形式知と暗黙知とは?AI時代に「体験する力」が必要な理由

形式知と暗黙知の違いは、AI時代の学び方を考える手がかりになる。AIに聞けば、知識の説明や手順の案はすぐに得られる。だが、その内容を理解したことと、現場で使えることは同じではない。人の表情を見て言葉を変える。素材に触れて力の入れ方を調整する。相手が本当に困っていることを、話しながらつかむ。こうした判断は、何を知っているかだけでは説明しきれない。

この違いを考える手がかりが「形式知と暗黙知」である。形式知は、文章や図、数値、手順として伝えやすい知識。暗黙知は、経験の中で身につく感覚や判断で、本人にもすべては言葉にしにくい知識を指す。ただし、二つは対立するものではない。言葉で学び、やってみて、違いに気づき、また言葉にする。その往復の中で、知識は自分のものになっていく。

ウェルビーイングの実践を広げてきた島田由香さんの話と、IKIGAI JAPANが本人に聞いてきた人生の記録から、AI時代に体験がなぜ必要なのかを考えたい。

形式知と暗黙知を考えるため、ノートとパソコンの横で手を使って制作するイメージ
AI時代の体験と学びを表現したイメージ画像

形式知と暗黙知の違いを、仕事の場面で考える

料理のレシピには、材料の量や加熱時間を書ける。これは形式知である。しかし、火を止める直前の香りや、食べる人に合わせて味を調える感覚は、実際の調理で確かめる部分が大きい。こちらは暗黙知に近い。

仕事でも同じである。顧客対応の手順書には、確認すべき項目を書ける。だが、目の前の人が説明を理解できずにいるのか、別の不安を抱えているのかを見ながら話すには、実際のやり取りと振り返りが要る。もちろん、その判断の一部は後から言葉や事例にできる。暗黙知を「絶対に言語化できない神秘的な力」と捉える必要はない。

形式知と暗黙知の違いは、情報の価値に優劣をつけるためのものではない。「知っていること」と「その場で判断できること」の間に、どのような学びが必要かを見つけるための区別である。

AIは暗黙知を扱えないのか

AIは、文章にされた知識の検索、比較、要約、言い換えを助ける。さらに、過去の仕事の記録から、熟練者が明文化していなかった対応のパターンを拾い、ほかの人が利用できる形にすることもある。

2025年に学術誌『The Quarterly Journal of Economics』へ掲載されたBrynjolfssonらの研究は、顧客対応担当者5,172人に対する生成AI支援の段階的な導入を分析した。AIを利用できるようになった担当者は、1時間当たりの問題解決件数が平均15%増え、特に経験の浅い担当者の改善が大きかった。著者らは、優れた担当者の行動がAIを通じて共有された可能性を論じている。ただし、対象は一つの顧客対応業務であり、どんな仕事でも同じ結果になるわけではない。Brynjolfssonらの原論文(2025年)

ここから私が考えるのは、「暗黙知は人間だけが持つからAIには関係ない」と言い切ることの危うさである。AIは、記録された経験から学びを広げる助けになりうる。一方で、まだ起きていない現場に入り、目の前の相手との関係を引き受けて試すのは、その場にいる人の仕事である。記録を増やすことと、自分で経験することの両方が必要になる。

島田由香さんが重視する「体験して分かる」ということ

株式会社YeeYの共同創業者であり、日本ウェルビーイング推進協議会の代表理事を務める島田由香さんは、Ambitions Webによる2024年のインタビューで、ウェルビーイングを会議室で聞いて理解するだけでなく、実際に体を動かし、見て、聞いて、感じることを重視している。地域で一次産業に参加する研修を展開してきたことも語っている。

ここで注目したいのは、「体験すれば必ず幸福になる」という単純な話ではないことだ。よい状態について説明を受けても、自分にとって何が心地よいか、誰といると力が出るか、どんな仕事に意味を感じるかは、頭の中だけでは確かめにくい。体験は、その違いを見つける材料になる。

島田さんは別のWell-being Initiativeのインタビューでも、和歌山県みなべ町の梅収穫ワーケーションを例に、作業への没入、自然の中での感覚、農家とのつながり、地域の役に立つ実感を語っている。これは島田さんが実践から見いだした捉え方であり、このプログラムに参加した全員のウェルビーイング向上を実証した結果として紹介しているわけではない。

形式知としてウェルビーイングを説明することはできる。しかし、どの感覚や関係が自分にとって大切かを知るには、説明の外へ出る時間が要る。私は島田さんの話から、知識を「正しく答えるため」に集めるだけでなく、自分の反応を確かめるために使う大切さを受け取った。

多くの人生を聞いてきた私が、体験に感じる価値

IKIGAI JAPANでは、一人ひとりの人生やIKIGAIを本人に直接聞き、2026年9月30日時点で110名のインタビューを公開している。私が取材を重ねて確かに感じるのは、肩書きや成功の手順を聞くだけでは、その人が何を大切にしているかまで分かったとは言えない、ということである。

