかった。
小川さんが町に戻って数ヶ月が経った頃、彼はケーブルテレビ会社に復帰していた。仕事の内容も一から覚え直す必要があった。
「最初は工事の仕事が中心でしたが、その後は工場の担当やプロジェクト支援など、現場のサポートが主な役割になっていきました。」
同僚たちは彼を温かく迎え入れ、忘れてしまった業務を一つひとつ教えてくれた。失った記憶の代わりに、彼らの親切は小川さんの中に新しい記憶として刻まれていった。
しかし、日々の仕事の中で、小川さんの心に問いが生まれていた。——自分は何のために生かされたのか。——この命で、何ができるのか。
「死にかけた時、多くの人に支えられた。その恩を、何かの形で返したい。」
それは、偉大な目標でも、立派な夢でもなかった。ただ、自分自身との、純粋な約束だった。
小川さんが町を歩けば歩くほど、多久市の現状が見えてきた。かつて炭鉱で栄えた町は、今は人口を減らしていた。商店街にはシャッターが閉まったままの店が並び、若者の姿は少なかった。
「昔は炭鉱で町が栄えていたんですが、炭鉱がなくなってから人口は減る一方で…」
——この町を、もう一度元気にしたい。——支えてくれた人たちに、恩を返したい。
「単純に残したいよって思っていて。残したいってしか思ってなくて」
それは、記憶を失った男だからこそ持てた、純粋な思いだった。過去の成功体験も、失敗の記憶も、先入観もない。ただ、目の前の現実と、心に残った恩だけを頼りに、一歩を踏み出す覚悟。
「支えてもらった命なら、今度は誰かを支える側になろう。」
その決意が、やがて町を動かす大きなうねりとなっていく。
第3章:未来を信じる力——多久未来プロジェクトの始動
小川さんが町に戻った頃、多久市の空気には、どうしようもない諦めが漂っていた。
少子高齢化。
過疎化。
賑わいを失った街並み。
かつて賑わった炭鉱の町は、そっと、衰退へ向かっていた。
だが、小川さんの目には、違うものが映っていた。
——この町は、素晴らしい。
それは、記憶に頼らない、正直な目で見た町の姿だった。人の温かさも、自然の恵みも、町に息づく目に見えない力も、失われたわけではなかった。
ただ、誰も気づかなくなっていただけだ。
小川さんは、そう感じていた。
2018年、小川さんは大きな決断をした。
15年間勤めたケーブルテレビ会社を退職し、
「多久未来プロジェクト」を立ち上げたのだ。
同時に、市議会議員にも立候補した。
「会社で迷惑をかけているのでと思って、私の方に何かができないと、全力でやっていこうかなと思って」
多くの人は、彼の決断を「無謀だ」と思ったかもしれない。記憶を失い、社会経験も乏しい男が、いきなり議員になろうとしている。しかし、小川さんの中には迷いはなかった。
「やっぱり多久の町を元気にしていきたいというのがあって、あと、子どもたちのための活動も必要だよねって」
選挙活動中、小川さんは町のすみずみまで歩いた。商店街の店主たちと語り合い、農家の人々の悩みに耳を傾け、子どもたちの遊ぶ姿を見守った。そして、彼の言葉は多くの市民の心に響いた。
「この町を、みんなで元気にしていきませんか」
小川さんの言葉には、飾られたところがなかった。それは、事故で記憶を失い、ゼロから人生をやり直した彼だからこそ持つ説得力だった。そして、彼は見事当選を果たす。
多久未来プロジェクトが最初に取り組んだのは、地元の酒造り。
小川さんは町の人たちと話を重ねた。
「この町の武器になるものはなんだろう?」
支えてくれた町に恩返しをするため、小川さんは考えた。そして気づいた。
「そうだ、酒だ。多久には酒がある。」
そして、多久に唯一残る酒蔵の当主が、小川さんの同級生だった。
小川さんは、その最後の酒蔵の店主である同級生に声をかけ、新たな酒造りに挑戦することを決意した。
「じゃあ、一緒にやるなら多久の米にしよう」
小川さんたちは、地元の米を使い、多久の水で仕込む、完全な地域産品としての酒造りを目指した。さらに、酒米ではなく食用米を使うという、斬新なアイデアも取り入れた。