たとえば「人に伝えるのが得意」という言葉だけなら、一般的な能力として要約できる。しかし、どの場面で相手の反応に気づき、どう言葉を変え、何に違和感を覚えたかを聞くと、その人の判断の輪郭が見え始める。これはインタビューを通じて私が感じてきたことであり、110名全員を同じ項目で測定した統計ではない。

実際、私たちが取材した株式会社Space Food Lab.の浅野高光さんの話には、その過程が表れている。浅野さんは、会社員時代に培った「受け手側の視点」を、仕事を離れた後も学び直し、無意識に行っていたことを捉え直したと話している。経験が先にあり、後から「自分は何を見ていたのか」を考え、言葉にしていったのである。

暗黙知を言語化したい方には、浅野高光さんへのインタビューを補足として読んでほしい。最初から整った説明を持つ必要はなく、経験を問い直すことで言葉が生まれることを考えられる。

別の場面では、INCENSE KITCHENの後藤恭子さんの話が印象に残る。後藤さんは、宇治の文化を子どもにも楽しい記憶として届けたいと考え、抹茶のお香づくりに取り組んだ。抹茶を燃やすと期待した香りにならないという試作上の問題に向き合い、香りとして体験してもらう形を探った。

ここには、計画を言葉にする力だけでなく、素材を扱って初めて分かること、相手に届けて初めて分かることがある。文化を「説明する」ことと「感じてもらう」ことの差を考えたい方は、後藤恭子さんへのインタビューを補足として読んでほしい。

この二つの取材から私が受け取るのは、暗黙知を抱えたまま称賛することでも、すべてをマニュアルに変えることでもない。試して得た感覚を、本人の言葉にできるところまで戻し、別の人が試せる手がかりにすることである。

体験を暗黙知に変え、形式知として共有するには

体験を増やすだけでは、学びが残らないこともある。2023年のKucharskaとEricksonの研究は、ポーランドのIT職350人、米国のIT職379人に質問紙調査を行い、実践や人とのやり取りによる学び、暗黙知への気づき、共有、イノベーションとの関連を調べた。実践から学ぶことと、人との交流から学ぶことの関係は、国によって異なった。これは観察的な調査であり、体験を増やせば誰でも創造的になるという因果関係を示すものではない。Kucharska・Ericksonの原論文(2023年)

だからこそ、試した後に短く振り返る時間を持ちたい。次の三つの問いなら、仕事でも日常でも使える。

  1. 実際にやってみて、事前の説明と違ったことは何か。
  2. どの瞬間に手応えや違和感があり、その時に自分はどう判断したか。
  3. 次に同じ場面へ向かう人へ、何を伝え、何は現場で確かめてもらうか。

一つ目は、形式知だけでは見落とした条件を見つけるための問いである。二つ目は、無意識の判断を言葉に近づける。三つ目は、共有できる知識と、再び体験が必要な部分を分ける。

うまくいった体験だけを選ぶ必要はない。違和感や失敗にも、次の判断を変える情報がある。相手の同意がない会話や個人情報を、そのままAIへ入力してはならない。AIを使うなら、個人を特定できる内容を除いたうえで、自分のメモの整理や、次に試す問いの案を出す補助にとどめる。最後の判断は、現場で確かめた事実と本人の意思に戻す。

AI時代に必要なのは、知識を体験へ戻す力である

形式知が手に入りやすくなった今、知識を覚える意味がなくなったわけではない。説明を読み、仮説を持って現場へ行き、予想と違ったことを確かめる。そこで生まれた気づきを言葉にして、次の人へ渡す。この往復を続けられることが、AI時代の大切な力だと私は思う。

島田由香さんの実践が示してくれるのは、ウェルビーイングという言葉を知ることと、自分のよい状態を体験から知ることの距離である。私たちのインタビューでも、整った肩書きより、その人が実際に何を見て、試し、考え直したかに、その人らしさが表れると感じる。

まずは一つ、知っているつもりのことを自分で試してみる。そして「説明と何が違ったか」を書き残す。その小さな往復が、借りた知識を自分の判断へ近づけていく。

IKIGAIコネクター
尾﨑弘師

WRITER PROFILE

尾﨑弘師 (おざき ひろし)

IKIGAIコネクター/IKIGAI JAPAN 主宰/株式会社ミトミト 代表取締役

これまで延べ1,500人以上に「生きがい(IKIGAI)」をヒアリングし、経営者を中心に100本以上の長編インタビュー記事を執筆。経営者インタビューメディア「IKIGAI JAPAN」を運営し、人生・価値観・哲学・仕事への想いを取材・言語化し、次世代へ残す活動を続けている。

掲げるのは、「その人の人生は、誰にもコピーできない。だからこそ、残すべき価値がある。」という考え方。AIによってコンテンツが大量生産できる時代だからこそ、その人にしかない経験や思想、技術、物語こそが差別化資産になると考えている。

さらに、発掘したIKIGAIをブランド・採用・集客・営業へつなげ、経済の力へ変える「IKIGAIマーケティング」を実践。インタビューによる価値の発掘・言語化を起点に、Webサイト・漫画LP・アニメーションなどのクリエイティブ制作から、広告運用・営業設計まで一気通貫で支援し、「その人だから選ばれる」マーケティングの仕組みを構築している。

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