すべてを多久で作る。米も、稲も、すべて——この町のものだけで。
こうして誕生したのが「多久酒」だ。ラベルのデザインも市民から募集し、地域全体を巻き込んだプロジェクトとして、大きな注目を集めた。
ラベルのデザインも市民から募集し、多くの人の力を借りて完成させた。
当初は不安の声もあった。「本当に売れるのか」と。しかし、小川さんたちの予想を超えて、タク酒は大きな成功を収めた。
多久未来プロジェクトの根本には、自分たちで稼ぎ、運営するという自立の考え方があった。
その理由を尋ねると、小川さんはこう答えた。
「もともとそういった支援も、元を辿れば市民の税金です。だからこそ、他に頼るばかりではなく、自分たちで生み出した力で町を動かしていきたいんです。」
それは、自分たちの力で町を変えていくという、強い決意の表れだった。自分たちで稼いだお金だからこそ、使い方も真剣になる。
「使い方にもよるんですよ大事に使うじゃないですか。絶対自分たちで使う、作ってきたお金だったら」
小川さんたちの活動は、単なる地域おこしではなかった。それは、町の自立と誇りを取り戻す、革命だった。
タク酒の売り上げは、次の活動への種銭となった。特にコロナ禍で苦境に立たされた地元の飲食店を支援するため、小川さんたちは独自の商品券を発行した。
「コロナで始まった時に商品券を作ったんですよね。5,670円のチケットを4,000円で販売したんですよ。飲食店に応援してくださいと」
この取り組みは、多くの共感を呼んだ。
そしてこの、小さな成功体験は、次の挑戦への自信となった。そして、多久未来プロジェクトは、着実に町に変化をもたらし始めていた。

第4章:子どもの目で、町をもう一度見る
小川さんの活動が広がるにつれ、彼はある不思議な発見をした。記憶を失ったことで、彼は町をまるで初めて訪れる子どものように見ることができたのだ。
「過去の記憶がないからこそ、町のいいところに気づけたんです」
小川さんは、ひとりで町を歩いた。
古びた神社、路地裏の小さなカフェ、地元の農家が作る無名の野菜たち。
ひとつひとつを、じっくりと味わうように見て回った。
子どもの目で、町をもう一度知る旅だった。
誰かに評価されるためでも、成功のためでもなかった。
ただ、町を、ありのままに知りたかった。
ある日、小川さんは多久市の山間にある小さな湧き水を訪れた。地元の人たちは昔から知っていたが、特別なものとは思っていなかった水源だった。
「この水、本当においしいですね」と小川さんが素直に言うと、案内してくれた年配の男性は意外そうな顔をした。
「そうかね?昔からある水だけど…」
小川さんは、その水を酒造りに使いたいと提案した。そして実際に使ってみると、その水は酒に絶妙な味わいをもたらした。
「地下水ですもんね。地下水が湧いているので。近くに山があって、山の水がそっちにずっと流れがくるので、綺麗なんでしょうね、やっぱり山からずっと流れてくるんで」
地元の人々が当たり前すぎて価値を見出していなかったものに、小川さんは新鮮な驚きと感動を覚えた。そして、その感動は周囲の人々にも伝染していった。
多久市の魅力は、派手なものではなかった。自然、安全な環境、人々の温かさ。それは、数字や経済指標には表れにくい価値だった。
小川さんは、多久市の「当たり前」の中に、大きな価値を見出した。そして、その価値を町の人々に、そして町の外の人々に伝えることが、彼の使命だと感じた。
小川さんが特に力を入れたのは、子どもたちへの支援だった。
「部活で大会に遠征にいきたいけど、お金なくて行けないという選手とかいたりとかあったんですよね。そういう子たちが夢を追いかける環境を作りましょう」
その支援もあり、ある野球チームの少年は、県大会で見事に優勝。
「多久の皆さんの応援があったから頑張れました」と涙ながらに語った。
その姿は、町の人々の心を温かくした。
多久酒の売り上げを活用して支援を始めた。
「子どもたちのみんなのための応援が一番大事なので、そこに力を入れていきたいなとは思っておりますね」
それは、未来への投資だった。子どもたちが町を好きになり、町に誇りを持てば、いつか町に戻ってくるかもしれない。あるいは、町を離れても、多久の良さを外の世界に伝えてくれるかもしれない。
小川さんは、子どもたちの目が、自分と同じように町の良さを見出す力を持っていると信じていた。
「すごいものがないからなんですよ」
小川さんは、多久市の「何もない」という状況を、逆に「何でもできる」可能性として捉えた。
「何もないけど自分で決めれるし、良いものは沢山ある」
彼の目には、町のあちこちに可能性が溢れていた。
使われていない土地、眠っている技術、忘れられた伝統。それらは、新しい視点で見れば、すべて町の宝物になり得るものだった。
小川さんは、町の人々に「もう一度、子どもの目で町を見てみませんか」と呼びかけた。そして、その呼びかけは、少しずつ、町の空気を変え始めていった。
この新しい視点を広げるため、小川さんは次なる決断をした。町の未来をより積極的に変えていくために、議員という立場で町と向き合うことを。
第5章:議員として、ひとりの町人として
小川さんは議員となっても、町を歩き続けた。
農家の畑で土を触りながら話を聞き、飲食店の裏口から気さくに顔を出し、公園では子どもたちと一緒に遊ぶ。
現場にこそ、本当の町の声がある。現場にこそ、未来の種が落ちている。その信念だけは、どんな立場になっても揺るがなかった。
「議員バッジを付けて偉そうにするつもりはない。あくまで、町の一員として動きたい」
小川さんにとって、議員とは「権力」ではなかった。町のために、より多くの扉を開くための「手段」にすぎなかった。
町民との距離感
ある日、台風で倒れた木が道をふさぎ、通行できない状況が起きた。
小川さんは議会資料の作業を中断し、チェーンソーを持って現場へ向かった。
「議員の仕事は、机の上だけじゃない。困っている人を助けるのも、大事な役目なんです」
その姿を見た近所の人たちも次々と駆けつけ、ともに倒木の撤去作業に取りかかった。
こうした小さな行動の積み重ねが、小川さんと町民との信頼関係を深めていった。
特別なことをしているわけではない。ただ、目の前の困りごとに、ひとりの町人として向き合っていただけだった。
行政は、正しい。市民も、正しい。
だが、両者の間には、時に深い溝ができる。
小川さんは、その狭間に立った。
行政の論理を理解しながら、市民の感情に寄り添いながら、ときに板挟みになりながらも、決して誰か一方に偏ることなく、歩き続けた。
「正解なんてない。でも、町の人たちが笑顔になる方を選びたい」
その判断基準だけは、ずっと変わらなかった。
「議員の声って市民に届かないんですよね。だから地域で違う活動をするのが一番早いんです」
「1万7千人だったら全員会えます。すべての小学校、中学校も回れる規模です。ギリギリ可能な範囲ですよね」
「行政を動かすより現場で動かした方が早いので」
小川さんにとって、政治とは「町の人々の幸せを実現すること」であり、そのためならどんな手段でも構わなかった。
時には議会で提案し、時には自ら汗を流し、時には民間の力を借りる。
そうした柔軟な姿勢が、多久市の政治風土にも少しずつ変化をもたらし始めていた。
議員という肩書きを持ちながらも、小川さんは常に「ひとりの多久市民」であることを忘れなかった。
地元の祭りでは率先して準備を手伝い、清掃活動では先頭に立ち、町の飲み会では若者たちと語り合う。
そんな等身大の姿が、多くの市民の心を動かした。
町を歩けば、小川さんを呼び止める声がある。
「小川さん、うちの子が部活で県大会に行けることになったよ」
「商店街の街灯、直してくれてありがとう」
「今度の祭り、来てくれるよな」
そんな日常の会話が、彼にとって何よりも大きな原動力だった。
「お前、頑張るよねって言ってくれたら本当に嬉しいんですよ。いつも頑張るよなって言ってくれたら、いやいや、まだまだです。皆さんの声をいただけたら、もっとやっていこうって気持ちになるだけなんです」

第6章:IKIGAIを、町に咲かせる
多久未来プロジェクトが始動してから、数年が経った。町は、急激には変わらない。人通りの少ない商店街も、空き家の並ぶ通りも、一夜にして賑わいを取り戻すわけではない。——変わるためには、まず「続ける」ことだ。どんなに小さな灯でも、絶やさずに守り続けること。それが、町に新しいIKIGAIを根付かせる唯一の道だと、小川さんは信じている。
町のあちこちで、小さな動きが生まれ始めた。使われなくなった空き地で、子どもたちが駆け回る。かつてシャッターを閉じたままだった店舗に、新しいカフェがオープンする。農家の人たちが、自慢の野菜を持ち寄って小さな朝市を開く。
誰かが仕掛けたわけではない。町の人たち一人ひとりが、自分なりに「できること」を始めただけだ。——生きることそのものが、町を育てる。そんな当たり前のことを、多久の町は思い出し始めていた。
小川さんは、特別なことをしているつもりはない。
誰かを引っ張ろうとも思わない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ、過去に救われた自分が、今度は誰かを支える側に回りたいだけ。
そして、自分が灯した光が、いつか誰かの道しるべになることを、信じているだけ。
「僕らは、誰かの光になれる。」それが、小川さんが信じている未来だ。
多久未来プロジェクトは真実に向かって進む。
成功や失敗を、誰かが一方的に評価することもない、
今日も誰かが笑い、明日も誰かがこの町で生きていく。
その連なりこそが、町に咲く本当のIKIGAIになる。
小川さんは、今日も町を歩く。
まっさらな目で、町を見つめながら。
まっすぐな心で、人を信じながら。
そして、胸の中で誓う。
——ありがとう。——これからも、前を向いて、歩き続ける。
町に、IKIGAIを咲かせるために。
あとがき
「過去を忘れたからこそ、町の素晴らしさに気づいたんです」
「何も知らないから行動できたんです」
「みんなの温かさを、まっすぐ感じたんです」
小川さんの言葉には、一切の飾り気がなかった。
それなのに、胸の奥にまで届いてくる”本質”だけが、そこにあった。
取材を通じて、私は何度も自分に問いかけた。——まっすぐに生きるとは、どういうことなのだろうか。
人は、大人になるにつれて賢くなろうとする。
だが、その賢さは、ときに行動を止める理由にもなる。
「失敗したらどうしよう」
「周りにどう思われるだろう」
そんな思考の渦に、私自身、何度も足を止められてきた。
挑戦できなかったのは、臆病だったからではない。
「もう遅い」「向いていない」「誰かがやっている」
そうやって、自分自身に言い訳していた。
「それを“大人になる”ことだと、どこかで思い込んでいたのかもしれない。」
しかし、小川さんは違った。記憶を失ったことで、かえって自由になった。知らなかったから、恐れなかった。比べる記憶もなかった。だから、しがらみのない心で、未来に向かって歩き出せた。
——まっすぐでいるとは、知識や戦略ではない。他人の目ではなく、自分の心を見つめること。それこそが、本当の「強さ」だと、小川さんは教えてくれた。
世の中は、純粋さに冷たい。
自分に正直な者ほど、「空気が読めない」と笑われる。
それでも私は信じている。
無垢な心こそが、時代を超える力になると。
たった一歩の純粋さが、未来を動かす原動力になると。
——賢くあることと、まっすぐでいることは、矛盾しない。その両方を抱きしめる勇気こそが、今を生きる私たちに必要なのだと。そして、その勇気を持つことがIKIGAIに繋がっていくのだと。
この物語が、あなたの中の「まっすぐさ」を呼び覚まし、
「もう一歩、踏み出してみようかな」と思えるきっかけになるようにと
願いを込めて、この物語をあなたに贈ります。
「あなたは、自分に、まっすぐでいられていますか?」
IKIGAIコレクター
尾﨑弘師